1.5 神話、論理、過去、現在
——あの馬車を完全に忘れたかのように置いて行って、アンリは歩き出す。
従者ユーベルは、そのような扱いにはとっくに慣れているらしく、「お荷物はお嬢様の研究室に運んでおきます」と言い残して、馬車の方に消えていった。
どこか哀愁漂うその様子を見送り、アンリの方へ振り向こうとすると、今度はヴェローナの方から声がかかる。
「おい、ムカイと言ったか」
「ああ」
「アンリ嬢は良いお方だ。悪い扱いはされないだろうから、その点は安心していい」
「ただ、周りを振り回す才能があるだけだ。その点は……うむ、ご武運を祈る」
ヴェローナはそう言うと、短く息をつく。
ひとまず頷いて共感を示したが、曲がりなりにも、おそらく良家の令嬢にそんな事言っても良いのだろうか?
あるいは、そんなことも言えるほどに縁が深いのか。
「おーい!置いてっちゃうよ!」
などと考えていると、すでに数十歩ほど離れていたアンリが手を振って激しく自己主張をしている。
「すまんすまん、今行く!」
まあでも、あの様子だしな。そう言われても仕方ない。
「ヴェローナさん、助言に感謝する。そろそろ行くよ」
「ああ。次からは呼び捨てで構わん」
—
門からまっすぐ続くこの道には、街の外と違ってどこか見覚えがあった。
33番コロニーは、元より数百年もの長期間の運用を想定されていて、道路の耐久性もそれを想定して設計されている。
古代ローマのコンクリート技術に基づいているというのを、昔のニュースで見た気がする。
もっとも、完全再現には至らなかったようで、車両用の塗装は剥がれ、所々に補修されたような痕跡が見られる。
「さっきの門から続く、この一番広い道が中央通りね。ギルドとか行政周り、あとは魔道具とか遺物とかの高級志向の商店が多いかな」
「ふうむ。にしても随分人が多いな。それに……なんというか、色々いるな」
ローブ姿に杖。金属鎧に剣。フォーマルな服に鞄。街を歩く人は様々で、俺の感覚からするとコスプレ大会のようにも思える。
馬車もかなりの頻度で行き交い、活発さに拍車をかけている。
「お昼前の中央通りだからね。ロゴス派もミュトス派も入り乱れるの」
「ロゴス?」
「アレティアの学者は大きく二つに分かれてるの」
「というと?」
「ロゴス派は、失われた技術を復活させたいっていう派閥で、ミュトス派は魔法の研究・解明を重んじる派閥よ。街の東西にそれぞれ集まってるわ」
「なるほど。中央通りは行政とか中立組織が多いから入り乱れてるってわけか」
「そゆこと!」
アンリが大きく頷く。
「でもアンリ、考古学者ってことはロゴス派だろう?その割にはでっかい魔法使ってたよな」
スライムだったか、あの生物を一瞬で蒸発させた、間違いなく威力過剰な一撃を思い出す。
「私は、そうね。どっちでもないの」
アンリは一瞬間を開けて、続ける。
「どっちの派閥も仲は悪く無いけど、いろんな研究を自分たちの領分で全部片付けたいって人が多いからウマが合わなくて。私はどっちも組み合わせて新しい可能性を模索したい」
「……勘違いしてすまない」
彼女の真剣な眼差しに気圧され、つい謝った。
「それで、その代表作がこの銃ってワケ!」
——が、全く聞こえていなかったらしい。
ちょっとしんみりしたのはなんだったんだ。
アンリはずっと腰に下げていた古式銃を見せびらかす。
フリントロック式のようだが、大粒の宝石や幾何学模様の彫刻をはじめとする、各所の装飾が目立つ。
「この彫刻に、何か秘密があるのか?」
「正解!話すと長いけど、私の魔力を増幅して弾に乗せて撃てる仕様よ!」
「そりゃ恐ろしい」
本当に恐ろしい。
あの魔法を使う様子を見るに、下手に撃てば大惨事になる。地下で撃たなかったのはそういうことか。
……不便では?
まあ、考えても仕方がない。
そんなことを考えつつ、行き交う人々からなぜか奇妙な視線を集めながら歩みを進めていると、回路基盤のようなジャンクが、一つ一つガラスケースに入れられて陳列された店が目に留まる。
「あの店、なんだ?中央通りに置くようなものか?」
緑色の看板——9世代型のRAMがモチーフだろうか——を指してアンリに訊ねる。
「あそこは宝飾品店よ!たまに不思議な遺物があるからよく通ってるの!」
「ほ、宝飾品?」
「私の髪飾りみたいな遺物は、古代の宝石や工芸品の一つとして取引されてるの!美しい緑に、金で施された模様が綺麗だ、ってね」
「な、なるほど……」
アンリの服装の装飾に注目すると、髪飾りとして使われているCPU以外にも、髪留めや靴など各所に、基板を加工した装飾が見られる。
道行く人々も、裕福そうな人はRAMを耳飾りにしたり、回路基板のような柄を服装に取り入れたりしている。
アンリの服装にも、言われてみると同じような柄が入っている。
「ふうむ……」
知識が失われると、回路基板もそのように思われるのか。
「どうしたの?気になるなら入ってみる?」
「ああ。少し興味が湧いた」
「それじゃ行ってみよっか!折角だし、研究のお駄賃ってことでちょっとしたものなら買ってあげる!」
—
「いらっしゃいませ、アンリエッタ様。隣の方はご友人ですか?」
ドアを開けると、柔らかい口調の老人の声が聞こえた。
「ええ。さっき遺跡で拾った古代人のムカイで、今は街を案内してるの!」
「古代人ですか、ふうむ」
老人から僅かに疑いの目線を向けられたが、この時代ではあまりにも目立つ服を見たからか、あるいはアンリと馴染みがあるのか、いずれにせよ信じる方向で結論づけたらしい。
「ああ。見慣れたものが装飾品として使われてるのが、流石に気になってな」
「ほほう。他の使い道があると?」
「知ってるの!?」
「多少はな。たとえば……そうだ、コレと同じ形の物ってあるか?」
ホルスターにしまっていたコイル拳銃の板状のバッテリーを取り外し、店主に見せる。
弾と別にバッテリーが必要な仕様は厄介だから、バッテリーはあればあるほど良い。
充電の方法にもアタリはあるし、最悪手回し発電機でも作ればいい。
「それは……?いえ失礼。それと同じものでしたら、原石にいくつか張りついていたものがあるのでお譲りできますよ」
店主は初めて見るのであろうこの銃にかなり興味を持ったようだが、すぐに元の調子に戻る。
原石というのは、口ぶりから察するにマザーボードのことを指しているのだろう。
携帯端末なら同型が使われていてもおかしくない。
「ご用意致しますので、しばらくお待ちください」
と言って、店主はカウンターから裏に消えていった。
「なに買おうとしてるの?」
「バッテリーだよ、電力を貯める装置だ」
「貯める?それってセレスタイン結晶みたいなこと?」
「セレスタイン?」
セレスタインはストロンチウムを含む、空色の水晶のような鉱物のはずだ。
ストロンチウム化合物を作る時の原材料で、炎色反応では赤色になるから、花火の赤色でよく使われる。
「セレスタインは魔力を高密度で貯蔵できる鉱物よ!ほら、あそこにも!」
アンリは電子部品が陳列されているショーケースの反対側にある、空色の結晶を指差す。
仄かに輝いているものがちらほらある。自発的に発光するものでは無いはずなので、どうやらコレは似て非なるものらしい。
「アンリの銃についてるのと同じものか」
「うん、ってそれより!」
「緑の板の遺物の類はとっても複雑な魔導回路みたいなものってこと?仮説はあったけど、電気?みたいな試す技術すらまだないから」
「魔導回路のことはよく知らないが、多分間違ってはないと思う」
「ってことは、古代人たちは大量の複雑な魔道具みたいなのを皆当たり前に使ってたってこと?」
「うーん、まあそうなるな。それどころか体に埋め込んで記憶や思考力を拡張したり、外部に記憶を保存するような奴も多かった。ちなみにその髪飾りはある種の計算装置だな」
「おおう……新事実が多すぎて頭がくらくらしてきた……学会がひっくり返る……」
アンリはそう言いつつも、いつの間にか取り出したメモ帳に何やら書き留めている。
「お待たせしました、こちら同じ遺物が2つで、6万ルエンになります」
店主が板状バッテリーを片手に、カウンターに戻ってきた。
高いのか安いのか分からないが、アンリは二つ返事で了承した。
「うん、おっけー、はいこれ」
小さな金貨が6枚、店主に手渡される。
安い買い物というわけでは無いらしい。
「はい、確かに」
会計を済ませると、店主と軽く挨拶を交わして店を出る。
替えのバッテリー自体も、残量はまちまちだがしばらくは充分だろう。
「次はそうね、中央広場を通ってから私の大学まで行きましょっか」
「ああ……いや、待て」
何やら美味しそうな、肉の焼ける香りが漂っている。
意識した途端、胃袋の空白を埋めたいという欲望に駆られる。
「そういえば、目覚めてから何も食べてないな」
言うと、アンリも同じことを考えていたようで、
「確かに、私もお腹すいた〜!先にご飯にしよっか!」
と言い、今度はその香りを辿るように歩き始めた。




