クラクフ・ゲットー
1942年の春、私は20歳になりました。
髪を後ろでひとつに結って、うす汚れたスカーフを巻いていました。もちろんこれがオシャレだと思って装っていた訳ではありません。質素な身なりで、月に二、三度、外出する必要があったのです。
「お父さま、工場に書類を届けてきます。他にご用はあるかしら?」
「この包みを持って行ってくれ」
父はクラクフに戻ってから近郊の工場を買い取り、金属加工の事業を始めていました。
それは暮らしのためでもありましたが、スレヴ一家や親しい人々を匿うためでもありました。
(このときザフィールの母親と弟妹も探したのですが、水晶の夜を前に行方知れずになっていました)
紙袋の中に書類と包みを入れて、私はできるだけ目立たないように道を歩きました。
街にはナチス親衛隊——SSと呼ばれていました——彼らが我がもの顔で、ポーランド人を見張っていたからです。
特に、ユダヤ人を助けようとする者は、即座に《政治犯》として収容されていました。
「所長、工程管理表を持って来ました」
「ヴィーシャか。ご苦労さん」
工場の時計が正午を知らせます。
稼働していたラインが止まり、社員が昼休憩を取りに行きました。
私は機械の影に隠れて、小さく「スレヴ」とささやきました。
振り返る彼は、今にも破れそうな服にダビデの星の腕章をつけています。
疲労の濃い顔つきは、先週会ったときよりも、さらに痩せて見えました。
「いつもの場所で、ね」
彼が頷くのを確認して、私は身を翻しました。
もう春だというのに、街は灰色一色で、あざやかなものといえば、鉤十字の真っ赤な垂れ幕だけでした。
それでも植物はわずかに息づいていて、通り道にある雑木林は明るいグリーンの葉を芽吹かせていました。
私は目的の切り株に座り、父から預けられた包みを広げます。
遅れてスレヴもやってきました。
彼は物も言わず、土の中に隠してある木箱を取り出し、私が差し出す食糧を押し込みました。私も黙って包みの中身を仕分けました。
世間話をするヒマはないのです。
誰かに感づかれる前に、何もかも、迅速にしなければなりませんでした。
「これは外からの手紙。こっちは……割らないように気をつけて」
小さなガラス瓶は、スレヴから頼まれていた抗生物質です。父がなんとか手に入れたものでした。
スレヴは小瓶を大切そうに布でくるみ、手紙と一緒に、衣服の中に隠しました。
「……お母さんの様子はどう?」
「たぶん、チフスだ。流行ってる」
「薬は足りてるの?」
スレヴは鼻で笑いました。
「何も足りてない」
憎々しげに「ヤツら、腐った芋しか、渡して来ない」と悪態をつきます。
「貴方とお父さんは、どうなの?」
「君たちのおかげでなんとかやれてる。ヴィーシャこそ……ここまで大丈夫だった?」
最後にパンの塊とチーズを渡しながら、私は答えました。
「ええ。前にナチに声をかけられてから、出歩くときは顔を汚すようにしているわ」
ようやく食事を始めたスレヴが、わずかに頬をゆるませました。
「君は女性だから、気をつけないと」
「それ、お父さまにも毎日言われてるわ」
「——本当は、こんなふうに仲介をしてもらうのも、心配なんだ」
「おあいにく。私は毎日来たいくらいよ」
私が鼻息荒く言うと、スレヴの落ち窪んだ目のなかに、ようやくあたたかな光が灯ったように見えました。
「もう行くわね。何かあったら、また合図を送って」
「ありがとう」
この頃、私たちは別々の場所に住まいしていました。
私と父は事務所の二階に。
スレヴ一家はユダヤ人の居留区に——いいえ、そんな言葉では生ぬるいでしょう。
牢屋や監獄でさえ、法があり、収容者には人権があります。
あの時代におけるゲットーとは、《ユダヤ人を死なせるための閉鎖地区》を意味していました。
ポーランドの内外で、ナチスがユダヤ人を迫害して飽き足らず、虐殺をしているらしいという話も、どこからともなく聞こえてくるのでした。
「お父さま」
私は夕食時に、父に言いました。
「スレヴのお母さん、チフスを発病してしまったらしいの。ゲットーの中がどんなか分からないけれど、とても今のままで良いなんて思えないわ。どうにかならないかしら」
ポテトスープを静かに飲み干して、父はゆっくりと答えました。
「私たちも安全ではない。現に職員の中には、お前がたびたび工場に行くことを怪しんでいる者もいる。密告されれば、今のように彼らを援助することもできなくなる」
それどころか私たちも収容所行きだ、と付け加えました。
「先月も、たくさんのソ連兵が連行されているのを見た。また土木工事か何かがあるんだろう」
銃で脅されながら、尊厳もなく働かされる人々。
そんな捕虜たちの姿が、不自由な暮らしを強いられているスレヴに重なり、胸がナイフで切られるように痛みました。
「……ただ黙って、見ているしかできないのかしら」
「そうだ。そして終戦を待つ」
「終戦なんて……無理よ。フランスも占領されるしソ連にも侵攻するし……終わるどころか、戦火はどんどん広がっているわ」
いつのまにかテーブルの上で震えていた私の拳に、父の大きな手のひらが重なりました。
「幸い、イギリスはよく抵抗している。アメリカも参戦した。俗な言い方になってしまうが……希望を捨ててはいけないよ」
私は声を絞り出しました。
「わかってる」
夕食を終えて寝室に戻ると、サイドテーブルの引き出しから、ベルベットの巾着を取り出しました。スレヴと両親がゲットーへ入る日、これを私に預けて行ったのです。
金時計のネジを巻くことが、いつしか私の日課になっていました。
時を刻み続ける音を聞き、いったいこの針が何周、何十周すれば戦争が終わるのか、そんなことを考えます。
そして——
「ザフィール……」
もう22歳になったであろう、古い友人を思い出します。彼はきっとヒトラー・ユーゲントからすぐにナチスへ入隊したはずです。
行っている任務が、どうか人々を虐げるものではないように、と祈るばかりでした。
夏の匂いが近づく頃、スレヴのお母さんは抗生物質のおかげで、かなり回復したと知ることができました。
「体力はだいぶん落ちているけれど……」
スレヴはパンを噛みちぎりながら話してくれました。
だんだんと痩せ、身なりも汚く、粗雑になっていくことが、ゲットーでの生活の苦しさを物語っていました。
あとは変化がもう一つ。
「スレヴ……ぜんぜん吃らなくなったのね」
「ああ」
スレヴは何でもないことのように答えました。
「悪目立ちすると殺されるから」
一気に血の気が引きました。
そんなむごいことを、さらりというスレヴにも、そうさせた日常にも。
「ゲットーの中では……何が、起こっているの?」
思わずこぼれた問いに、スレヴはごくんとパンを飲み込みました。
「聞きたい?」
スレヴの真っ黒な瞳が、私を射抜きました。まるで私の質問の奥底にある、浅ましい好奇心を見透かすように。
「……ごめん、なさい」
「いいよ。ただ、他のユダヤ人にはその質問をしないほうがいい」
なんとなく感じてはいました。
ゲットーの外で働くユダヤ人たちの、ポーランド人に対する嫉妬や憎悪の視線を。
それはドイツ人に対する憎しみとはまた違った種類の嫌悪でした。
「僕も、同じようなものだけど」
スレヴは空気を変えるように、わざと明るく言いました。
「妬まれてるよ。仲間うちでは、ヴィーシャが僕の可愛い恋人だと思われてる」
「えっ?」
「地元のユダヤ人なら、ヴィーシャのことを知ってる人も多いから。僕をそこまで助けてくれるってことは、つまり、誓い合った仲だろうって」
私の頬がいきなり発火したかと思うくらい、熱くなりました——
可愛い恋人?
誓い合った仲!?
「それは、あの……」
「大丈夫だよ。ヴィーシャが届けてくれる食糧は、仲間内で分け合ってる。少なくとも孤立してはいない」
「よ、良かったわ」
衝撃の余波がまだおさまらないまま、私は言ってしまいたくなりました。
——貴方が好き、と。
本当はスレヴにゲットーから出てきて欲しい。
自分の部屋の屋根裏で、誰にも見つからないように安全に匿いたい。
そして同時に恥入りました。
善人ぶっておきながら、本音は、スレヴを助けられたらそれでいい、他の人はどうなってもかまわない——恐ろしいほど傲慢なエゴを持っている。
それを言えばスレヴはきっと私を軽蔑するでしょう。
必死に自分を制して、私は「お母さんが早く良くなるよう、祈っているわ」と伝えました。
しかし、それは叶いませんでした。
病気が悪くなったのではありません。
「帰ったら、いなくなってた」
スレヴはいつにもまして重くくたびれた様子で、待ち合わせの切り株に座り込みました。
「どういうこと?」
「僕にも分からない。昨日帰ったら、いなくなってたんだ。しかも母さんだけじゃなくて、大勢が消えた。病人、老人、小さな子ども……」
私はハーメルンの笛吹きの話を思い出しました。笛吹の音に誘われて、街の外に出てゆく子どもたち……。
外気はあたたかいはずなのに、ぶるっと震えが来て、私は腕をおさえました。
「不気味……」
「そう、なんだよ」
スレヴは考え深げに、両手を口もとで合わせました。
「家の近くで、たまたま残っていた子どもがいて——教えてくれたんだけど」
その女の子が語るには、みんなが働きに出たあと、銃を持ったSSが何人も乗り込んだトラックが、たくさんやって来たのだそうです。
スピーカーで『怪我や病気をしている者は治療します。出てきなさい』と説明したとか。
しかも一戸一戸ノックをして行く念入りさだった、と。
「その女の子は、どうして助かったの?」
「見た目が『ユダヤ人っぽくないから』だって。お菓子をもらったと言ってたよ」
おかしい。優しすぎる。
何かその奥に、とてつもない悪意を秘めていそうで、私は自分の脈が早まるのを感じました。
「じゃあ『療養』のために連れて行かれたと、思っていいのね?」
「……そう思いたい。だけど——確実な情報が欲しい。何が起こっているのか、知りたい」
彼は楽観をしません。
妥協しない姿勢は技術者だからでしょうか。まるで歯車の噛み合わせを見つめるときのように、深く考えている様子です。
「ヴィーシャの周りでは、何か変わったことはあった?」
「そうね……春先に、ソ連の捕虜がたくさん連れて行かれたと聞いたわ」
「意外だな。ソ連兵はすぐ射殺されると聞いたよ」
「お父さまが言うには、工事のための労働力じゃないかって」
「ああ、また線路の敷設か、居留区づくりか」
ため息をついたスレヴが、私を見上げて「場所はどこかわかる?」と訊ねました。
「えっと……たしか、ここから西に何十キロか行ったところよ。村の名前は……オシフィェンチム、って」
「え、何?」
「ちょっと待ってね。ポーランド語だったから……ドイツ語だと、たしか」
——アウシュヴィッツ。
この地名が後に、世界中の人々を恐慌させる言葉になるとは、このとき思ってもいませんでした。