0.1 前夜
宇宙港の一角、集められた隊員たちは一糸の乱れなく並んでいた。
「最後の輸送任務ご苦労だった。本日の業務はこれを以て終了とし、皆に明日まで自由時間を与える。一時間後には我々は太陽系を離れ、地球との連絡が取れなくなる故、連絡を取りたいのなら今のうちだ。解散!」
部隊長がそう言うと、青色の列は崩れ、隊員たちは各々の目的のために歩き出した。
周りに目をやると、地球との別れを惜しむ人はちらほら居つつも、それ以上に星の彼方、新天地への希望で盛り上がっている会話が目立っているように感じられた。
どちらも無理はない。我々は初めて、未踏の地、数千光年の彼方へと向かうのだから。
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外縁沿いの職員用通路は、見晴らしの割に人通りが少なく、密かに気に入っている場所だった。
今日もその道で、特殊ガラス越しに見える地球をこれで見納めかと思いながら歩いていると、聞き慣れた友人の相変わらずテンションの高い声が。
「いやぁ、いよいよだねえ。最後の輸送お疲れ、向井サン」
やっと見つけたコロニー地表部に続くエレベーターのボタンを押し、答える。
「ありがとう。正直なところ、ワクワクしてないとは言えないな」
「ソコはもうちょっと素直に言いなよ〜。嫌われちゃうよ?」
「誰にだよ」
彼はその亜麻色の髪を揺らして笑う。特に理由はないがなんとなく不服だ。
やっと降りてきたエレベーターに乗り、〈1F〉のボタンを押すと、静かにドアが閉まり、スクリーンの表示がB30から数字を減らしていく。
「それで、学者先生殿は今日はどうするおつもりで?」
少し皮肉を込めて聞いてみる。
「自宅の書庫をちょっと整理しようかなって思ってたけど、大体の作業は終わってるから、このまま出発カウントダウンパーティに顔を出そうかな」
「相変わらずの紙媒体至上主義者っぷりだな。地球ならまだしも、ここだと君だけなんじゃないか?」
「本も論文もほとんど電子媒体でしか出なくなったからねえ、印刷のコストも随分上がってるから世知辛いよ」
ドアが開き、そのままメンテナンス用の簡素な建物から出ると、青い空に浮かぶ人工太陽の光が差してくる。もっとも、その再現度は高く、言われても地球から見る空と区別はできないが。
「会場っていうのはここか」
「外周部の人口が少ないエリアとはいえ、パーティ会場になってるから随分人が多いね」
「あんまり賑やかなのは得意じゃないが、今日くらいはな」
「やっぱ、めっちゃ楽しみにしてるんでしょ?」
会場となっている展望デッキへ、足早に向かった。
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パーティの祝賀ムードに揉まれているうちに、時間はあっという間に過ぎ去り、その時はすぐ先に迫っていた。
『30秒後にジャンプドライブを起動します。微小な揺れや重力変動にご注意ください』
会場中央に投影されたスクリーンには、地球から見たコロニーが映し出されている。
『20,19,18……』
無機質なアナウンサーの声も、少しだけ元気そうに感じられる。
『10,9,8』
会場の人々は最後の瞬間、地球側の中継カメラに向けて手を振っている。
『7,6,5』
地下深く、中央部から僅かな振動が走る。ジャンプドライブの駆動音だ。
『4,3,2,1』
コロニー全体に、甲高い音が響き——
俺、向井朔の意識は途切れた。




