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第9話 白雪泉の記録(夏)

夏を想像してくだい、夏を。

私の「まだ」記憶にある夏休みについて、早めにここに記しておこうと思う。自分の思い出を自分の力でも思い出せるようにするために。


「6番線の2時半発でー、えと、2駅先で…あっごめんなさい!」

スマホを見ながら駅を歩いていたら人とぶつかってしま…わなかった。相手も歩きスマホをしていたがギリギリ避けてくれたようだ。なぜ現代人は下を向いたまま人混みをスルッと抜けていけるのだろう。私はそういう(たぐい)の事は苦手だ。いや、違くて、マルチタスクがどうとかでは無い。歩きスマホだけがどうしてもできない。まあどうであれやらない方がいいのだけど。そんなことを考えながら私は改札を抜け、電車に乗りこんだ。

電車と徒歩で20分。目的地である海水浴場に着いた。夏真っ盛りということもあり、かなり人が多い。

1週間前は夏祭りに行ったので2週連続で人混みに入ることになる。正直しんどいなぁ。

「おっ、(いずみ)ちゃーん!」

大声を上げながら麦わら帽子の子が走ってきた。小麦色の肌に白いワンピース、まるで恋愛映画のヒロインだ。映画観ないからわかんないけど。

「ね!泉ちゃんだよね!うわー話すの初めてだぁ!」

今、私にはこの子の顔しか映っていない。顔が近い、近すぎる。文字通り目と鼻の先じゃん。くー、音葉(おとは)め…なぜこんなにも輝いている人間を連れてくるんだ。類は友を呼ぶってこういうことか?

「えーっと、音葉が呼んだのはあなただよね?」

「そう!あたしは1組の鮎澤秋穂(あゆざわあきほ)!ソフトボール部であとクラスの副委員長もやってるよ!よろしくね!」

「私は2組の白雪泉(しらゆきいずみ)。よろしく。」

秋穂が言うには音葉は先に海の方へ行っているらしい。だがこの人混みだしビーチパラソルもあってなかなか捜索が難しい。私が眉をひそめていると、

「あっいた!」

秋穂が指をさしたが法理音葉らしい人は見当たらない。見間違いでは?

「ほら、あそこだよ!行こう!」

「んー?うおっ!?」

秋穂が手を引いて走り出した。視力良いんだ、羨ましいなと思ったが意外と近くだった。

「やあ2人とも、少し遅かったねえ。」

「音葉…真夏だけどここは南国ではないよ。」

アロハシャツにサングラス、右手にはラムネ。完全に夏を満喫している。ここまで歩いてきたと聞いているがまさかその服装で来たのかな?

「別に良いじゃないか。むしろ真夏の海水浴を楽しむならこれくらいはしなくちゃね!ニヤ…で、2人とも水着は持ってきた?」

え?

「ごめん持ってきてない。そもそも泳ぐ気が無かった。秋穂は?」

「あたしも持ってきてないよ。久しぶりにワンピース着たらテンション上がっちゃって忘れてきちゃった!」

ということで海水"浴"は無くなりましたとさ。水着×2が無いだけで色々失った気分になってしまうな。

「なんで女子3人で海に来て水着忘れるんだよー!友達にお披露目しようとは思わなかったのかー!」

音葉が私に飛びついてきた。そんな事してたらただでさえ暑いのに今度は蒸し暑くなるよ。このまま音葉を巻き添えにして海に飛び込もうかな。

「まあまあ、浅瀬なら入れるしできることはたくさんあるよ!」

…というわけで浅瀬にて『面白いもの探そう大会』が始まった。水中を見ると何かを探したくなるから定番だね。

「小さい貝殻見つけた!」

「わかめだ!」

「見て!魚の死骸(しがい)!」

開始早々秋穂のディスカバリーラッシュだ。最初の音葉探しといいものを見つけるのが得意らしい。私物の管理とか楽そう。の前に女子高生が魚の死骸を平気で触るんじゃないよ。

「私も見つけたぜ!ニヤ」

音葉も何か変なものを見つけたのかな?いや、あれは

「水鉄砲!?なんで!?」

「くらえー!」

「鬼ごっこだ!逃げるよ泉ちゃん!」

こうして唐突に鬼ごっこが始まった。浜辺で鬼ごっこはカップルの特権だと思ってたよ。後ろを振り向くと音葉が水鉄砲を撃ちながら追って来ているが下手すぎて何も当たっていない。これではただ水を撒いているアロハお姉さんである。この逃げ側を仕留められない鬼ごっこはいつ終わるんだ。

「泉ちゃん足元!」

「え?」

「べシャー!」という音とともに私は砂浜に突っ伏してしまった。どうやら流木に引っかかったらしい。

「派手にいったねぇー、大丈夫か泉?」

「怪我は無い?」

「うう…大丈夫…」

怪我は無いけど全身砂まみれだ。まさかこんな恥ずかしい終わり方をするとは。私の1人負けじゃないか。


砂は洗い流せたが服はさすがに厳しかったのと、音葉の熱心な勧めのおかげで私もアロハシャツを着ることになった。着る前は勝手に敬遠していたが、繊維が柔らかく通気性も良いので過ごしやすい。

「ねえ、海の家でかき氷食べようよ!小学生以来なんだよ、かき氷!」

かき氷なんて家で作れば数十円で済むものをなぜここで食べるんだ…と思ったがそんなことを言ったらしらけてしまうのは明白である。私自身、コスパというものを知ってからかき氷を食べることはなくなってしまったが今この瞬間に食べるそれには絶対価値がある。そう信じて海の家へ足を運んだ。

「お姉さんたち!ご注文は?」

「かき氷イチゴとブルーハワイとレモンで!」

「はいよっ!」

音葉がイチゴ、秋穂がブルーハワイ、私がレモンだ。

「海が輝いて綺麗だねぇ、宝石みたいだ。」

「うんうん、救助係のお兄さんも綺麗だねぇ。」

「それは意味が違うでしょ。」

なんて会話をしながら少しの間3人で海を眺めていた。日が長い季節といえど傾いているのはよく分かる。今日という日の終わりは少しずつ近づいているのだ。

かき氷が到着すると音葉が提案してきた。

「かき氷は全部味が同じだって言われてるじゃん?3種類交換して確かめてみようよ!」

「確かに、本当かどうかはよく分からないしね。」

「それじゃあやってみよー!」


うん…これは…同じ、いや、気づかない程度に微妙な違いがある?でもそれって結局……

「はは!これは同じと言ってもいいねぇ。」

「果物感が無いね。全部『ザ・シロップ』って感じ。」

私も音葉も違いはよく分からなかった。果物系もブルーハワイも同じなのはどういうことなのだろうか。

「そうかなあ。あたしは何となく分かるけど。」

秋穂は目だけでなく味覚も鋭いようだ。

「じゃあ人によるってことで!」

音葉は話を雑に片付けてしまった。かき氷の味についてはいろんな人たちにもぜひ確かめてもらいたい。そして真実を私に教えてください。


時刻は午後4時。最初は数え切れないほど立っていたビーチパラソルも3分の1くらいになっている。私たちは3人横並びで砂浜を歩いていた。

「友達と海行くのは楽しいね!文化祭ぐらい楽しいよ!」

真ん中を歩く秋穂はまだまだ元気いっぱいだ。私はもう疲れているよ。人混みに入るだけでも結構神経をすり減らしているからね。

「文化祭といえば、泉と十色を追跡したの、スリルあって面白かったなぁ。」

「追跡?…ああ、あれか。話し声とか足音ですぐ気づけちゃったよ。」

あの時はたしか…十色君とアイスキャンディーを食べて、それから…美術部?化学部?どっちに行ったんだっけ?未瑚(みこ)が居たから化学部で合ってるよね?うーん、ぼんやりとしか出てこない。良い思い出のはずなんだけどな。

「そうだ泉ちゃん!初日のお化け屋敷、後ろにあたし並んでたんだけど覚えてる?」

「んー、面識無かったから覚えてないなぁー。」

「ちなみに私も並んでたよ。ニヤ」

「えっ!?ホント!?」

それは普通に気づかなかった。まあ私は前だけを向いているからね、そういうこともあるよね。

しばらく歩いて太陽のオレンジも濃くなってきた頃、石階段で休憩することにした。太陽が沈むと何となく心も沈んできてしまう。1ヶ月前の行事も既に記憶の奥に沈みかけていた。今日のこともどれくらい覚えていられるだろうか。私は2時間前まで隠れていた不安に一気に駆られる予感がした。砂浜での鬼ごっこもそこまで思い出せないし。

「泉ちゃん、悲しそうだよ?何かあった?」

「大丈夫だよ。今日は楽しかったね。」

「泉は考え事が多いからねぇ。きっと世界の真理について考えていたんだよ。ニヤ」

「ふふっ、そんな大層なものじゃないよ。」

言葉を返すとまた考えてしまう。きっと私だけだろうな、楽しい事ほどすぐに忘れてしまうのは。小中学校の修学旅行も、高校の入学式も、そして文化祭も、今の私には半分も思い出せないだろう。それを思うとどうしても表情が曇ってしまう。


「おーい泉ー!戻ってこーい!」

音葉が耳元で叫んだおかげで我に帰った。周りにも心配かけるからね。

「よし、じゃあ3人で帰ろっ!」

「…うん!」

私たちは駅へと歩きだした。3人横並びで、私を真ん中にして。

「また今度遊ぼ!そして10年後にたくさん思い出話をしよう!」

「ははは、気が早いねぇ。でも大人になっても集まれたら最高だね!」


"忘れてしまう"なんて話は終わりにしよう。たとえ忘れてしまっても、私には思い出させてくれる人がいるから。

























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