連載 コーポ長谷川4|新聞受けの中身はなぁに
鍵を回す音に反応し、クロの足がフローリングを滑りながら駆け寄る音が跳ねる。壁にぶつかりながら、目を輝かせて私に飛びつく。舌をぺろぺろとさせ、その温かさを手の甲や頬に感じながら、私は愛犬に「ただいま」と応える。
一樹がいなくなっても、クロがいるから寂しくはない。
あれ以来、女の訪問も、気味の悪いメールが届くこともなく、平和だ。
とはいえ、101号室の前を通る靴音を、平穏な気持ちで聞いていられた日常は、あれ以来過去のものとなってしまった。
あの夜の、鋭く刺さるようなヒール音が耳にこびりつき、似た音を聞くたびに心臓は敏感に跳ねる。通り過ぎるはずの靴音が、また私の部屋の前で立ち止まるのではないかと、警戒せずにはいられない。
今日も、外灯に照らされた共用廊下を、帰宅する住民たちが通過している。
ーーその中でひとつの靴音が立ち止まる。
先日の鋭いヒール音とは違う、柔らかいがきびきびとした靴音に、心拍が少しだけ早くなる。
「カチャン」
玄関ドアの新聞受けから、何かを投入された音が小さく響く。
きっと、何かチラシの類だろう。
しかし、一連の出来事のせいで、私は玄関に近づくことすら躊躇してしまう。
リビングで立ち尽くし新聞受けに視線を止めたまま動けずにいる。腕の中にいるクロもまた、じっと玄関の方を見つめ、時折、鼻をひくひくと動かしている。
愛犬を床へと解放し、意を決してドアへ歩み寄り、新聞受けを恐る恐る開けると、一枚の茶封筒が目に入る。
封筒をそっと手に取り、中を覗く。
そこには、名も説明もない、何も語らない無機質な紙幣が数枚、静かに潜んでいたのだ。
【5】へつづく