1.3 道へ
森の外れにあった地下階段、アンリ曰く「最近見つけた遺跡」から少し歩くと、アレティアと言うらしい城塞都市から続いている街道の一端が見えてきた。
石畳になっているが、その一直線のルート自体には見覚えがある。
恐らく元々あったアスファルト舗装の道が姿を変えて補修され続けているのだろう。
道沿いのすぐ近くには、布張りの馬車が止まっていた。
時代錯誤もいい所だが、それについてはもう考えても仕方がない。
それはいかにも普通の商人の馬車ですというようなデザインだが、状態が不自然なほどに綺麗で、高級感すら感じる。
もっとも、普通の馬車ってなんだよという気もするが。
何だか怪しいので、少し距離を取ってから道に出るか、などと考えていると、アンリが「あ、お迎えが来てる!」と言って駆け出して行った。
「おい、待っ—」
マジか、とおもいつつ追いかけていくと、いつの間にか馬車の傍らに立っていた男が、手をこちらに向け制止する素振りをみせる。
「どちら様でしょうか」
服にはあまり詳しくはないが、燕尾服が近いだろうか。
洗練された服装の彼は静かにそう言うと、俺を鋭い目つきで睨む。
さっきのアンリの『炎の矢』を見るに、奴も魔法を使えると考えてもおかしくない。
銃を突きつけられているのと同じだ。
アレは予備動作が大きかったから避けられる気もするが、わざわざ戦う理由はない。
預かっていたライフルを地面に置き、両手を静かに上げ、数歩下がる。
「ちょ、待ってユーベル、ストップ!落ち着いて!」
慌てた様子のアンリは、そのユーベルなる紳士の小綺麗な服をぐいぐいと容赦なく引っ張る。
「しかし」
何か言いたげなユーベルの声を遮り、アンリがまくしたてる。
「彼はムカイ、遺跡で見つけた古代人よ!」
「中で助けてもらったお礼もしたいし、研究対象でもあるから丁重にお願い!」
彼女がそう言うと、彼ははっとしたような顔になる。
「大変失礼いたしました、お嬢様」
彼がそう言うと、今度は俺に向き直って頭を下げた。
「大変申し訳ございませんでした、弁解の余地もございません」
「いやいや大丈夫だ、こちらこそ申し訳ない。アンリの護衛って所だろ?警戒されても仕方ないよ。」
「お気遣い痛み入ります。お嬢様がまたも一人で遺跡に入ってしまったと聞きまして、居ても立ってもいれずに」
そんな会話をしていると、安堵したのだろう、すっかり元気なアンリの声が聞こえた。
「二人とも、仲直りできた?そろそろ行きましょ!ムカイも乗って乗って!」
—
馬車の内装は、綺麗とは言え普通の幌馬車の外観とは大きく印象が違った。
まずしっかりした壁があり、外からは布が被っていて見えなかった筈の窓すらある。
これはアンリに聞いたところ「外観を魔法で偽装してる」とのことで、お忍びの貴族がよく使うらしい。
革張りのソファをはじめ家具類もあり、馬車というよりはファンタジー風のキャンピングカーの後部座席というような印象を受ける。
ちなみにユーベルは仕切りの壁の向こうで手綱を握っている。少し可哀想だが、どうやらそういうものらしい。
「にしても、アンリがこんなお嬢様だったとは」
車窓から見える草原と畑を眺めながら呟く。
「びっくりした?」
「そりゃもう。最初はいわゆる冒険者に近いものだと思ってたよ」
彼女は山吹色の髪を揺らしてうんうんと頷く。
「冒険者かぁ、当たらずも遠からずね。さっきも言ったけど、私は考古学者よ」
彼女はそう言うと、手に持っていたティーカップに口を付ける。
地下では良く見えなかったが、彼女の服や装飾品には、所々に回路基板のような柄の装飾が施されている。
髪飾りにCPUなどというモノを採用するところを見るに、これらはもう彼女にとっては旧時代の物なのだろうか。
「うん、やっぱりおいしい」
細い指で持たれたカップが静かに置かれる。
馬車は動いているというのに、波はほとんど立っていない。
「そうだ、俺の事古代人だとか研究対象だとか言ってたけど、一体何年経ってるんだ?」
既にかなりの時が経っていることは察せるが、知るのは少し怖い。
しかし、どのみち知ることになるし、知らなくてはならない。
「ええっとね、その恰好を見るに、『忘却の時代』以前のヒトだから、そうね……」
『忘却の時代』とはなんだろうか。一つ聞いても、むしろ疑問が増えていく一方だ。
彼女はぽつぽつと独り言を漏らしながら、指を折ったり戻したりして何やら数え始める。
「旧文明崩壊後の新暦樹立までの空白期間とかを短く見積もっても、そうだなぁ、400年くらい?」
400年。
予想はしていたが、やはり数字で出されると少し辛い。
「そうか……」
俺にも用意されていた紅茶を一口飲み、ふう、と息をつく。
あの紙媒体好きの友人はどうなったのだろうか。輸送隊の面々はどうなったのだろうか。
元より友人は少なかったが、それでももう会えない人が居るというのは、少し辛い。
「次は私が質問する番よ!」
そんな俺の感傷を知らずか、アンリは交代交代でやるぞと言わんばかりに声を掛けてくる。
まあ、確かにあまり深く考えても仕方がないし、ここはその誘いに乗っておこう。
「まずはそうだなぁ、ムカイが寝てたあの箱って何?」
「医療用冷凍睡眠ポッドだな。人を凍らせて何百年も置いておけるし、その間に大けがやら重病やらも直せる。実体験するとは思わなかったけど」
「人を凍らせる、かぁ。そんなことできるんだ」
「細かい話は良く知らないが、安全に解凍する技術が凄いらしい。とはいえオススメはしないぞ」
「ふむふむ」
「じゃあ次は俺か、そうだな……」
色々思う所はあったが、こうしてアレティアまでの数時間、俺はアンリとお互いの知識を交換した。




