第5話 文化祭
光陰矢の如し
まるで、時間が一気に飛んだようだ。作りかけのセットと材料の欠片が散らばっていた教室の姿はもう無かった。その代わり、廊下にちょっとした列ができるほど多くの人で溢れていた。今日から我らが雛丘高校の文化祭『雛高祭』なのだ。が…。
「暑い…暑すぎる…あまりにも暑い…。」
俺は校舎裏の日陰で横になっていた。時刻は午後1時、フォトスポットの受け付けのシフトは終えているので既に暇だ。もうここで寝ようかな、と考えていると、女子の声が俺に近づいてきた。
「十色君は貧弱だなぁ〜、たったの32℃だよ?」
意味不明な発言の正体は白雪さんだった。白雪なのに熱に強いとは凄いなー。
「うるさいなー。俺は動かないからな。」
いくら学校行事と言えど30℃越えの屋外を歩き回るのはさすがに嫌だ。このままのんびりしよ。
「十色君、3年3組がアイスキャンディーやってるよ。私食べたいから着いてきて。」
はぁ、なんd…ん?
「アイスキャンディー?仕方ない、行くか。」
アイスと聞いたら動くしかないだろう。俺はゆっくりと起き上がり、白雪さんのほうを見る。3日前まで薄橙だった肌はいつの間にか小麦色になっていた。日焼け止め塗らない女子とか絶滅危惧種じゃないか?
「イチゴ味結構美味いな。」
俺らはアイスキャンディーを片手に人混みを抜けるところだった。
「うまっ、やっぱ甘い物サイコー。」
白雪さんはセリフのテンションは高いが声に感情の起伏はあまり出ない。なんだか機械みたいだ。
「あ、気付いた?私の声ってあんま抑揚無いんだよねー。」
なぜ気付いたことに気付けるんだよ。
「ん…」
外の人混みを抜け、ようやく校舎に入ったが校舎内も結構人が多いな。
「ここは少しうるさいね…そうだ十色君、ステージ発表を見に行こう!漫才とかやってるかもよ?」
あー。今回はずっと2人でいく感じね。
「じゃあ行くか。」
こうして俺ら2人は体育館へと歩き出した。
「うひょひょ〜!男女が2人で歩いてるぜー!これは何かが起こるに違いない!追跡しちゃうぞー!ニヤ」
「何ニヤついてるんだ、音葉?」
「お、いい所に来たね喬椰!さっき十色と泉が2人でね……」
説明を聞いた喬椰は目を見開いて驚き、そして…
怪しい笑みを浮かべた。
「…やるしかねぇな。」
学級委員による追跡が始まった。
「君の〜青春話を〜聞かせてよ〜」ジャーン
「キャー!」「かっこいい!」
白雪さんと体育館に来た俺は軽音部の演奏を楽しんでいた。そして今会場を湧かせたのはクラスメイト
一番ケ瀬なつのバンドだ。
「いやーなっちゃん超かっこよかったね!」
白雪さんが目を輝かせながら言った。
「そうだな。それにしてもなつさんが人前で堂々とできるのは意外だったな。」
「いつもオドオドしてるからねー。あ、次は化学部の展示見に行こ、友達がいるんだ。」
「え、うん分かった。」
今日はやけに俺を連れ回してくるな。何かあるのか?
実験室に行くと、前髪で目が隠れている1人の少女がいた。
「この子は諸留未瑚、私と同じ中学校出身だよ。」
「へぇ〜、よ、よろしく。」
表情がよく分からないから少し怖いな。
「よろしくお願いします。あの、良ければオリジナルキーホルダーあるので買ってください。」
「キーホルダー?見せて〜。」
白雪さんが箱を受け取り、2人で中身を確認する。一体どんなものがあるんだ…?
『うおっ…』
中身は肝臓、肺、腎臓、その他もろもろリアルな赤みを帯びた臓器のキーホルダーが沢山入っていた。
「頑張って作ったんですけど、みんな気持ち悪いって言って買ってくれないんです…。」
「そうなんだ、あはは。」
珍しく白雪さんが引いている。確かにうっすら血管みたいなのも見えていて中々手を出しづらいな。
「やっぱりこんなものいらないですよね…文化祭終わったら処分しまs…」
「待って、私たちが買うから大丈夫だよ、ね、十色君?」
「えー俺も?まあいいケド。」
まあ金の使い道あまりないから買うか。
「ありがとうございました!」
「どーもー、未瑚頑張ってねー!」
そんなこんなで俺らは実験室を後にした。
「で、十色君は何を選んだの?」
「俺は脊髄にした。白雪さんは?」
「私は心臓だけど…てかなんでサラッとグロくないやつにしてんのよ。」
「いやーだってあったからさ。」
「『あったからさ』じゃないよ、1人だけずるい!」
そんなに怒る?と思ったがよく見ると白雪さんは笑顔だった。楽しんでるようでなにより。
「ははっ」
暑さを回避したからか、テンションが上がってきたな。
時刻は午後2時30分。時間が経つのは案外早い。
私、法理音葉は副委員長の百木喬椰と一緒に十色と泉を追跡している。
「あっ、実験室から出てきた。行くよ、喬椰。」
「ああ。」
廊下の角から動き出そうとしたときだった。
「2人とも何やってんの?」
振り向くと康晃がいた。
「うわ、なんだ康晃か。びっくりさせんなよ。」
「ごめん。シフト終わったから誰か回ってくれる人探しててさ。」
なるほど。じゃあ仲間に引き入れるとするか、ニヤ。
「そういう事なら康晃、ゴニョゴニョ……。」
私と喬椰は事情を説明した。
「フッ、ならば俺もやるしかないな。行くぞ。」
イケボで快く受けてもらえた。さて、追うか。
2人を追っていくと、無人の多目的ホールに着いた。
文化祭、無人の場所に男女2人。何も起きないわけが無い!私たち3人は固唾を呑んで凝視する。
泉が口を開く。
「少し早い気もするけど、言っちゃおうかな。」
言う?一体何を言うんだー!?ニヤニヤが止まんねぇー!
「急になんだ?」
「全く、十色君は勘が鈍いなー。」
そうだぞ十色!さあ泉言ってやれ!
「音葉、喬椰君、2人には最初から気づいてたよ。出てきなよ。」
「なっっ!?」
驚きのあまり大声を出してしまった。
ガクガクブルブル…
喬椰は恐怖のあまり無言で震えている。
「え?え?」
康晃は困惑している。
「あ、康晃君もいたのか。それは気付けなかった。途中から来たのかな?」
「なんで私たちが追跡してるって分かったの?」
「私は人の気配や足音に敏感だからね。音葉が追ってるって分かってから変に期待させるために十色君と回ってたんだよ。」
最初から遊ばれていたのか。強キャラすぎでしょこの子。
「よく分かんないけど凄いな、白雪さん。」
十色は感嘆している。
「まあ確かに、アニメや漫画じゃないからそんな都合のいいイベントは起きないか。残念。」
少し残念ではあったけど…
「でも楽しかったから大丈夫!さあ、2日目に向けて準備するよ!」
『イエッサー、委員長!笑』