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求古綺譚 Lucky Lore

求古綺譚:竹虎 Lucky Lore: Bamboo and Tiger

作者: いろは

求古綺譚:守紋の記憶 Lucky Lore: Echoes of the Lost Realmsに登場する守紋「竹虎」の物語です。

 私は“(たけ)”。

 そう、山や林でよく見かける竹です。笹と間違われることもあります。同じイネ科ですし、仲間と思っているのでいいのですけどね。

 私の竹林では、それはそれはいろいろな生き物たちが行き交っております。その中に、とても心優しい“(とら)”が一頭おりました。

 気性というのは、生まれた時から備わっているものなのでしょうか。その虎は、まだ生まれて間もない頃から、咲いている花を踏まないように歩いたり、鳥が歌っていると驚かさないようにわざと遠回りしたりしていました。

 ある時は、あまりにも優しい性格なので、親の虎も狩りができるかどうか心配で、無理やり狩りの練習をさせようとしましたが、嫌がる様子に思わず大声で怒鳴ってしまいました。

 竹中に響く低く大きな声に、虎も思わず泣き出してしまったくらいです。そんな虎に私もサラサラと葉をなびかせて慰めてみたりしましたが、きっと虎はそんなことは気づいてもいないと思います。

 ある時は、どんどん大きな体になっていき、親の虎と同じくらい成長し、周りの動物や鳥たちも、虎を遠くで見つけた瞬間に逃げ出す様子に、すっかり嫌われてしまったと泣いたりしていました。そんな虎に私もまた、サラサラと葉をなびかせて慰めてみたりしましたが、虎はやはりそんなことは気づいてもいないと思います。

 そんな風にずっとずっと虎の成長を見守ってきました。

 ある時、虎がもうすぐ竹になろうかというくらいの筍に向かって話しかけておりました。

「どうして、私には友達ができないのでしょう。広い空を遠くまで飛んでいける鳥には、遠くがどのような所なのか話を聞いてみたいし、雄大に流れる川の魚には水の中の様子を聞いてみたいし、この竹林を通る動物にはどんな遊びをしているのか聞いてみたいのです。ですが、みんな私を見かけるとすぐに逃げるようにいなくなってしまいます」

 虎は続けました。

「筍さんもこんな話を聞かされても困るだけですよね」

 そして、がっくりと肩を落としました。

 その様子を見ていた私は、竹林に住む賢人にこの話をしました。話を聞いた賢人は、虎の元へと行きました。

 がっくりと肩を落としてた虎は、足元に影が近づいて来たのが見えました。顔を上げた虎はびっくりしました。そこには賢人が立っていました。影が見えるまで、足音も気配も気づかなかったのです。

「どなたでしょうか?」

「人は“竹林に住む賢人”と呼びます」

「あなたは、私が怖くはないのですか?」

「どうして、そう思うのですか。」

 静かに賢人が答えました。

「鳥も魚も動物もみんな私を避けるからです」

「なるほど。あなたはどうしてそうなるか知っていますか?」

「分かりません。私は仲良くなりたいのですが、どうしたらいいのかさっぱり分からないのです」

 しょんぼりと虎が答えました。

「あなたは、自分の姿を見て、自分の声を聞いて気づくことはないですか?」

「親と同じようにとても大きな体で、声も大きく怖い顔だと思います。でも、私はみんなと仲良く話したいだけなのです」

 虎は賢人の目をまっすぐに見て答えました。

「それでも、見た目で判断されてしまうものです。私はあなたの見た目を変えることはできませんが、あなたのことが必要な人へと繋ぐ機会を設けることはできます」

 静かに賢人が答えました。

「私のことが必要な人……」

 内に深く考えるような声で虎が答えました。

「それにはある試練があります。それを受けるか断るかは、あなたが選べます」

「――受けたいと思います。もう何年も悲しみの毎日なのです」

 少しの希望を望むかのように虎は賢人の目をまっすぐに見て答えました。

「分かりました」

 賢人は袖をバーッと大きく振るうと大きな金の屏風が現れました。そして、虎と賢人はスーッと屏風の中へ入っていきました。

「ここは?」

 辺りを見まわしながら虎が聞きました。いつもの見慣れた竹林に囲まれていましたが、空は真っ暗でした。

(とき)の狭間です。ここで人間が来るのを待つのです」

 ジャラ……ジャラリ……。

 虎は後ろの右足が重いことに気が付きました。

「これは?」

 少し怖い気持ちを感じながら虎が聞きました。

「これが試練の鎖です。あなたの足に繋がっている鎖は地面深くに繋がっていて抜くことはできません。鉄の輪も鎖もあなたの力ではずすことはできません。これからここに来る人間が、鎖の謎を解いた時、外れることでしょう。その人間こそが、あなたのことを必要とする人物です」

「分かりました」

 虎がそう答えると、賢人は虎に巻物を咥えさせました。そして、袖をバーッと大きく振い、消えていきました。

 それからしばらくすると、手に火の明かりを持った人間がこちらに向かって歩いてきました。

 一人目の時、虎はうれしくなり、ジャラジャラと鎖の音を響かせながら駆け寄っていくと、キャーと言って逃げて行ってしまいました。

 二人目の時、また逃げられたらどうしようとかあれこれ考えながら、そろりそろり近づいてみましたが、やはり逃げて行ってしまいました。

 三人目の時、今度こそはと、もし鎖が外れたら……とあれこれ考えながら、じっと座って待ってみましたが、目を見つめるとやはり逃げて行ってしまいました。

 そして虎は、がっくりと肩を落としました。

 その様子を見ていた私は、竹林に住む賢人にこの話をしました。話を聞いた賢人は、虎の元へと行きました。

 目の前に賢人がふわっと現れた虎は思わず巻物をポロリと落としました。

「一つだけ教えを授けましょう。過去や未来をあれこれと考えることを止めることです。あれこれと妄想しそうになったら『今は』と思い、『今』に集中することです。そして、恐れを捨て人を信じれた時、竹のような困難に屈しない力を宿す“竹虎(たけとら)”となれましょう」

「分かりました」

 虎がそう答えると、賢人は虎に巻物を咥えさせました。そして、袖をバーッと大きく振い、消えていきました。

 しばらくすると、手に火の明かりを持った少年と兎が歩いてきました。

 また、逃げられたらどうしよう……今度は近づいてみた方がいいかな……とあれこれ考え始めました。その時、ハッと賢人の言葉を思い出しました。

(今は……)

 その言葉を繰り返しながら、少年と兎に意識を傾けました。左右にゆっくりと歩きながら観察しました。少年は怖がっているように見えました。

(やはり怖いんだ……今までと同じだ……)と思いましたが、すぐに(今は……怖いんだな。今は……少年は、鉄の輪の何かに気づいたみたいだ)と今に集中しました。

 そうすると、少年が手に握っている棒と、虎の足にある鉄の輪に同じマークがあることに、虎も少年も気づきました。

 少年が、マークを合わせるようにそろりそろりと棒の先の炎を輪っかのマークのところに近づけてみようとしました。

 虎はその様子をじっと落ち着いて見ていました。

 ふと、少年が手を止めて、気遣うようにそっと虎の方を見ました。

(大丈夫、きっとこれが正解だ)

 虎は直感的にそう思い、まっすぐに少年の目を見ました。

 少年も虎の目を見ると、分かったというように棒をさらに、輪っかのマークのところに近づけていきました。

 ポンッ。

 鎖が外れて、炎も棒も鎖もパッと消えました。

 虎はうれしくなり、口元が緩んだ瞬間、巻物がポトリと少年の方へ転がりました。

 兎が少年に何か話していました。

 その時、虎は賢人の言葉を思い出していました。

(恐れを捨て人を信じれた時、竹のような困難に屈しない力を宿す“竹虎(たけとら)”となれましょう)

 そして、この少年が初めての主となることを悟ったのでした。

「さぁ、ソラクアへ行きましょう」

 兎のその声に、自然に体が反応し、くるりと回転すると“竹虎”の守紋符(しゅもんふ)になったのでした。

 虎を長年見守ってきた私もこれからは、守紋(しゅもん)として虎と一緒に守護する役目ができることをうれしく思いました。

 そうして、少年と兎との旅がはじまったのです。


 おわり

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