連載 コーポ長谷川10|ゆいVSポリス——警察なんか…警察なんか…!の巻
「被害届どうしますか? このまま進めることもできますけど……そうすると色々大変ですよ? また警察署に何回か来てもらうことになるし、そんなに仕事、休めます? 裁判所に呼ばれることだって出てくる。そういうときに加害者と会っちゃったりとかもありますしね」
実況見分に立ち会ったあと、五時間にもわたる事情聴取を受けた。
それなのに今、この無愛想な刑事に、被害届を取り下げるよう“説得”されている。少なくとも私には、そう思えてしまう。
実際に、被害者が大変な思いをするのを見てきたからこその助言なのかもしれない。
けれど私には、「これ以上くだらない仕事を増やしてくれるな」と言われているように聞こえる。
それは、事件の翌日、この刑事が発したあの一言が原因だと思う。
実況見分を終え、警察の車で一緒に署へ戻った。運転しながらその刑事は、寝不足と疲労でうなだれる私をルームミラー越しに見て、言った。
「まあ、こんなことは日常茶飯事で起きてますからねぇ。そのせいで俺らは朝から晩まで駆けずり回されてますわ……」
刑事はまだらに伸びた無精髭をさすりながら、不平不満を漏らす。
警察官からすれば、それも仕方のないことなのだろう。
でも、被害を受けた者にとって、それは“日常”からはるかにかけ離れた、紛れもない“事件”なのだ。
「だけど、このまま罰を受けなければ、あの人、また同じことをしてくるかもしれないですよね?」
「そうですねぇ。でも、それは被害届を出したところで変わらないですよ。逆にね、またそれで恨まれたりしてトラブルになる、なんてことも実際にありますし」
それが事実であっても、その身も蓋もない言い方が、私を途方に暮れさせた。
「あのお母さん、加害者のお母さんがお宅さんに言ってたこともね、一理あるんですよ。トラブルに巻き込まれないためには、人に恨まれるようなことはしない。避ける。それに限るんですよ」
私は「……そうですね」と言って目を伏せた。
私にも非がある。この刑事も、そう言いたいのだろうか。
「被害届を出せば、仕事を休まなきゃとかで職場にも迷惑がかかるし、大変だし。そんなことする暇があるなら、住むところ変えた方がいいんじゃないですかね。引っ越しされること、おすすめしますよ」
引っ越し……。奇妙な出来事が重なり、私も引っ越すことを考えなかったわけではない。
しかし「なぜ私が逃げるの……?」という思いの方が強かった。
今もこうして、当然のように逃げることを勧められていることに納得はしていない。……理不尽だ。
だけど、きっとこれが“現実”なのだろう。そう思い、私は口をつぐんだ。
被害届を出したところで、彼女が逮捕される可能性は低いという。それなら、増えるのは厄介ごとばかりだ。
マキの起こした騒ぎで、結果的には誰も傷つかなくて済んだ。
それを幸いと捉えて、前に進むしかないのかもしれない……。
私は小さくため息を吐くと、「はい……わかりました……もうどうでも……」と言って、被害届を取り下げることに同意をした。
【11】へつづく