1.4 検問
「——つまり、その『天災』で、俺のいた時代は終わった、と」
思わずため息を漏らす。
「うん。あらゆる知識が失われ、太陽はその光を失ったって言われてる」
彼女の専門分野だからだろうか。
アンリの丸眼鏡の奥から、琥珀色の真剣そうな眼差しが映る。
今までの快活そうな印象とは打って変わって、どこか神妙な面持ちだ。
「失われた知識、消えた太陽……なるほど」
人工太陽はコロニー中央炉の動力の多くを費やして動いている。
それが消えたということは、コロニーの機能がほとんど停止しているはず。
内部の恒常性維持は瓦解し、気温は生命の存続が危うくなるほど不安定になる筈だ。
期間にもよるが、生き残れない人間も多かっただろう。
技術や知識が失われるのも無理はない。
「ムカイ、何か知ってるの?」
あれこれ考えて唸っていると、アンリが少し申し訳なさそうに問う。
トラウマを刺激していないだろうか、とかだろう。
心配してくれているのだろうが、知的好奇心が見え隠れしているような気もする。
「いや、具体的に何が起こったのかは知らない。ただ、一つ気になる点が」
「なあに?」
「そこからどうやって人類は持ち直したんだ?中央炉が止ま、いや太陽が消えたとして、その修復は誰が?」
「ええっと、それは私たちが信じる天使サマに関する神話になっててね」
神話?と思い、質問を重ねようとしたところ、馬車が静かに止まる。
「お嬢様、ムカイ様。検問所です。身分証のご用意を」
御者席からユーベルの声が響く。
従者と御者の兼任というのもなかなか大変な仕事だ。
アンリの様子を見るに、色々振り回されているのだろう。
ただ今は、そんなことを考えている余裕はあまりなさそうだ。
「身分証なんて、今の時代で通じるようなモノ持ってないぞ?」
「あっ、そっか!マズいかも!」
一瞬の沈黙。
「……まあ、ひとまず降りるか」
—
そもそも貴族向け馬車が検問に何故引っかかるのか、割とすぐに通されるモノじゃないのかと少し思いもしたが、降りた時に外装が小綺麗な幌馬車でしかないことを思い出した。
馬車から降りると、まず最初に、かなり大ぶりの剣を差した赤い長髪の女性剣士の姿が目に映った。
彼女は先にアンリの顔を見たからか警戒心を緩めていたが、俺が目に入った途端、かなり警戒した目線をこちらに向ける。
「誰だ!」
彼女がそう叫んだ途端、アンリが慌てて彼女に声をかける。
「ヴェローナさん、おちついて!彼は遺跡で拾った古代人で、身分証がないから、ここは私が保証するって形でヨロシク!あ、私のやつはコレね」
すると、ヴェローナというらしい彼女は僅かにため息をついて頷き、警戒を解く。
「こ、古代人……こほん、それでは彼の分の許可証を発行しますので、暫しお待ちを」
数分も待たないうちに戻ってきたヴェローナが、俺に書類を差し出す。
「名乗りが遅れてすまない。アレティア軍第2中隊長のヴェローナ・ナスタチウムだ。」
「向井朔だ。『天災』以前の人間で、当時は軍人だった。よろしく」
「軍人……ふむ。ともあれ、これが必要書類だ。文字は読めるか?」
「読め…って、いや」
慣れ親しんだ幾何学的な書体に少し似ているが、字形がかなり異なっている。
頑張れば読めなくもない気もするが、それでも知っているものとは随分異なる。
「すまん、文字は随分変わっているらしい」
「そうか。といっても、身分はアンリエッタが保証するっていうだけの書類だ。変にウラがあるわけでもない。ここに署名を」
「ああ」
渡されたペンで署名欄に名前を書き終わった途端、文字が青白くほのかに光り、焼きついたような黒となった。
「これが本物の古い字かあ、地下のやつと大分似てるなぁ」
俺の署名を見たアンリが、どこか感慨深そうに言う。
「今の光は?」
「知らないのか。これで前の魔力の固有パターンを紐づけたんだ。偽造防止だな。字自体は読めなくても、魔力のパターンで本人の区別ができる」
「なるほど、遺伝子認証のようなものか」
固有パターンということは、全員が大小なりとも魔力を持っていて、各々個性があるということだろうか。
「いでん…何だって?」
彼女は一瞬首を傾げたが、すぐにアンリに向き直る。
「アンリ嬢も、こちらに署名を」
「うん」
アンリも同じように名前を書いて、ヴェローナに手渡す。
彼女はその赤い目で書類を見通すと、小さく頷く。
「さて、手間取らせてすまない。所持品の類も——問題ないな。アレティアへようこそ」
途中で一瞬、彼女の目の奥が光った気がした。
何をしたのか聞こうとも思ったが、アンリはそんな余裕を与えてくれなかった。
「さっそく行きましょ!まずは街を案内するわ!」




