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第6話 疲れるけど

時間に追いつかれてしまった。

文化祭最終日。今日は午後から男子達とまわる予定なのだが……。

「はぁ〜。」

「はぁ〜〜ぁ。」

喬椰(きょうや)康晃(やすあき)もどこか、と言うか明らかに不機嫌だ。喬椰の方は少し元気があるようにも見えるが高身長が猫背でいると何となく残念に思える。

「どうしたんだよ。昨日までは楽しんでただろ?」

友の機嫌が悪いとさすがに気になるので聞いてみた。

康晃が口を開く。

「俺らはあの時カップル誕生の瞬間を楽しみにしてたんだぞ、それなのに期待させといて一気に落とされたらさー。そりゃ落ち込むよな!」

「あー。俺が白雪(しらゆき)さんといた時ね。(まあそれしか無いか)」

「いやー、でも俺はお前ならガチであると信じてるよっ!」

喬椰が勢いよく肩に腕を回してきた。俺はバランスを崩しかけ右へ倒れそうになる。

「うおっと、そんなのあるわけないだろー。俺も白雪さんも積極的な方ではないと思うし。」

「またまた〜」

そんな高校生の定番のような会話をしながら騒がしい模擬店の通りを歩いていた。閉祭まであと3時間。さて、何をして時間を潰そうかな。


俺らは最初、焼き鳥の屋台に行こうとした。すると

「やあ君たち!俺らんとこ来てよゥ!さぁさぁ!」

黒いタンクトップに赤いバンダナにつけた大男がいきなりやってきた。身長は180は超えているだろう。こんな展開になると大半の人は萎縮(いしゅく)して戸惑ってしまう所だが、俺らにはその時間すら与えられなかった。

連れられた場所は……昨日も来たアイスキャンディーの屋台だった。

「あのー、僕ら昨日食べたから別にー……」

「いらっしゃいませ!チョコ、ストロベリー、バニラがありますよ!ぜひ☆」

喬椰の遠慮の声は会計の人の爽やか過ぎる声にかき消されてしまった。少し間があき、3人で目配せした後は目配せした後、

「じゃあ、チョコ3つください。」

結局買うことになった。

「ありがとうございました〜!」

「すぐ押されちゃったね。」

「まあ美味しいからオッケーだな!」

あの大男の圧力よりも会計の爽やかキラキラボイスにやられた感じだったな。あの声を文字起こししたらきっと字の中にラメが入って語尾に星がつくだろうな。


「3人の無事を祈ります。では、頑張って下さい。」ガラガラ。

次はホラー系の焼き鳥屋…ではなく普通にお化け屋敷だ。あの後すぐ焼き鳥屋に向かったのだが俺らが来る数分前に売り切れてしまった。大男許すまじ。

『ココハ旧平林総合病院。ジュウネンマエカラユーレイノモクゲキジョウホウガアトヲタタズ…ガガッ…」

どこから流れているか分からないラジオのようなナレーション、(すで)に不気味だ。

「こんな不気味なとこ居られるか!俺は先に帰らせてもらうぞ!」

康晃が死亡フラグを言い出す。

「帰ったら結婚して2人で花屋を開いてたまに旅行するんだ!」

なんと喬椰が便乗してきた。このままだと雰囲気が壊れそうだからつっこむか。

「フラグ盛りすぎだろ。即死するぞ。」

「ハッハハ!じゃ、とりあえず進むか!」

喬椰を先頭に院内を歩いていく。血まみれの手術台、床に散らばったカルテ…文化祭とは思えないクオリティだ。感心しながら歩いていると

「コロ"してや"ルー!」ガシッ

しわがれた叫びとともに手術台の下から患者が飛び出し、喬椰の足首を掴んだ。

「うおおおおぉ」

「おあぁーィ」

「おう」

…………。取ってつけたような、半分気を遣ったかのような、そんなリアクションをしてしまった。

「ア"、ア"アァ」

患者は唸り声をあげながら手術台の下に戻っていった。お化け屋敷なんて男3人で行くとこんなもんだよね。

角を曲がると壁に貼り紙があった。【箱に入る言葉を答えよ】ナルホド、謎解きもあるのか。これ以上驚かされることも無いだろう、

「これ解いてさっさと出るか。」

「そうだな。」

「すぐ終わらせてやるよ。」

10分かかった。

『疲れたー!』

俺も含めてここまでポンコツだとは思わなかった。クリアタイムも過去最遅らしい。謎解きの余韻に浸っていると、顔の死んだ康晃が口を開く。

「外で休憩しよう。」

なぜかキリッとしていた。

「そうするか。」

そう言いながら喬椰を見ると、

「……。」

明らかにテンションが下がっていた。なぜ謎解きでここまで落ち込まなきゃいけないのか、それこそ謎である。まあいいか、迷宮入りにしておこう。


外の飲食スペースに行き3人で休憩を始めた。人はピークよりかなり少なく、俺らの他には10人もいなかった。しばらくダラダラしていると、3年生らしき女子が近づいてきた。

「ねえ君たち、頼み事してもいいかな?」

「なんでしょうか?」

「これから閉祭式の直前リハーサルなんだけど出演バンドのボーカルが来なくてね。探してくれない?凄く爽やかな声の人なんだけど…」

爽やかな声…まさか…

「アイスキャンディーの会計してた人ですか?」

「そう!その人!お願いします!時間が無いんです!」

閉祭式まであと30分。やるしかないな。

「分かりました。引き受けましょう。」

「本当に!ありがとう!見つかったら体育館に連れてきて〜」

そう言って女子生徒は走り去っていった。

「よし行くか!立てよ喬椰!」

「う〜ん。しょうがない。」

こうして俺らは全力で人探しをすることになった。

「あれ?いなくね?」

「東側にはいないぞ!」

「西側もだ。」

教室にも、トイレにもいない。一体どこだ。息を切らしながら渡り廊下から外を見ていた。すると、廊下の向こうから人が1人歩いてきた。

(なんか見た事あるな…)

俺が正体に気付くより先に康晃が叫んだ。

「な、なつさん!?」

確かになつさんだ。探偵の衣装を着て片手に虫眼鏡を持ったなつさんだ。

「君たち、消えたボーカルを探しているんだってね。」

「そうだけど…なんでその格好なの?」

「それは、その…文化祭の勢いっていうかー」

なつさんは俯いて赤面してしまった。恥ずかしいのかよ。

「そんなことはどうでも良くて!私、その人のい、居場所し、知ってるかも!」

「ホントに!?」

「名探偵の推理が当たるのか見てみようか〜。」

そしてまた、なつさんを加えて走り出した。

校舎から20メートル程離れた剣道場。その裏には

テディベアのように座る男子生徒の姿があった。なつさんが最初に口を開く。

「早く戻りましょうあ、芦川(あしかわ)先輩!閉祭式始まっちゃいます、よ!」

芦川という男はこちらを見ずに喋る。

「もういいよ、どうでも。僕の雛丘(ひなおか)祭は終わったんだ。やる気なんか無い。」

「いや、『やる気が無い』で閉祭式サボるのヤバくないですか?」

喬椰の正論パンチ!…すらもあまり効いていないようだ。いや、『効いていない』というよりは『聞いていない』だな。閉祭式まであと10分を切った。かなりまずい。

「だから良いって。僕がいなくても君らは楽しめるだろ。」

確かにそうだ。だけど、彼を説得しなければ。特に深い理由も無いはずなのに、俺らは謎の使命感と焦燥に駆られようとしていた。そのとき、なつさんが1歩前に出た。

「芦川先輩、入学したての私に『文化祭のステージで演奏するのが夢だ』って言ってたじゃないですか!どんな理由があって落ち込んでるかは分かりません。でも、まだ夢叶えてないじゃないですか!あなたの『青春』は、終わってないじゃないですか!」

芦川がようやくこちらを見た。

「なつ…」

「さあ、行きますよ、先輩」

「よし!早く行こうぜ!」

康晃と喬椰が芦川の両手を掴み、無理やり引っ張っていく。

「お、おいお前ら…ちょっ、」

3人の後ろを俺となつさんの2人でゆっくりと追う。

(一件落着かな。)

なつさんの顔は笑顔と充実感で溢れていた。


閉祭式は大成功だった。俺、康晃、喬椰は疲労困憊(ひろうこんぱい)だったのであのバンドの演奏はあまり聞いてなかったのだが。

「それではカウントダウン!5、4、3、」

長いようで短い文化祭だった。最後の一件のおかげでかなり大変な行事だったかもしれない。それでも、

俺らは笑っていた。俺らしか味わえないものだった。

「…2、1、雛丘祭、大成功〜!!」

大歓声とともに、文化祭は幕を閉じた。


あれから約3週間。既に片付けは終わり授業もしっかり進んでいる。しかも毎日のように真夏日が続いていて、学校のしんどさは5割増だ。しかし明日からはついに『アレ』だ!

十色(といろ)〜夏休み予定ある〜?」

そう、夏休みだ!1ヶ月も家でゴロゴロできる素晴らしいイベントだ。

「特に無いよ、法理(ほうり)さんは?」

「私も特に無いんだよね。だからさ、隣町の夏祭りいつメンで行こうよ!みんな誘っておくからさ!」

法理さんの目が輝いている。

「うん。分かった、準備しとく。」

「楽しみにしててね〜」

早速大きな予定が入ったな。

「じゃあ十色も誘おうぜ!」

「うん、俺も友達誘っておくわ。」

どうやらまだ予定が増えそうだ。今年の夏は俺の中で一番忙しくなるな。

そんなことを考えながら、俺は一人で教室を出た。
























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