1.11 戦場
前線には盾と槍の兵士の列が広がり、後方には土属性の魔法で構築されたやぐらのような建物が建てられている。
数十分の急ごしらえの布陣にしては良いが、万全とは言えないまま戦闘が始まろうとしている。
もう少し時間に余裕があれば前線の配備は万全になったのだろうが、後方のやぐらの上にいる見張りらしき兵士が非情な現実を叫ぶ。
「奴らが見えてきたぞ!」
前線の人々に緊張が走る。戦場の嫌な空気感だ。
「訓練であることを一時的に忘れさせる技術」を併用したVR訓練の経験から、事実上の実戦経験はあるが、現実の空間で実際の大規模戦闘に参加するのはこれが初めてだ。
最初の「実戦」が剣と魔法が主力の戦いだとは夢にも思わなかったが。
——などと考えている時間もあまりない。奴らはこの速度であれば20分くらいで弓の射程に入るだろう。
「前線の配備が不十分だ。このままだと結構な数が防衛線を突破する」
後方の遠距離戦部隊は矢の雨や魔法による砲撃が出来るらしいが、それで半分を減らせたとしても抑え切れないだろう。
「そうだね。ある程度は後方の遠距離部隊がやってくれると思うけど、多分追いつかないよね」
アンリも同じことを考えているらしく、
「ああ、ひとまずは前線の助力と討ち漏らしの対処をしよう。ところで、大型個体とはどう戦うんだ?」
「その件なのだが」
聞き覚えのある、落ち着いたトーンの女性の声が話に加わる。
目線をやると、大型の戦斧を携えた褐色肌に赤髪の戦士——ヴェローナの姿が見える。
「昨日ぶりだな、ムカイ、ユーベル、そしてアンリ嬢」
ヴェローナの呼びかけに、ユーベルはアンリの横で静かに礼をする。
「検問では世話になったな。それで、大型個体の対処っていうのは?」
「うむ。襲撃の第一波を乗り越えたら、ご一同と共に大型個体の討伐に赴かないかと思い、参上した次第だ」
彼女の意外な提案には少し驚いたが、各人の装備が本陣の構成とあまりにも異なるから、別動隊として動くのは案外悪くないのかもしれない。
……そういえば、俺は拳銃、アンリはライフル、ヴェローナは斧だが、ユーベルは何を使うのだろう?
「俺はアンリ達が良ければ構わないけど、ヴェローナさんは中隊長だろう?部下はどうするんだ?」
「敬称は要らない。細かい説明は省くが、問題なく引き継ぎはしているさ」
ヴェローナは俺の問いかけにそう答えると、アンリの方に目線を移す。
「私たちも大丈夫だよ!」
アンリが当然というようにそう答えると、はっとした顔でヴェローナに問いかける。
「そういえばその子の調子どう?ちょっとしたら戦いが始まっちゃうから、調整がいるなら遠慮なく言ってね」
その子、と言ってアンリが目線を向けたのは、ヴェローナが携えている両手斧だった。
その斧を目を凝らして見てみると、柄の装飾の衣装がアンリの銃と似ていることに気づく。あれはアンリが設計した物なのだろう。
アンリの問いかけに、ヴェローナはその両手斧を一瞥して答える。
「うーむ、形そのものはもう完璧と言っていいが、まだ少し軽いのと、変形時の滑りが少し悪い」
変形?と思ったのも束の間、滑りの悪さとやらを見せるためか、ヴェローナが斧に何かしら操作をすると、両刃の一方がぐるりと回って両手剣に変貌した。
クレイオの奴がやっていた古いゲームで、こんな武器を振り回して巨大生物と戦っている作品があったような気がするが、これは何かの偶然だろう。
「なるほどー、工房のおじいちゃんに『これだと重すぎてまともに振れる筈がない』って言われてちょっと軽い合金にしたのが裏目に出たかなぁ。変形時の滑りは応急処置できると思うからちょっと見せてね」
アンリはそう言いながら、どこからか潤滑剤入りらしい容器を取り出し、変形斧のヒンジのような可動部に吹きつけた。
「うーん、確かにちょっと微妙にぶつかってる箇所があるなあ。これで多少は良くなると思うけど、後でちゃんと点検するね!」
「すまないな」
そんな会話をしていると、拡声魔法というらしい、音量が増強されたクリアな音声が後方から響いてくる。
『弓矢部隊、構え!魔導砲部隊、詠唱開始!』
その合図から、後方から知らない言語の囁き声が幾重にも重なった音が聞こえ始める。
アンリやユーベルは魔法を使う時に共通語で短く唱えていたが、一体何が異なるのだろうか。
気にはなるが、これを聞くには今は余裕がなさすぎる。
「始まったな」
ホルスターに収まっていた拳銃を抜き、再び念入りに点検する。
セーフティよし。排熱機構の詰まりなし。照準機能よし。
バッテリーはまだ8割残っていて予備が2つ。どちらも正常な動作を確認済みだ。
残弾も心配はいらないだろう。無限ではないから無駄撃ちは可能な限り避けたいが。
『撃てーっ!』
刹那、後方から弓が放たれる音と、魔法が奏でる不思議な音が響き——
大量の矢の雨と、魔法による色とりどりの砲撃が、濁流のような勢いで迫る獣たちに降り注ぐ。
砲撃の効果は覿面で、それらの3割ほどは倒れ、直撃していない個体もかなり混乱した様子を見せた。
しかし、一部の怯まなかった個体がそのままの勢いでまだ迫っている。
「来たな」
ヴェローナがそう言うと、出番だと言わんばかりに変形斧を構える。
「ああ、この数なら何とかなりそうだ」
俺は頷いて、前方から迫る獣たちの一頭に照準を定め、引き金を引こうとした、その時。
「ムカイ、後ろ!」
アンリの叫び声が後ろから響く。
「なっ」
慌てて振り返ると、赤い猪のような、しかし牙が異様に長い獣が俺に向かって勢いよく迫っているのが見える。
最初の砲撃で怯まず、横の防衛線を突破してきたのだろう。
「くそっ!」
精密な照準は間に合いようが無いが、何とか拳銃を奴に向け、すかさず引き金を引く。
電磁気力で加速された弾丸は甲高い音を立てて飛翔し、幸運にも獣の右前脚を貫く。
体のバランスを崩した獣は、低く呻きながら横に倒れる。
「今だ!」
ヴェローナは斧を大きく振りかぶり、獣の脳天を貫いた。




