第6話 実習ペア
「それで?奏音さんとは特段何もなかったのか?」
休み時間、裕翔は大翔にそう話しかけられていた。例の件はあの後安全対策委員会が調査したが、結果何もわからず誰かがミスクレアで倒したのだろうという話にまとまった。その件についてはあまり大ごとにしたくはないらしい。その為か特に学校で話題になることもなかった。しかし、あの時ちょうど通りかかった大翔にバッチリみられてしまっていたのだ。裕翔は目撃防止のために結界を張っていたのだが、それをどうやって突破したのか未だ謎である。
「別に何もないって。いや本当に」
「えー、裕翔がかっこよくレギウスを倒したのに……ええとなんだっけ?『俺を見逃すとは、たいした度胸だな』だったか?」
「おい!教室で恥ずかしいことを言うな」
裕翔は若干、いやかなり顔を赤くして反論した。
「それにしても裕翔ってすごいよな。ミスクレアでまだ練習すらしていないのにあんな力を出せるって」
「まあ、そうだな……ははは」
…………………………マズい。マズいマズいマズいマズいマズい!あれだけは絶対にバレてはいけない!あそこで勇者固有スキルを使ったなんて、言えるはずもない。誰でもいい!誰か、この話題から話を逸らしてくれぇぇぇぇ!!!!!
裕翔は大翔のそんな会話を横耳に流しつつ、とんでもない量の汗を背中にかいていた。そんな表情を察してか(いや、間違いなく察しているはずもない)突然背後から声がした。
「ひーろーと!それにゆうっち、ハロー!」
「なんだ穂香か。俺たちに何の用だ?」
彼女はにしし、と笑いながらとある広告をミスクレアに映し出した。空間に出現した空間型ディスプレイを指で弾いて飛ばし、裕翔たちに見えるように操作した。
「……まさかとは思うが……」
「ゆうっち、そのまさかだよ!ここの店、ほらなんかオシャレで高そうなところ。ここでね、今日から期間限定でラビット・クレープっていうクレープが販売されるみたいなの。しかも二人以上から注文可能って」
「それで俺たちと放課後にこの店にいく、そういうことか?」
「大正解!二人とも、今日の放課後って空いてる?ねね、一緒に行かない?」
「お前はどうせ俺たちが行かないって言っても無理やり連れていくんだろ?」
「もちのろんだよ!それじゃあ、放課後空けといて!」
胸を張ってそう答えると穂香は風のように去っていった。
「本当に、女子仲間で行けばいいのに。なあ裕翔」
「ああ、けどたまにはこういうのもいいんじゃないか?」
それだけ言うと裕翔は再び広告に目を移した。そこにかいてある店名は英語で──rate・cafeと書かれていた。
「……はは。おい、冗談だろ……?」
裕翔はそれだけ言うと机に突っ伏したのだった。
◇ ◇ ◇
「では、第一回仮想スキル実技練習の日時を公開します。今回は二人一組になって行う練習で──」
今朝のホームルームでそんなことを反面ク◯きょ……いや美人で可憐な教師が話していたことを思い出し、裕翔は再び憂鬱な気分に苛まれていた。昼休み、裕翔は大翔と共に昼食をとっていた。しかし先ほどから裕翔の箸の進み具合が悪い。今回の演習は二人一組。しかも男女ペア。裕翔には女友達というものがたった一人しかいない。そう、有沙だ。しかし彼女は別クラスなので今回のペアになることはできない。
「そういや大翔はペア決まったのか?」
「ペア?ああ、あの実技練習のか?俺は穂香と組むことになってるぞ。まさかお前まだ決まってないのか?」
「……仕方ないだろ、俺は友達が少ないんだ」
「それなら……」
大翔はチラッと奏音の方を見ていじわるそうに不敵な笑みを浮かべた。
「姫崎さん、なんてどうだ?」
「どうだってなんだよ。彼女は高嶺の氷姫って呼ばれてるくらいだぞ。そんな人と俺がペアなんて組めるはずもないだろ?何、それとも嫌味か?」
「いや、意外といけるかもしれないけどな……まあ、なんにせよ急いだほうがいいぞ。確かペアの締切今日までだと思うから。ってさっきから顔色悪いのはそのせいか?」
大翔はケラケラと笑いながら持参していたパンに齧り付いた。彼は思いのほか裕翔と並ぶくらいの大食いなのだが、流石に昼食代を浮かせたいのだろう、昼飯は少なめだ。
「陽キャのお前はいいよなぁ。別に何もしなくてもペアになってくれる奴なんていくらでもいるからさ」
「何言ってんだ。俺はこれでも陰キャよりの方だぞ」
そんな会話をしていると、不意に肩をトントンと叩かれた。若干驚いた裕翔はぎこちなく首を動かした。
「誰です……って姫崎?」
彼女は凛とした、しかしどこか不安を煽るような顔で裕翔に問いかけた。
「少し話があるんですが……笹取さん、少し燦咲さんをお借りしてもよろしいでしょうか」
大翔は満面の笑みで首を縦に振った。そして裕翔に向かって小さく拳を突きつけた。その拳からは『頑張ってこい』そう読み取れた。裕翔は仕方なく少し小さいため息をついてから席を離れた。
「それで姫崎、話ってなんだ?」
時刻は十二時四十五分。まだ昼休みも残っている。そんな中裕翔は奏音にひかれて屋上まで来ていた。この高校では屋上にフェンスが設けられており、基本的には生徒が自在に入ることが可能だ。奥の方にあったベンチに腰掛け、裕翔はそう尋ねていた。(流石に前回起こったような急に風が吹くというイベントはなかった)
「つかぬことをお聞きしますが、燦咲さん、実習のペアって決まってたりしますか?」
「ふぇ?」
てっきりあの時のことを聞かれると予想していた裕翔は方向違いの質問に思わず変な声で返事をしてしまった。
「なんですかその返事は」
返事がそんなにおかしかったのか、奏音は口角を上げて笑いを堪え……きれていなかった。
「いや、まさかそんな質問をされると思っていなかったからな。ちなみにその質問の答えはNOだ」
「そうなんですか……そ、それなら私とペアになってくれませんか?」
「え?姫崎ならペアになりたい男子なんていくらでもいると思うが……俺でいいのか?」
「ええ、実は……」
どうやら高嶺の氷姫というあだ名があるが故に恐れ多くて男子が進んでペアに申し出てくれる人がいないらしい。
「というわけなんですが、お願いできませんか?」
「別に仮想スキルはあんまり上手く使えないけど俺で良ければ」
裕翔がそう言った途端、不安の表情が消え、嬉しそうな顔になった。いや、実際に嬉しいのだろう。
「本当にありがとうございます……って仮想スキルとてもお上手だと思いますが……」
……………………やっべ。墓穴掘った。
「いや、なんというか、言葉のあや、そう、言葉のあやだ」
──これでなんとか誤魔化せればいいのだが……いやまじで本当にこれ以上突っ込んでこないでくれ!!
「まあ、そういうことにしておきます。それではこれから実技ペアとしてよろしくお願いします」
「なんてことがあった。俺本当に姫崎に何かしたかなぁ……」
「いいじゃねーか。結果的にあの姫崎さんとペアになれたわけだし」
あの後すぐに教室に戻って先ほどあった会話を大翔に話した。
「まあ、そうなんだけれども……」
裕翔はクラスを一周見渡した。周りからの視線が痛い。姫崎のペアの話がクラス中に瞬く間に広まり、裕翔は早くもクラスの──特に男子からの標的になってしまった。
「御愁傷様、我が親友!」
「誰が親友だ。好きでこうなったわけじゃないんだけど」
大翔は何かを言おうとしたが、それ以上追求する前にチャイムがなったことで話にひと段落がついた。裕翔はほっと息をついてこれから訪れるであろうもう一つの災難『放課後のクレープ』の時間を思い、再び憂鬱になるのだった。
「本当にこの学校に来てから……いやこの世界に来てから俺も丸くなったな」
そのつぶやきは教師の号令によって虚空に消滅した。