1.2 変わり果てた世界
「痛ったぁ!」
薄暗くてよく見えないが、ジタバタしていることは分かる。
相当痛がっているようだが、大きな怪我ではなさそうだ。
「動けるか?」
少し落ち着いたらしいので声をかけてみる。
「だいじょうぶ!」
アンリは飛び起きてそう答えると、転んだ拍子に落ちたベレー帽を拾い上げ、それを被りなおす。
「ドローンが居るんだろ?多分音に誘われて来るぞ」
「そっか、あいつら振動に敏感だから!」
言った途端、案の定と言わんばかりに視界の隅に白いものが映る。
廊下の曲がり角、地上に続く道の反対側から飛び出してきたドローンが、警告を示す赤色の光を発してこちらを凝視している。
服に組み込まれた識別タグを一瞬期待したが、敵味方の識別機能はとうに壊れているらしい。
「やっぱりか」
ドローンが近づいてくると、その下にはライフルが垂れ下がっていることがわかる。
「あれ、銃?」
アンリが少し震えた声でそう尋ねる。
「ああ、あいつ普通の奴じゃない」
あの型のドローンは偵察・監視用で、非致死兵器を載せる事はあるが、実弾火器を載せる例は知らない。
途端、照準を示すのであろうレーザー光がアンリの額を射す。
「避けろ!」
そう叫ぶと、アンリは右に飛び退く。
「きゃあ!」
刹那、銃声とともに放たれた弾丸はアンリが居た場所のレーザーをなぞるように飛翔し、地面とぶつかって火花を散らした。
「俺がやっつける!そこに隠れてろ!」
適当な遮蔽にアンリを隠れさせ、やや大型の拳銃を構えると、ホログラム照準が浮かび上がる。
セレクターをひねり、電圧の設定を「対物」に上げる。
短く息を吐き、弱点—ドローンとライフルの接合部へ素早く照準を定め、トリガーを引く。
僅かな甲高い音とともに、電磁石によって引き込むように加速された弾丸は狙いを正確に貫き、ドローンは地面に崩れ落ちた。
「おー!すごい!」
遮蔽から顔を出していたアンリが無邪気に言う。
「危ないな、隠れてろって言ったぞ?」
「ごめんごめん、でも私いざとなったら戦えるよ?銃もあるし」
「さっき派手に転んでたから心配でな」
「むー」
若干呆れてきたが、まあ結果的に怪我はないし良しとしよう。
「それより、あいつ持って帰りたい!」
アンリが地面に転がったドローンを指さしてそう言う。
「持って帰る?」
「あれ、この辺でいつも見かけるのとは確かにちょっと違うから、新しい発見があるかもだし?」
「そのポーチもう物入らないだろ」
限界を超えて膨れ上がったアンリのポーチからは、回路基板の様なものが少し飛び出している。
彼女は考古学者と名乗っていたが、自分の知る考古学者像とはずいぶん違うらしい。
「うーん、アレもコレも捨てがたいし…」
アンリはドローンと自分のポーチを何度か交互に見た後、ドローンが持っていたライフルを拾い上げてこちらに渡してきた。
「これだけでも代わりに持って!お願い!」
差し出されたそれをひと目見ると、21世紀くらいのかなり古いものであることが分かる。
アンリのライフルほどではないが、電子資料でしか見ないような骨董品がなぜまたここに?
確かに考古学者の興味を引くものではあるなと思い、頷いて受け取る。
「それで、地上はどっちだ?」
「ええっとね、たしかあっちから来たから……」
アンリは今度は少し慎重に歩き出し、俺たちは地上に向けて歩みを進めた。
—
道中にはちらほら他のドローンがいたが、静かに通り過ぎるとやり過ごすことができた。
何フロアか上ると、そのドローンの影もみかけなくなった。
案内板の掠れた表示を見るに、もう少し歩けば地上への階段があるらしい。
「そろそろか」
「うん、そうだよ!」
ところで、地上に近づいていくにつれて妙なものが地面に転がっているようになった。
妙な色付きの水晶のような石や、中世風の剣や槍だ。中には、その水晶があしらわれているものもあった。
昔、友人に誘われてプレイしたVRゲームで似たようなものを見たなとも思ったが、案内板や金属質の床など、間違いなく見覚えのあるそれらが紛れもない現実である事を告げている。
「お、見えたよ!」
アンリが光が差し込んでくる階段を指さす。
俺は小走りで階段に向かう。
一体地上で何が起きたのか、まずはひと目見て確かめなければ。
「あっ、待ってよー!」
階段を駆け上がり、最初に目に入ってきたのは——
「何だ、コレ?」
青くて半透明のぷよぷよした何かが、目の前で跳ねている。
知らない生命体、そもそも生物なのか?
それは視覚器官を持っていないようだったが、どうやってかこちらに気付き、威嚇するような動きを見せている。
全く怖くはないが、その奇妙さに呆気にとられていると、それは水鉄砲のようにジェルをこちらへ発射してきた。
予備動作も大きかったので問題なく避ける。
そうしたところで、ちょうどアンリが「置いてかないでよー!」と言いながら階段を上って来た。
俺がその奇妙なものを不思議そうに見ていることを察してか、アンリは続ける。
「ムカイさん、スライム見た事ないの?弱いけど、撃って来たやつに当たると割と痛いから気を付けてね!」
「そうなのか、分かった」
一応避けておいて正解だった。
「普通に殴ったり撃ったりしてもあんまり効かないのよね、ここは任せて!」
頷いて一歩下がると、アンリは手を伸ばしてスライムを見据える。
一体何をするつもりなのだろうか。
今までの快活な少女らしい印象とは打って変わって、鋭いその視線には少し驚いた。
アンリが短く息を吸い込み、叫ぶ。
「炎よ!」
伸ばした手の先に、赤い光が集まる。
「貫いて!」
すると、その赤い光は鋭い矢のような形になって飛翔し、スライムに当たった瞬間、爆発した。
「うわっ!」
余りの眩しさに一瞬目をつぶる。爆風の熱気が周囲の気温を上げる。
目を開くと、スライムは跡形もなく蒸発していた。
「ふぅ、片付いた」
一仕事終えたというように、アンリが呟く。
「さて、まずは街に行きましょ?私の研究室まで案内するよ!」
「待った待った」
聞きたいことはすでに山のようにあるが、とりあえずさっきの現象について聞いてみる。
「今、何をしたんだ?」
「え?ただの初級魔法『炎の矢』だよ?」
魔法?そんなファンタジー世界の物がなぜ現実に?
俺が困惑していることに気付いたのか、アンリははっとしたように言う。
「あ、そっか!魔法知らないんだ!驚かせてごめん!」
「ああいや、大丈夫だ」
暴走したドローン、スライムのような生物、手から放たれる炎の矢。
どうやら、33番コロニーは俺が眠っているうちに本当に変わり果ててしまったらしい。
あらためて、外に広がる景色を見渡す。
元々『ちいさな地球』をコンセプトに設計されていたから、もとより自然は多く広々とした方だったが、これ程だっただろうか。
少し遠くに、見覚えのない城壁に囲われた都市が見える。あれがアンリの言う街だろうか。
「なあ、アンリさん」
アンリに向き直り、静かに話しかける。
「どうしたの?改まって」
「考古学者って言ってたよな」
「うん」
「この世界は俺の知っている世界から随分変わってしまったらしい。いったい何が起きたのか、今この世界はどうなっているのか教えてくれ」
言うと、アンリは当たり前だというように答えてくれた。
「もちろん!その代わり、あなたの知ってる昔の事について色々教えてね!用途が分からないまま保存されてる物がいっぱいあるから!」
「ああ、それくらいなら勿論。よろしく頼む、アンリ」
「こちらこそ!よろしく、ムカイ!」
軽く握手を結ぶ。
「それじゃあ、行こうか。街っていうのはあれのことか?」
遠くに見える城塞都市を指さして聞くと、アンリは頷く。
「うん、あの街はアレティア。学問と魔術の街よ!」




