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落語【声劇台本書き起こし】

創作落語「猫のお宿」

作者: 霧夜シオン【原作・千一亭志ん諒】
掲載日:2024/02/21

原作:創作落語「猫のお宿」


原作者:千一亭(せんいちてい)志(し)ん諒(りょう)


台本化:霧夜シオン


上演時間:約30分


●登場人物


侍:旅の侍。

  仕えている藩の江戸屋敷に向かう途中、猫のお宿に泊まる事となる。

  ※宿の主人を女性が演じる際は、女将(おかみ)と呼称を変えて下さい。


宿の主人:猫のお宿の主人。

     日々を猫や犬に囲まれて過ごしている。


幽霊:侍が酒を取りに台所へ降りた際に出会う。

   何やら未練を残しているようだが…?


猫:猫のお宿の猫です。

  普通の猫かもしれないし、そうでないかもしれません。

  鳴き声のみです。


●キャスト

侍・♂:

主人・幽霊・猫・枕・♂♀不問:

(いっぱい兼ね役があって大変なように見えますが、猫は鳴き声、枕は1

つしかセリフがないです。)


※この台本は原作がべつにございます。

 ですので、お金のかかる上演をされる場合は「千一亭志ん諒」さんに

 ご連絡し相談していただきたく思います。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


枕:昔から鼠(ねずみ)というものは、我々人間をさんざん悩ましてきました。

  今だとかなり衛生環境もよくなりまして滅多(めった)に見かけないですが、

  昔ともなると、鼠(ねずみ)対策にだいぶ頭を悩ませたものでございます。

  そんな鼠(ねずみ)にとっての天敵は、猫。

  平安の昔は貴族の愛玩(あいがん)動物でしたが、時代が下がりますと庶民の間で

  も広く飼われ、生活を共にしていたものです。

  そんな江戸の頃、ある山奥の宿の前に一人の旅の侍(さむらい)が立っています。


侍:頼(たの)もう、頼(たの)もう!


主人:ああ、これはようこそいらっしゃいました。

   どうぞどうぞ、お入りくださいませ。


侍:ふーむ、いやあここはずいぶんと…ははは、古い宿だな。


主人:さようでございます、ええ。

   もうあたくしで二代目になります。

   当宿(とうやど)は猫のお宿、などと呼ばれて大変皆様に可愛がっていただいて

   おりまして、ええ。

   どうぞ、ごゆっくりご逗留(とうりゅう)下さいませ。


侍:ぁいやいや、まあ、ゆっくりはしたいところだがな…その、一晩で良

  いのだ。

  しかしそうか、猫か…なるほどなあ…。

  よく見ればどうだ、沢山(たくさん)おるなあ…ははは。

  お、犬もいるよ。おお、うろうろうろうろして、まあ可愛い事だ。


主人:ああぁありがとうございます。

   中にはその、犬猫が嫌いな方もいらっしゃいますので、ええ。

   お好きでいらっしゃるのでしたら、何よりでございます。


侍:うむ、拙者(せっしゃ)はこういったものは嫌いではない。

  あー、なんと言うかまぁ…仕事と申しては何だが、

  前はいささかわけがあってな。

  それにしてもたくさんいるなあ、うーん…。

  おぉそうだ、つかぬ事を聞くがな、

  その…こやつらは鼠(ねずみ)は獲(と)るかな?


主人:鼠(ねずみ)ですか?

   ええそれはもう、さようでございます。

   うちの猫たちは、本当に賢い猫ばかりでございまして。

   当宿(とうやど)に鼠(ねずみ)は一匹たりともおりません。


侍:ほう…左様(さよう)か、それはよいな。

  なるほど…ふーむ……いやぁ、こんな事を聞くのも何だがな、

  こんなにたくさんおるのだから…その、なんだ、

  一匹ぐらい譲(ゆず)ってくれんかな?


主人:えっ?

   あぁいえいえ、その、確かに沢山(たくさん)おりますけども、

   こんな言い方をするのも何でございますが、

   その、家族と申しては言い過ぎかもしれませんが、

   これみな仲間でございまして、ええ。

   ですのでお譲(ゆず)りと言うのはちょっと…。


侍:そうか…やむを得(え)んか。

  あぁそれはそれとして、拙者(せっしゃ)は、酒を呑(の)みたいのでな。

  あとで酒をたんまり持ってきてくれ。

  何と言っても朝に七升(しちしょう)、夕に七升(しちしょう)、夜に七升(しちしょう)という具合(ぐあい)なのだ。

  酒だけが楽しみでな、ははは…。


主人:それはそれは、お侍様はたいそうな酒豪(しゅごう)であられますなあ。


侍:ははは、なあに、大(たい)したことはないが、

  とにかく酒をたんまり頼むぞ。


主人:はい、それはもう。

   ささ、すすぎを取っておあがりくださいませ。


侍:おお、厄介(やっかい)になるぞ。

  いや、それにしてもこのような所に宿があって助かった。

  …よし、では案内(あない)を頼む。


猫:にゃあ~。


侍:お? ははは、猫が先導を務めてくれるか。


主人:ええ、当宿(とうやど)の猫は客人がお見えになりますと、こうやって案内(あない)を

   致しますので。

   さ、こちらでございます。

   今お酒をお持ち致しますので、しばしお待ちくださいませ。


侍:うむ。

  ほほう、部屋には猫は入ってこないのだな。

  まるで心利(こころき)いたる仲居(なかい)のようだ。

  ふーっ、それにしても今日はくたびれたわい。

  まだ日は沈んでおらぬが、あのまま進んでおれば野宿(のじゅく)であったし…

  ま、良かろう。

  ……さて、酒はまだかのう?


主人:失礼いたします。

   お侍様、お酒をお持ち致しましてございます。


侍:!おお、待っておったぞ。

  いやあ、ははは…これが楽しみでのう。

  では、いただくぞ。


主人:はい、ごゆっくりお過ごしを。

   お酒の追加が入用(いりよう)になりましたら、遠慮なくお呼びくださいませ。


侍:うむ。


  【二拍】


  さあて、まずは一杯…。


  んむ! 美味(うま)い!

  五臓六腑(ごぞうろっぷ)に染(し)み渡るとはこのことだ。

  どれどれ、もう一杯…。


  【二拍】


主人:お侍様、夕餉(ゆうげ)の支度(したく)ができましてございます。


侍:おお、もうそんな時間か。

  では、いただくとするかな。

  あぁそうだ、食後にまた、酒を頼むぞ。


主人:かしこまりました。

   いやあ、ほれぼれする飲みっぷりでございますなあ。


侍:ははは、なに、この程度はまだ序(じょ)の口(くち)だな。

  しかしこの酒は美味(うま)いなあ。


主人:お気に召しましたようで、ありがたいことでございます。

   ではまた後ほど…。


  【二拍】


侍:う、う~~ん……あ~…もう夜中か。

  ついつい呑(の)んでそのまま寝てしまったわ…。

  いやぁ…喉(のど)が渇(かわ)いた…。

  水は…無いな…。

  …そうだ、こういう時は迎え酒(ざけ)だな。迎え酒(ざけ)、迎え酒(ざけ)…ん、んん?

  はぁ…全部吞(ぜんぶの)んでしまったか……。

  うーむ…しかし呑(の)みたいなぁ…。

  辺りは…寝静(ねしず)まってるな…夜更(よふ)けゆえ、宿の者も寝ているだろうなぁ

  …。

  手を叩(たた)いて起こすのも悪いし……、

  よし、これはひとつ、台所に行って酒をもらうとするか。

  どれ…。


  【二拍】


  うーむ、灯(あか)りを持って来るのであったわ…。

  !むっ、あの燐(りん)のような二つの光は…!


猫:にゃあ~。


侍:ふう…猫であったか…。

  …なんぞ、見咎(みとが)めるような感じだが…そういえば賢いと申しておった

  な…。

  あ~実はな、どうしても迎え酒(ざけ)がしとうてならんのだ。

  ちゃんとお代は追加で払うゆえ、許せよ。


猫:…にゃー。


侍:うむ、どうやら分かってくれたようだな。

  ああ、ついでに済まぬが、お台所はどこかのう?


猫:にゃあ。


侍:む、ついて来いと言う感じの鳴き声だな…。

  しかし…猫とこうやってまじめに話しておるのは、拙者(せっしゃ)くらいかもし

  れん。

  …っおぉここか。

  いやぁかたじけない。


猫:にゃ。


侍:さて酒は……っと、うむ、一升徳利(いっしょうどっくり)、どれどれ早速(さっそく)部屋に戻って…ッ!?

  なに奴(やつ)か!


幽霊:!あっ……どうも…。


侍:ど、どうもではない、何だお主(ぬし)は?


幽霊:あ、あの……酒を、呑(の)みに…。


侍:なに、酒?

  あぁははは、なるほど、お主(ぬし)も酒を呑(の)みに来たのか。


幽霊:あ、はい…さようで…。


侍:ははは…そうかそうか。

  いや実は拙者(せっしゃ)もゆえ、これは互いに同罪(どうざい)だな、ははは…。

  そこに一升徳利(いっしょうどっくり)がいっぱい並んでおるゆえ、持って行くと良い。


幽霊:ぁ……それがあの、あたくし…、酒が呑(の)めないんでございます。


侍:? 酒が呑(の)めないって…お主(ぬし)、ここに酒を呑(の)みに来たのであろう?


幽霊:ええ、そうなんでございますけど、酒が呑(の)めないんです。


侍:…わけのわからぬこと言う奴だな。

  なんだ、酒を呑(の)みに来たのに酒が呑(の)めないとは。


幽霊:ぁいえいえ、実はわたくし、こう見えてもその……幽霊なんです。


侍:…なに?


幽霊:いえ、ですからその、…幽霊なんです。


侍:はぁ? ゆうれい!?


幽霊:ええ…。

   あの、足をちょっと、見ていただいてよろしいでしょうか?


侍:足…?

  おお!? 足が無い…!


幽霊:はい、足が無いんでございます。

   …あしからず。


侍:いや、くだらないこと申すな!

  しかし…そうか、幽霊か。

  拙者(せっしゃ)だからいいものの、他(た)の者なら肝(きも)をつぶして逃げるか、

  腰を抜かしておったぞ。

  それで、幽霊がなにゆえ酒を呑(の)みたいのだ?


幽霊:ええ、それなんでございます。

   あたくし、酒に未練(みれん)が残って成仏(じょうぶつ)できずにおりまして…ええ。

   なのであの、酒、酒を…どうか呑(の)ませていただきたいなぁと、

   こうやって化(ば)けて出た次第で…よろしいでございましょうか?


侍:よろしいですか、って…そりゃあ一人で呑(の)むよりはな、

  お主(ぬし)だって一緒に誰かと吞(の)んだ方がいいだろう。

  よし、なら拙者(せっしゃ)の部屋に参って、酒を酌(く)み交(か)わそうではないか。


幽霊:! ああ、ありがとうございます…!

   ささ、気を付けて戻りましょう。

   …足元の明るいうちに。


侍:いや、灯(あか)りないから明るくはないがな!?

  お主(ぬし)、わりと足が無いのをネタにしておらぬか…?

  っと、おおここだ、拙者(せっしゅ)の部屋は。

  まあ入れ入れ。


幽霊:あ、はい、では失礼ごめん下さいまして…。


侍:うーむ、しかしなんだなぁ。

  まさかこうして幽霊と一緒に酒を呑(の)むことになるとは思わなかったな

  、んむっ。【酒をひと息に吞み干して】

  ははは、美味(うま)いなあ。

  しかし酒を呑(の)みたい幽霊など初めて聞いたな。


幽霊:ぁぁさようでございます、えぇ。

   実はあの、あたくし…ここの主(あるじ)なんでございますよ、…元(もと)。


侍:何?もと主(あるじ)?

  ほう…ということは、お主(ぬし)は初代の亭主(ていしゅ)か。


幽霊:さようでございます。

   昼間お侍(さむらい)様が下でお会いしたのは、あたくしの倅(せがれ)でございます。


侍:倅(せがれ)?

  あぁなるほど、だから二代目だと申していたのか。

  それは分かったが、何ゆえ酒に未練を残してしまったのだ?


幽霊:それがですね、あたくしもあの、やっぱり夜中に目が覚めまして。

   酒が呑(の)みたいなァと思って二階から降りて行こうとしたんです。

   そしたら酔っぱらっていたのと、当宿(とうやど)の階段は急なものですから、

   足を踏み外(はず)してどんどんどんどんーーーって落ちて、

   その時に「あ、これは死ぬかな、もしかしたら死ぬんかな?」

   と思ってたら……ほんとに死んじゃったんですよ。

   びっくりしました。


侍:なんだか他人事(ひとごと)だな…。

  それで、どうしたのだ?


幽霊:いえ、呑(の)みたいな、呑(の)みたいなと思いながら死んだものですから、

   酒に未練が残って成仏(じょうぶつ)できないでいる次第(しだい)でございます。

   なのでああやって夜(よ)な夜(よ)なお台所に化(ば)けて出ているんですが、

   声を掛けるたびに皆さん、わーとかぎゃーとか言って逃げちゃいま

   して。

   初めてなんです、こうやってお話して下さった方は。

   ありがとうございます。


侍:いや、礼には及ばないが…しかし、そうであったか。

  お主(ぬし)も拙者(せっしゃ)と同様、酒好きか。

  んむっ【酒を呑み干す】

  【酒を注いで】

  ほれ、呑(の)むがよい。

  しかしこの宿には猫がたくさんおるな。

  そういう宿は初めてだったのが、お主(ぬし)の代の時からなのか?


幽霊:ああ、良い事を聞いて下さいました。

   実はあの、こんな事を言うのもなんでございますけど………、

   あたくし、実は狸(たぬき)なんでございます。


侍:は? なに?


幽霊:ですから、狸(たぬき)なんでございます。


侍:いやいやいや、幽霊だったり狸(たぬき)だったり忙(いそが)しいな!

  一体どういうことなのだ?


幽霊:実はあたくし、ここらの山に住んでいる狸(たぬき)でして。

   近頃この田舎も、人がいっぱい増えましてね。

   犬猫も大勢(おおぜい)いるんですが、中には捨ててしまう輩(やから)がいるんでござい

   ますよ。

   それも街中(まちなか)に捨てれば誰かが拾(ひろ)ってくれるのに、わざわざこんな

   山に捨てていくんです。

   もう可哀想(かわいそう)でしょうがないんでございますよ。


侍:そうか…いや、拙者(せっしゃ)も国から江戸に戻る所なのだが、

  まぁ、ここらは奥深(おくぶか)いからなぁ。そんなところに捨てていくのか…。

  そうか…、それで?


幽霊:最初はあたくし達も可哀想(かわいそう)だって気持ちから世話してたんですけど

   、これだけ増えてくると何とかしなければならないって事になりま

   して。

   それなら宿でもやるかという話になったんでございます。


侍:ふむふむ、なるほどなぁ。

  んむっ【酒を呑み干す】


幽霊:まあ昔から狐七化(きつねななば)け、狸(たぬき)は八化(やば)けと申しましてね、

   あたくしはこうやって人に化(ば)けるのはお安い御用(ごよう)でございます。

   そういうわけで人に化(ば)けてお宿を始めたんです。

   そしたらこれがまた流行(はや)りまして、ははは。

   なんたって狸(たぬき)は世話好(せわず)きですからね、ええ。

   うちの仲居(なかい)どももみんな狸(たぬき)なんですよ。


侍:なに、仲居(なかい)も全員か。

  それは驚いたなあ。


幽霊:はい、みんな酒好きでしてね、ほら、狸(たぬき)の置物(おきもの)で一升徳利(いっしょうどっくり)を下げて

   いるでしょう。

   で、犬猫(いぬねこ)の世話をしながらお宿をしているわけでございましてね。

   だからみんな仲良しなんですよ。


侍:ほう、面白いなぁ。

  いや実はな、拙者(せっしゅ)は江戸屋敷詰(えどやしきづ)めなのだが、ここのところ鼠(ねずみ)が多くて

  な。

  拙者(せっしゅ)の仕(つか)えるお家(いえ)の蔵(くら)も、散々な目にあっておるのだ。


幽霊:さようでございましたか。

   まあ昔とはかなり事情が異(こと)なっておりますからなぁ。


侍:うむ、近年ずいぶんと作物(さくもつ)の出来(でき)も収穫量も良くなっておる。

  それを邪魔するかのように冷害や飢饉(ききん)も増えたがな。

  話がそれたが、屋敷の米蔵(こめぐら)の米を狙った鼠(ねずみ)がうじゃうじゃ涌(わ)いてな、

  どうしたものかと困っていたのだ。


幽霊:なるほど…確かに難儀(なんぎ)でございますな。

   しかし、それなら江戸に住んでいる猫に獲(と)らせればよろしいのでは

   と思うのですが…。


侍:いや、それがな、江戸の猫は食い物が良いせいかぐうたらで、

  鼠(ねずみ)を全く獲(と)らないのだ。

  そんな事をしなくとも、いくらでも美味(うま)い飯(めし)にありつけるからな。


幽霊:何と、うちのお宿の猫たちとは大違(おおちが)いですなあ。


侍:うむ。

  それでこれはいかん、江戸の猫はあてにならんと上役(うわやく)と相談の末、

  国許(くにもと)で生まれ育った猫を連れてくるようにと、拙者(せっしゃ)が命(めい)を受けて行っ

  てきたのだが、なかなか猫が見つからんのだ。


幽霊:まあ、猫もこちらを探していると感じれば隠れてしまうでしょうし

   、見つからなかったのは仕方(しかた)ないかと。


侍:やむなく手ぶらで戻ってくる途中で、この宿に巡り会ったわけだ。

  さっきお主(ぬし)の倅(せがれ)に聞いたら、ここの猫は鼠(ねずみ)を獲(と)るのが上手(うま)いと

  いう話ではないか。


幽霊:それはもう、鼠獲(ねずみと)りにおいてはみな、名手(めいしゅ)と申して差し支(つか)えご

   ざいません。


侍:であろう?

  それゆえ譲(ゆず)ってくれないかと聞いたのだが、

  いやいやこれは家族で仲間だからお譲(ゆず)りできないと言われてなあ。


幽霊:それはそうでございますよ。

   お譲(ゆず)りするなんてことは、さすがにできませんよ。


侍:うーむ…なんとかならんかなあ。


幽霊:えぇ~~……なんとかですか…?

   そうですなあ……あたくし共(ども)はですね、

   人に何かしていただいたら、ご恩返しするってことになっておりま

   して。


侍:ほう…それはいい事を聞いたな。

  !そうだ、拙者(せっしゃ)がお主(ぬし)に酒を呑(の)ませてやったら、恩返ししてくれるか

  ?


幽霊:…いいところにお気が付かれましたね。

   そうなんですよ。


侍:おぉ、そうかそうか、ちょっと待てちょっと待てちょっと待て……

  【酒を注いでいる】

  よし、じゃあそら、呑(の)ませてやるゆえ口を開けてな、そら、


幽霊:あっちょっちょっちょっと待ってください。

   あの、あたくし幽霊で身体(からだ)が無いものですからそのままだと呑(の)めな

   いんでございますよ。 


侍:あ、言われてみればそうか。

  では、どうしたらよいだろうか?


幽霊:あのですね、その徳利(とっくり)をあたくしの下に置いてもらってですね、

   で、上から徳利(とっくり)に注(そそ)いでいただければ呑(の)めますので。


侍:え、すると、この徳利(とっくり)をこうして、お猪口(ちょこ)をお主(ぬし)の口に?

  これでよいのか?

  お、お、おぉぉぉははは、これだとお主(ぬし)はいくらでも呑(の)めるぞ。

  酒そのものは減らないからな、ははは…。

  え、いいのかこれで。へぇぇ。

  もう一杯いくか?


幽霊:はい、はい、それはもう。

   ああ、久しぶりのお酒でございます。

   あたくしもう嬉(うれ)しくてたまりません。


侍:さあさあ、どんどんやってくれ。

  …いやぁ、これは面白いな。

  ってお主(ぬし)、だんだん顔が赤くなってきたぞ。

  え、これで酔うのか?


幽霊:ぁいやいや、もうとてもいい心持ちになってきました。


侍:へえ、これは面白いなあ、ははは。

  これなら拙者(せっしゃ)も幽霊になりたいくらいだな。

  いくら呑(の)んでも酒は減らないときた、はは。


幽霊:あ、もう、もうその辺で。

   じゅうぶん呑(の)ませていただきました。


侍:なに、もうよいのか?

  いやいや、酒が好きと申していたが、意外に弱いのう。


幽霊:いやぁははは…どうも、ありがとうございます。

   これでもう成仏(じょうぶつ)できます、はい。

   ではお約束通り、ご恩返しをさせていただきたいと思います。

   ただあの、猫をさし上げるわけには参りませんで、え、あたくしが

   何かをするということはできるんですけれども。


侍:ふうむ……しかしなあ、拙者(せっしゃ)が一番してほしいのは、お主(ぬし)の所の猫を

  連れて行って、米蔵(こめぐら)の鼠(ねずみ)を退治(たいじ)してほしいのだがなぁ。


幽霊:はあ…。

   あ! でしたらこうしてはいかがでしょう。

   うちの猫をお侍(さむらい)様の江戸屋敷へお連れになって、鼠(ねずみ)を退治(たいじ)して、

   で、またこちらにお返し下さるというのでしたらできます。

   ええ、お貸しする、というのでしたら大丈夫でございます。


侍:おお、なるほど。

  貸してはくれるのだな。


幽霊:ええ、お貸ししますとも。

   狸(たぬき)は人を化(ば)かしますが嘘(うそ)は申しません。


侍:えぇぇ…化(ば)かすのも嘘(うそ)つくのも似たようなものではないのか…?

  ぁいや待て、貸してくれるのは良いが、お主(ぬし)は幽霊の身で、

  しかもこれから成仏(じょうぶつ)してしまうのだろう?

  じゃあこの話を頼むのは、お主(ぬし)の倅(せがれ)になるではないか。


幽霊:そうでございますね。

   あたくしもう成仏(じょうぶつ)する用意万端(よういばんたん)ですし。

   倅(せがれ)に話していただくことになりますな。


侍:おぉい待て待て、まだ体をこれ以上透(いじょうす)けさせるな。

  倅(せがれ)のほうに頼むったって、さっき一度断られてるのだぞ。

  貸してくれと言っても貸すわけがないだろう。


幽霊:いえいえ、それが必ず貸すんでございますよ。


侍:なぜそんなことが分かるのだ?


幽霊:それはそうですよ、あたくし狸(たぬき)なんでございますから。

   狸(たぬき)の置物(おきもの)を思い出してご覧なさいませ。


侍:狸(たぬき)の置物(おきもの)って…一升徳利(いっしょうどっくり)かかえて帳面(ちょうめん)さげて、蓑(みの)を着て杖(つえ)を持ってる

  のもいるな。


幽霊:それだけじゃございません。

   頭に笠(かさ)を被(かぶ)っているじゃありませんか。


侍:確かに被(かぶ)ってるな。

  それが、どうしたのだ?


幽霊:ちゃんと笠(かさ)をかぶっているんでございますよ?

   ”かさ”(笠)ないわけは、ございません。




終劇




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