そそっかしい悪魔
一体の悪魔が取引のできる相手はいないかと飛び回っていると、海の側にある崖の上で一人の青年が顔を青くして立っているのを見つけた。時刻も夜中ということもありなにやら深刻そうなムードを漂わせている。
悪魔はしめしめとほくそ笑むと青年の横へと降り立った。
「なにかお困りですか?」
その言葉に青年は文字通り飛び上がり海に落ちそうになる。悪魔はその腕を掴むと軽々と青年を引っ張り上げる。
見た目より軽かったなと思いながら悪魔はもう一度「お困りですか?」と尋ねる。
困り顔の青年はその言葉に「実は……」と自分の事情を話し始めた。
「なるほどなるほど。友達だと思っていた相手に裏切られた、と。そうですねえ……復讐したくはありませんか?」
悪魔は文字通りに悪魔らしい表情でそう言った。しかし青年は首を振り、僕にはそんなちからなんてないと答える。そこで悪魔はここぞとばかりに言った。
「ええ、ええ。そうでしょうとも。だからこそ私が力を貸してあげるのです。いえいえ、お礼なんて良いのです。ただあなたが死んだときに魂をいただければそれで。そうすれば生きている間はもう煩わせられることもなくなりますよ」
最初は渋っていた青年だったが、やがて乗り気になったのか悪魔の提案に乗ることにした。
そして最後の確認としてこう尋ねる。
「僕が死んだそのときに魂をあなたに渡せば良いんですよね」
「ええ、そうです。そうすればあなたはなににも代えがたい素晴らしい復讐を遂げられます」
そうして悪魔は青年の復讐を手伝うこととなった。悪魔の手を借りた復讐はまさに地獄のような苛烈さで、青年を裏切った友人たちは全員言葉にもできないほどに悲惨な目に遭って死んでいった。
自分の仕事を満足げに眺めていた悪魔は、復讐を終えてスッキリした表情をしている青年に向けて悪魔的な笑顔を浮かべてこう言葉をかける。
「あなたは地獄で彼らよりもはるかに苦しむことになるんです。せいぜい長生きをしてその時間を遅らせてくださいね」
「心から感謝するよ、悪魔さん」
その言葉を遮って発せられた青年のお礼の言葉に悪魔は首を傾げる。しかし、すぐにどういうことかを理解した。
復讐を遂げた青年の幽霊は未練がなくなり、成仏してしまったのだ。
それを呆然と眺めた悪魔は、なぜ青年があんなに「自分が死んだら魂を渡せば良いのか」と念を押していたのかを理解した。
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