1.1 目覚め
「医療ポッドMD-05、凍結モード終了。収容人員の覚醒シーケンスを試行」
最初に聞こえたのは、無機質な人工音声だった。
体を沈めていた冷却液が肌を滑り落ちる。どうやら俺は冷凍睡眠ポッドの中に横たわっていたらしい。
……頭が少し回るようになると、様々な疑問が頭を巡り始める。あの瞬間に何が起きた?なぜ俺は冷凍睡眠ポッドに?ジャンプは成功したのか?
慌てて体を起こそうとするが、凍結時間が長かったのだろうか、まだうまく動きそうにない。
目を開くと、内部照明に照らされた金属質の蓋が映る。
その蓋は僅かな駆動音を立ててゆっくりと開き、そして——
「うわっ!?中にヒトいる!」
最初に飛び込んできたのは、懐中電灯の光と、少女の驚いた声だった。
うわって何だよ、ここは医務室じゃないのか、というか君は誰だよ、等々言いたいことは山ほどあるが、喉にはまだ力が入らない。
焦点がうまく合わない目を凝らし、その影を見やると、こちらを興味深そうに覗き込む、10代半ばくらいの少女の姿が見える。
「保存用の遺物だって説はあったけど、まさか古代人がいるなんて!」
「これは大発見だな~」
丸眼鏡に琥珀色の瞳。どこか中世風の、探検家の様な装い。腰に付けられたポーチは、その小綺麗なデザインに反して、革が可哀想に思えるほどに膨らんでいる。そしてその亜麻色の髪に飾られているのは……
「CPU?」
あまりにも場違いなそれが気になり、しばらく使い物にならないと思っていた喉も動いた。
「しゃべった!?」
「そりゃ人だし喋るよ」
言いながら、やっと力の入るようになった体を起こして辺りを見回す。
どうやら医務室であることには間違いないが、照明がやたら暗い。
非常灯はいくつか点いているが、一部は破壊された形跡がある。
しかし電気がまだ一応生きている事を考えると、コロニーシステムが完全に瓦解したという訳ではないらしい。
ふと、彼女が言った古代人という言葉が気になったので、聞いてみる。
「すまん、古代人って何だ?今は西暦何年になったんだ?」
「西暦?って何?」
ダメだ、こいつアホの子か、と一瞬思ったが、次の言葉はあまりにも予想外だった。
「えーと、確か今は368年の4月だから…」
「待て、368?」
暦の形式が変わった?そこからすでに368年?
いよいよ何が起きたのかよく分からない。
「ええっと、ちょっとココだと時間的にマズいかもしれないから、お互い気になる所は動きながら話しましょ?」
俺が混乱していることを察してか、彼女は申し訳なさそうに—質問攻めしたい衝動を抑えている様にも見えたが—言うと、こちらに手を差し伸べる。
「私は考古学者のアンリエッタ・レーザルート。アンリって呼んで!」
「俺は向井朔だ、軍人をやってた。よろしく」
手を取って立ち上がろうとしたとき、ある重要な事に気付く。
「いや、待った」
「ほえ?」
「服がない」
「あっ!うわぁっ!」
アンリも今更気付いたのか、急に頬を赤らめて数秒固まったかと思うと、「外の警戒してくる!な、なんか着といて!」と言い残してドアの向こうへ消えていった。
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幸い、医療ポッド傍のロッカーには、意識が途切れる直前に着ていた服や持ち物がそのまま入っていた。
一通り装備を整え、なんだかんだ言って外していたアンリのところに向かう。
廊下のドアを開けると、アンリは宝石の様な装飾が所々に施された前装式ライフルのようなものを構えており、流石に驚いたが、もう法とかを気にするような状況ではないのだろう。
「おー、古代人はこんな服を……」
アンリはこちらを見ると、メガネのフレームに触れながら感慨深げに呟く。
紺色に黄色いラインがあしらわれた厚手の制服で、宇宙船がデザインされた部隊章はコロニー軍輸送隊の物だ。CNT中心の複合繊維は耐久性が強く、劣化の兆候は全くない。
アンリはその綺麗な状態であることが気になる様子で、ふぅんだとか言いながら各パーツを観察している。
何も喋らなければずっと続きそうな気がするが、時間的にマズいだとか言っていたので声をかける。
「銃を構えてたけど、ここはそんなに危険なのか?」
聞いてみると、そういえば知らない筈か、というような顔でアンリは答える。
「主を失った警備用って説の遺物がちらほら居るから、地上に出るまでは用心し得だよ!」
「制御不能のドローンの類か、なるほど」
「どろーん、って言うんだ。聞きたい事は多いなぁ」
「お互いにな」
ならば必要かと思い、腰のホルスターから電磁誘導式自動拳銃を手に取る。
バッテリーも弾もしばらくは充分、弾が切れても寸法さえ合えば適当な鉄芯で済むし、ドローン相手なら効かないなんてことはない筈だ。
アンリは未知のものを見たというような様子だったが、銃である事は分かったらしい。
「それじゃ行こっか、ムカイさん!」
早く出て質問攻めをしたいのだろう、アンリは足早に歩みを進め始めるので、慌ててついていく。
——までもなかった。
アンリは五歩目で、廊下の破損した箇所から飛び出た配管に引っかかって転び、その音は廊下中に響き渡った。




