1.13 弾丸
遠くから響く重低音が、僅かに地面を揺らす。
その正体は言うまでもなく、迫ってくる巨大な影が立てる足音だ。
「大型個体とは聞いていたが、こりゃ相当だな」
それほど詳しい訳ではないが、見聞きしたことのあるどんな陸生生物よりも大きい。
象など比較にならない。どちらかといえば神話上の生物を想起させるような巨大な生物が、こっちに相当な速度で迫っている。
アンリは、自身の目線の先に右手で輪を作ると、単眼鏡の要領で覗き込む。目を凝らすと、手で作った輪の中にはレンズのような光の反射が見える。
「あのシルエット、赤い目、それにあの大きさ……まさか」
何か心当たりがあるらしいアンリは、驚いたような、あるいは恐れるような声を上げる。
「商人が噂していたが、実物をお目にかかるとはな」
すると、対峙していた赤イノシシが響く足音に驚いて逃げていき、会話の余裕ができたらしいヴェローナが応じる。
「『カリュドンの大猪』ですな。周囲の農村が荒らされている原因として報告は上がっておりましたが、まさかこれ程とは」
いつの間にかアンリの近くに立っていたユーベルが、その巨大生物の名を告げる。
彼も、刃物らしきものを投射する魔法を駆使して相当に奮戦していた筈だが、格式高そうな漆黒の装いには埃の一つもない。
「このままだと、数分もしないうちに衝突する事になるな。どう戦う?」
俺の問いかけに、ヴェローナが応じる。
「防衛線はなんとか保ってはいるが、あんなデカブツまで対処できる余裕はないだろう。我々で引き受けよう」
確かに大型個体の対処のために組んでいた訳だが、あれを見てから4人でどうにかなるとはとても思えない。
発言に耳を疑い、再び問いかける。
「……我々って、この四人でか?」
「案ずるな、策はある」
彼女は、さも当然かのように頷くと、そう答えた。
—
「見えたぞ!」
砂煙が晴れると、その巨大なシルエットの全容が露わになる。
そこには、目が血色に輝き、その黒い身体にも血色の筋が走っている巨大なイノシシが……3頭。
「っておい、嘘だろ……」
遠目に見た時には、その影は確かに一頭分だけだった。
確かに、最初のブリーフィングらしき集会では大型個体が3頭居ると聞いたが、それが一挙に押し寄せてきてしまうと、もはや対応は不可能だ。
一体に全弾打ち込めば、それだけでも足止めできるだろうか。あるいは、それぞれにダメージを与えて味方に追撃してもらうべきか。あまりの予想外に思考が追いつかない。
「落ち着いて魔力の流れを見て!あれは幻覚魔法、本物は一つだけよ!」
アンリがそう助言するが、残念ながらそんな物を見る方法など会得していない。
「分からん、どれだ!」
アンリは、ハッとした様子で慌てて答える。
「多分真ん中のやつ!」
「わかった、信じるぞ!」
拳銃の射撃モードを対物高威力に切り替える。
電圧が上昇し、多段加速コイルの引き戻し防止センサーもより高精度で稼働する。
通常サイズの個体なら過貫通してしまい、あまり大きなダメージにはならないだろうが、あの大型個体相手なら丁度いいだろう。
「タイミング合わせて!私も撃つよ!」
アンリはそう言いながら、ポーチから先端に弾丸が付いた紙製の小さな筒を取り出し、そのまま銃口に差し込み、ロッドを使って押し込む。
紙製の薬莢ごとそのままということは、酸化剤などを使って中で燃え尽きる仕組みになっているのだろう。
撃鉄を起こし、最後に雷管を取り付ける。
10秒程度で一連の動作をしているあたり、相当手慣れているようだ。
「おっけー!いつでも!」
アンリがそのミニエーを構えると、その手から銃に赤い光が流れ込む。アンリが使う炎魔法と同じ色だ。
俺も狙いを定め、トリガーに指をかける。
「3カウント!2、1、撃て!」
一方では、黒色火薬特有の重く低い、花火に近いような長い爆発音が響く。
もう一方では、音速を超えるまで加速された弾丸が衝撃波を起こし、ソニックブームによる乾いた爆発音が響いた。




