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第2話 幼馴染の深夜訪問

    



「やっほー、裕翔。元気してた?」


裕翔が玄関を開けて真っ先に目に飛び込んできたのはすでにパジャマ姿になっている有沙だった。


「……」


数秒後の沈黙後、何も見なかったことにしてゆっくり扉を閉めようとする。しかし、その動作は半分が行われたあたりで有沙の足によって遮られた。


「ねえ、流石に夜に私みたいな美少女を外に放置しようとか考えてないよね?ねぇ?」


有沙の口は確かに微笑を浮かべているのだが、目が完全に人を殺す時のそれだった。ひとまず会話することを試みることにした。


「というか、なんでお前がここにきてるんだ?」


「えっとね……鍵、忘れたの」


「嘘おっしゃい!じゃあなんだ、その姿は!」


裕翔はジト目で有沙を眺める。それに対し、有沙は無言を貫き、より一層足に力を入れていた。仮想スキルの恩恵なのだろうか、金属製のドアがミシミシと音を立てて凹んでいく。とにかく、何かの口実を欲しているらしい。


「え……っと、有沙さん?できればドアを壊さないで欲しいんだけど」


「壊されたくないならさっさと中に入れてよ。それに裕翔だったらこれくらい簡単に直せるでしょ?」


それは確かに図星だった。確かに裕翔はスキル効果よって壊れたものを修復できる作用を持ち合わせている。その効果は物体だけに作用するだけでなく、生物にも適応する。それでよく有沙の傷口を治していた。しかし、彼女を家にあげたくない理由は完全に別にあった。裕翔の部屋は引っ越してきた時から何も変わっていない。つまり、基本的生活必需品以外は依然として段ボールの中だ。それに普段着は廊下に脱ぎ散らかしている。流石に片付けをしなくてはと思っていた矢先有沙が訪ねてきたのだ。しかもこういうところは特に何かとうるさい。今の部屋の状況を見られたらなんと言われるかわかったものじゃない。


「何、裕翔。もしかして何か隠してる?」


有沙は何かを見るように部屋を覗き込もうとした。こういう時の彼女は特に勘が鋭い。しかし、裕翔が動くのは一歩遅かった。背中から大量の冷や汗が噴き出ている。


「ねぇこれ、どういうこと?うん?」


そう言いながら片手でドアを無理やりこじ開けた。それにより完全にドアが破壊された。完全に仮想スキル効果によって筋肉、握力を倍増させている。普段の可憐さが垣間見える彼女を見ている人ならこの状況にすくみ上がるだろう。


「えっと、その……はい、すみません」


「なんで私が来た時よりも汚くなっているのよ!服だってこんなに廊下に散らかっていなかったし!」


そう、裕翔は片付けが壊滅的と言ってもいいほどに苦手なのだ。彼女の悲痛な叫びとも取れる声が裕翔の耳を通り抜けていく。そんな彼は有沙の顔色を伺いつつ片手で髪の毛をかいている、といった情けない姿を晒していた。それに今日は生憎金曜日、次の日は休日だ。


「いい?これから裕翔の部屋を掃除しにかかるけど、文句はないわね?」


「い、今から?」


時刻はすでに九時三十分を悠にすぎていた。有沙の勢いに若干の怯みを見せた裕翔だったが時間も時間だ。


「当たり前でしょ。今夜は寝かさないから」


そういうと有沙は即座にミスクレアを起動させ、仮想スキルによって着替えを早々と終わらせた。さっきまで湿っていた髪も一瞬のうちにいつものひとつ結びに戻った。全てが完了した彼女は裕翔の部屋にズカズカと入り込んでいった。そんな中一人残された裕翔は有沙にバレない程度のため息を吐き、壊されたドアを修復することにした。ミスクレアを起動させずに片手をドアの元々あった場所へと構え、ドアをイメージする。数秒後、ドアは傷ひとつない完璧な姿をして元に戻った。


「ちょっと、何してるの?」


完全に修復されたドアを眺めて満足していた裕翔だったが、有沙のドスの聞いた声を聞いて慌てて返事を返した。


「わ、わかったって。そんなに言わなくても」


こうして彼らの深夜活動──という名の掃除が始まったのだった。



◇ ◇ ◇



有沙は普段からこんな感じ、というわけではない。入学式の際にもすれ違ったが、明らかにお嬢様扱いされていた。姫崎家の家系の人と話していたのだからそう見えて当然なのかもしれない。昔から彼女が人前で敬語を外した所を見たことがない。中学校の時は裕翔と学校で顔を合わせても敬語を外していなかった。しかし、二人きりになるとそんな上品なお嬢様、というイメージは即座に崩れ落ちる。


「ほら、ここに埃が落ちてる」


そんな回想に浸っていると有沙の声が唐突に聞こえた。手元を見るとさっきから掃除していた場所の至る所に埃が存在している。それを見た裕翔は少し怒りを覚えながらももう一度掃除機をかけようとした。が、ふとあることに気がついた。


「あ、初めからこうすればよかった。有沙、少しこっち来てくれるか?」


有沙を一旦こちら側に引き寄せてから、裕翔は再び手を床に向けた。


「ちょ、何をするつもり?」


そんな有沙の声を無視し、手に力を込める。勢いが及ぶ範囲を床全域に指定する。その後、一気に力を放出した。先程まであった埃やら何やらが全て消え去り、残ったのはピカピカ新築とも言えるような家と家具だけだった。


「裕翔ってこんなものまで使えたんだっけ?……ってなんで先にやっておかないのよ!」


「いや、いまの今まですっかり忘れてたんだって。それに俺のスキルはなんでもできるわけじゃないんだけど」


「……」


しばらく有沙のジト目を喰らっていたが、許す気にもなったのか、いつもの目に戻った。


「まぁひとまず片付いた訳だしいっか。とりあえずお風呂入っておいでよ」


未だ釈然としない裕翔を有沙は無理やり風呂へと押し込んだ。この時裕翔はてっきり彼女はすぐ帰るだろうと思っていた…。



裕翔の風呂は毎日約一時間ぐらいかかる。掃除を始めて終わったのが二十三時を少し過ぎたあたりで、そこから風呂に入っているのですでに午前〇時をまわっているはずだ。若干火照った顔をしながら裕翔はリビングへ戻った。


「なっ……!」


もう掃除も終わり特に用はないはずなのに、有沙はリビングに座っていた。いや、正確には座ったまま寝ている。完全に予想が外れた裕翔は少し驚きながらもなんとなく彼女の真正面の椅子に座った。なんて無防備な寝顔なのだろうか。有沙は普通に一般から見れば美少女なのだ。そんな彼女の寝顔を見ながら裕翔は自身の心拍数が上昇していくのを感じた。


聞こえるのは時計の秒針が進む音と心臓の音。それ以外は静寂に包まれていた。


(そんな顔していると襲いたくなってくるな……)


そんな独り言を心で吐きながら幼馴染の寝顔をしっかりと堪能する。彼自身に恋愛感情がなくても、健全な男子ならば見惚れてしまうのも無理はなかった。有沙の乱れた横髪を耳にかけようと、裕翔が手を出しかけた瞬間だった。


「……んん……ん」


彼女の突然の寝言に裕翔は完全にビクッとなりながら出しかけていた手をしまった。そして何事もなかったかのように席を立ち、適当に数枚のブランケットを持ってきて有沙に被せた。


「おやすみ、有沙」


そう言って彼は自室へと戻っていった。



彼が去って数分後、有沙は硬直が解けたかのように脱力した。実は裕翔が風呂から上がってきた時からすでに覚醒していたのだ。


(まだ心臓が高鳴ってる……)


先程までは平然と寝たふりができたいたのに、彼がいなくなった途端、急に顔が火照り、心臓の鼓動うるさい。そんな中、やっと口にできたのは一言だけだった。


「…… 本当に、そういう所だよ、裕翔くん……」


有沙は赤くなった顔を覆い隠すかのように両腕を組み、再び机に突っ伏したのだった。


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