拡がる戦火
ここで少し視野を広げて、世界ではどんなことが起きていたかを記しておこうと思います。もちろん、ほとんどが戦後に知ったことですが。
1943年の初頭から春。
戦争を始めた人々の誰もが、これほどの大惨事になるとは思っていなかったでしょう。
「貧しいのは嫌だから」
「豊かに暮らしたいから」
「自国の利益を守るためだから」
それはまるで、ちいさな摩擦が少しずつ積み重なって、あちこちで熱を発するようなものでした。
その熱はいつの間にか火種となり、無数の炎となり——風に乗って火の粉をさらにまき散らしていたのです。
ベルリンでは、ゲッベルス宣伝相が「これは国家総力戦だ」と演説していました。
ドイツの同盟国であったイタリアと日本は、それぞれの制空権を奪われつつありました。
そして北アフリカでは、アメリカとイギリス、連合国を代表する元首たちが、会談を行っていました。
もはや世界中が当事者でした。
しかし、当時の私たちはそんなことも露知らず……だって国営放送が「ドイツ、戦争に負けそうかも」なんてラジオに乗せられるはずがないのです。
相変わらず、この戦争は正義なのだと信じて、ユダヤ人を処理することは仕方ないことなのだと信じて、それぞれの暮らしを送っていました。
年経て思い出す今となっては、一つの邸で彼らとともに暮らした半年は、平穏で、かけがえのない時間だったと言えるでしょう。
しかし、その渦中にいた私は、毎日を生きることに必死でした。
特にスレヴが来てからの三日間、ザフィールの熱が下がらず水分を摂らせるのも、度々往診にやってくる軍医からスレヴの存在を隠すのも一苦労です。
(生きるためには、頭を使わなければいけないのだわ)
薪を絶やさず、つねに部屋をあたたかく保ち、その合間にザフィールの口もとを清潔な布で濡らし、自分も食事をとらなければいけない……私は常に頭のなかをぐるぐると回転させていました。
ついにキャパオーバーしたとき、見かねたスレヴが作ってくれた豆のスープが、どんなに美味しかったか。
「き、君に、頼ってばかり、で、すまない」
「好きな人に看病してもらえるんだから、役得よ」
私は鼻をすすりながら、スレヴの差し出してくれるスプーンを口に含みました。
スレヴは肩をすくめて微笑みます。
身体を清め、身なりを整え、古着のシャツを着た姿は、痩せてはいましたが、とても被収容者とは思えないほどきちんとしていました。
「と、とにかく、無理をしないで」
「だって、もし貴方がたとえば、薪割りなんかしているところに、軍医さんや所長さまが来てごらんなさいよ」
私は人差し指をこめかみに当て、撃たれたような振りをしました。スレヴがちいさく笑みをもらします。
「ふ、ふ、笑えないね」
「笑ってるじゃない」
「ヴィーシャの、か、顔が、おかしくて」
スレヴはひとしきりクスクス笑って、それから姿勢を正して言いました。
「力仕事は、手伝いに来てもらえるよう、頼んだ」
「めずらしいのね。スレヴに、そんな……」
「《友だち》が?」
スレヴはまだ微笑を浮かべながら、話を続けました。
「そういう関係じゃないよ。前に話したことのある棟長——カポだ。レネを通じて、まだ連絡を取っている。情報は、生き延びるために、必要なものだから」
こういうことを話すとき、スレヴの口調はゆっくりですが、吃らなくなります。
だけど代わりに、とっても話が難しくなるので、私は頭をフル回転させなければなりませんでした。
「でも、カポって、ナチスの味方なんでしょう」
「収容者たちの監督役だよ。たしかにナチスにおもねる奴らが多いけど、そうじゃない人もいる」
「信用できる人なの?」
「そう言えると思う。協力関係ができた。だから——あ、あの……」
彼が吃音になるのは、自分の感情を表現するとき。
「君とザフィの、助けに、な、なると思う」
この聡明なユダヤの青年は、心のなかを見せてくれるときだけ、分かりやすく吃音が出るのです。
私はそんなスレヴを愛しく感じながら、もう一人の幼なじみのことを思い出しました。
「そういえば、ザフィールの様子は、どう?」
「……ね、眠っているよ」
「熱は?」
「まだ、引かない。だけど一時よりは、だいぶ、落ち着いた」
私は肩にかけた毛布に顔をうずめて、スレヴの表情を伺いました。
「どうしたらレネの言う通り、長くこの家に留まることができるかしら。邸の家主に隠したまま、あなたを匿うことはできないわ」
スレヴは黙って聞いています。
「ザフィールには協力してもらわなきゃ」
「……ぼ、僕は、まえに、ひどいことをした」
ゲットーが解体される前、スレヴが家族の命乞いをしたときのことを言っているのだと、すぐに分かりました。ザフィに対して、私は銃を突きつけ、スレヴはカミソリを手にした夜のこと。
「あんなの、ザフィのほうがもっと酷いことをしたわ」
「ふ。ヴィーシャは、ま、まっすぐだね」
スレヴが清潔な布巾で、私の口もとを拭いてくれます。ちょっと恥ずかしくはありましたが、せっかくなので甘えることにしました。
「酷いこと、と言うなら、僕だって、そ、それなりのことを、しているよ」
ふと、レネに聞いた話を思い出しました。
収容者同士で、ほぼゼロに等しい物資を奪い合う、その様相を。
——靴は特に重宝されるから、死体から剥ぎ取るの。いちいち同情なんてしてられない。
(ああ、そうだったわ。私だって、銃声を聞きながら、タイプライターを打っていたじゃない)
「みんな共犯者ね」
「……痛烈、だ」
「罪人同士、必死に頼めば、ザフィールもきっと分かってくれるわ」
「き、君の、頼みなら、ザフィは、聞いてくれる」
「まぁ腐れ縁ってやつかしら」
「——ザフィは、きっと」
スレヴは珍しくゴクリと唾をのんで、言いました。
「あ、愛して、いるから」
「何を?」
「ヴィーシャ、のこと」
何を言うのかと、私は笑ってしまいました。
「そんな冗談、ザフィだってきっと大笑いするわ」
「ほ、本当、だよ」
スレヴは吃音ながらに、一生懸命、話してくれました。
ザフィールが私をよく見つめていたこと。
意地悪を言ってからかっていたのは、それだけ気になっていたからだということ。
一方、スレヴのことを恋敵のように嫌っていたこと。
「それに、き、君の待遇だって。他のポーランド人で、これほど、丁重に扱われている人は、いない」
「うーん、通訳用に留められているだけだと思うけど」
「だけど……」
「なんだか、持って回ったような言い方ね。くすぐったいわ」
私はスレヴに向き直り、たっぷり息を吸ってから、ゴツンとスレヴのひたいと自分のひたいをぶつけました。
「い、痛……」
「ねぇ、スレヴ。仮にザフィが私を好きだとして、私にどうしてほしいの?」
スレヴはいつの間にか、目尻を真っ赤に染めていました。きっと痛みのせいではないはずです。
それからひと呼吸、ふた呼吸も、たっぷり黙ってから言いました。
「ふ、二人には、幸せに、なって、ほしい」
「ふぁ?!」
間の抜けた私の返事に対して、スレヴの黒い瞳は潤んで、首すじから耳の先まで色づきました。
まるで今まさに、愛しい人への想いを告げたような面持ちです。
「なぁにそれ、妬けちゃう!」
「ど、どうし、て」
「それだけ、スレヴがザフィールのことを想っているってことでしょ」
「ざ、ザフィ、だけじゃ、ない」
スレヴの声がどんどんかすれて、ちいさくなっていきます。
「もちろん、私のことを大切に想ってくれていることも知ってるわ。だけど貴方の燃えるような恋の相手は、もう分かってる」
「な、なんの、こ、と」
私はスレヴの顔を覗き込みました。
漆黒の夜空のような瞳のなかで、ちいさな星々がまたたくように、言葉よりも雄弁に恋情の在処を語っています。
「大丈夫よ。スレヴ」
彼が何を不安に思っているか、分かりました。
「ザフィは貴方を拒絶しない」
それは確信でした。
「だってあの夜、ザフィは言ったわ。『どうして憎ませてくれないんだ』って」
ともすれば木立のさざめきに消えてしまいそうなほど、かすかな声で彼は泣いていたのです。
「あれは本音よ。ザフィールったら、歌は上手くても演技派じゃないの」
スレヴの表情がやさしく緩みました。
「そうでしょ、昔っからね」
私が付け加えると、廊下から木目のきしむ音が聞こえました。驚いて二人同時にドアを見ると——
「悪かったな、演技派じゃなくて」
ドアの隙間から、寝汗で乱れた髪のザフィールが現れました。
「ザフィ!」
「用を足しに起きたら、お前たちの声がうるさくて……盗み聞くつもりはなかったが……」
弁明するような言い方に、ザフィールの迷いを感じました。
スレヴに大口を叩いておいて、私の胸のうちには、若干の不安もありました。
(彼が友情よりも、ナチスへの忠誠を選んだなら)
(スレヴを拒絶するはずがないけど、だけど、もしかして、万が一……)
その場を静寂が包みました。
(審判を待つ処刑者って、こんな心地なのかしら)
ザフィールがふん、と鼻を鳴らし、静けさは破られました。
「そんなじゃじゃ馬娘を娶る趣味はない」
「まぁぁ、ご挨拶ね!?」
「年頃になって落ち着くかと思えば、あちこち動き回ってホコリが立つ」
「その忙しない女に命を救われたのはどこの誰よ!」
「俺を助けたのは軍医だと、おまえが言ったんだろう」
揚げ足を取り投げ合う私たちの会話に、スレヴが小さく笑いました。
「病み上がり、とは、思えない、ね」
私とザフィが口げんかをしている傍に、スレヴのやわらかな声が響く、その瞬間でした。
お互いに、まるでクラクフの広場に戻ったかのような安心感がありました。
ぐぅ、と誰かのお腹の音が聞こえます。
私のものかと思えば、ザフィとスレヴがそれぞれ自分のお腹をおさえていました。
「あははっ!」
私が笑うと、二人もぎこちなく笑いました。
「ごめんなさい、スープを一人占めして。みんなで食べましょ」
1943年の春。
くしくも、あのクラクフ・ゲットーから何十万という人々が、アウシュヴィッツに送られていたあの頃。
それでも私は、あの年を忘れることができません。
春を過ぎて、夏、秋と季節が移り変わるあいだ、私たち三人はひとつ屋根の下でともに過ごしました。
悲しみも多くありました。それは後述します。
だけど喜びもありました。かけがえのない出会い、ユーモアのある会話、貧しくとも分け合って食べる食卓のスープ。
それは今から思えば、一種の逃避であったかもしれません。
気づかない振りをしていただけなのです。
炎の竜巻が、あらわれ始めていました。
その存在に人々が気づいたときには、すでに消すことのできない火柱が、東西南北、いちどきに轟々と燃えていました。
あとはもう、どこに逃げるか。
そもそも逃げられるのか、否か。
逃げられないとしたら、せめて、どう死ぬか。
それが当時の人々にとっての、あまりにも悲しい命題でした。




