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落語【声劇台本書き起こし】

創作落語「猫のお宿」

作者: 霧夜シオン【原作・千一亭志ん諒】

原作:創作落語「猫のお宿」


原作者:千一亭せんいちていりょう


台本化:霧夜シオン


上演時間:約30分


●登場人物


侍:旅の侍。

  仕えている藩の江戸屋敷に向かう途中、猫のお宿に泊まる事となる。

  ※宿の主人を女性が演じる際は、女将おかみと呼称を変えて下さい。


宿の主人:猫のお宿の主人。

     日々を猫や犬に囲まれて過ごしている。


幽霊:侍が酒を取りに台所へ降りた際に出会う。

   何やら未練を残しているようだが…?


猫:猫のお宿の猫です。

  普通の猫かもしれないし、そうでないかもしれません。

  鳴き声のみです。


●キャスト

侍・♂:

主人・幽霊・猫・枕・♂♀不問:

(いっぱい兼ね役があって大変なように見えますが、猫は鳴き声、枕は1

つしかセリフがないです。)


※この台本は原作がべつにございます。

 ですので、お金のかかる上演をされる場合は「千一亭志ん諒」さんに

 ご連絡し相談していただきたく思います。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


枕:昔からねずみというものは、我々人間をさんざん悩ましてきました。

  今だとかなり衛生環境もよくなりまして滅多めったに見かけないですが、

  昔ともなると、ねずみ対策にだいぶ頭を悩ませたものでございます。

  そんなねずみにとっての天敵は、猫。

  平安の昔は貴族の愛玩あいがん動物でしたが、時代が下がりますと庶民の間で

  も広く飼われ、生活を共にしていたものです。

  そんな江戸の頃、ある山奥の宿の前に一人の旅のさむらいが立っています。


侍:たのもう、たのもう!


主人:ああ、これはようこそいらっしゃいました。

   どうぞどうぞ、お入りくださいませ。


侍:ふーむ、いやあここはずいぶんと…ははは、古い宿だな。


主人:さようでございます、ええ。

   もうあたくしで二代目になります。

   当宿とうやどは猫のお宿、などと呼ばれて大変皆様に可愛がっていただいて

   おりまして、ええ。

   どうぞ、ごゆっくりご逗留とうりゅう下さいませ。


侍:ぁいやいや、まあ、ゆっくりはしたいところだがな…その、一晩で良

  いのだ。

  しかしそうか、猫か…なるほどなあ…。

  よく見ればどうだ、沢山たくさんおるなあ…ははは。

  お、犬もいるよ。おお、うろうろうろうろして、まあ可愛い事だ。


主人:ああぁありがとうございます。

   中にはその、犬猫が嫌いな方もいらっしゃいますので、ええ。

   お好きでいらっしゃるのでしたら、何よりでございます。


侍:うむ、拙者せっしゃはこういったものは嫌いではない。

  あー、なんと言うかまぁ…仕事と申しては何だが、

  前はいささかわけがあってな。

  それにしてもたくさんいるなあ、うーん…。

  おぉそうだ、つかぬ事を聞くがな、

  その…こやつらはねずみるかな?


主人:ねずみですか?

   ええそれはもう、さようでございます。

   うちの猫たちは、本当に賢い猫ばかりでございまして。

   当宿とうやどねずみは一匹たりともおりません。


侍:ほう…左様さようか、それはよいな。

  なるほど…ふーむ……いやぁ、こんな事を聞くのも何だがな、

  こんなにたくさんおるのだから…その、なんだ、

  一匹ぐらいゆずってくれんかな?


主人:えっ?

   あぁいえいえ、その、確かに沢山たくさんおりますけども、

   こんな言い方をするのも何でございますが、

   その、家族と申しては言い過ぎかもしれませんが、

   これみな仲間でございまして、ええ。

   ですのでおゆずりと言うのはちょっと…。


侍:そうか…やむをんか。

  あぁそれはそれとして、拙者せっしゃは、酒をみたいのでな。

  あとで酒をたんまり持ってきてくれ。

  何と言っても朝に七升しちしょう、夕に七升しちしょう、夜に七升しちしょうという具合ぐあいなのだ。

  酒だけが楽しみでな、ははは…。


主人:それはそれは、お侍様はたいそうな酒豪しゅごうであられますなあ。


侍:ははは、なあに、たいしたことはないが、

  とにかく酒をたんまり頼むぞ。


主人:はい、それはもう。

   ささ、すすぎを取っておあがりくださいませ。


侍:おお、厄介やっかいになるぞ。

  いや、それにしてもこのような所に宿があって助かった。

  …よし、では案内あないを頼む。


猫:にゃあ~。


侍:お? ははは、猫が先導を務めてくれるか。


主人:ええ、当宿とうやどの猫は客人がお見えになりますと、こうやって案内あない

   致しますので。

   さ、こちらでございます。

   今お酒をお持ち致しますので、しばしお待ちくださいませ。


侍:うむ。

  ほほう、部屋には猫は入ってこないのだな。

  まるで心利こころきいたる仲居なかいのようだ。

  ふーっ、それにしても今日はくたびれたわい。

  まだ日は沈んでおらぬが、あのまま進んでおれば野宿のじゅくであったし…

  ま、良かろう。

  ……さて、酒はまだかのう?


主人:失礼いたします。

   お侍様、お酒をお持ち致しましてございます。


侍:!おお、待っておったぞ。

  いやあ、ははは…これが楽しみでのう。

  では、いただくぞ。


主人:はい、ごゆっくりお過ごしを。

   お酒の追加が入用いりようになりましたら、遠慮なくお呼びくださいませ。


侍:うむ。


  【二拍】


  さあて、まずは一杯…。


  んむ! 美味うまい!

  五臓六腑ごぞうろっぷみ渡るとはこのことだ。

  どれどれ、もう一杯…。


  【二拍】


主人:お侍様、夕餉ゆうげ支度したくができましてございます。


侍:おお、もうそんな時間か。

  では、いただくとするかな。

  あぁそうだ、食後にまた、酒を頼むぞ。


主人:かしこまりました。

   いやあ、ほれぼれする飲みっぷりでございますなあ。


侍:ははは、なに、この程度はまだじょくちだな。

  しかしこの酒は美味うまいなあ。


主人:お気に召しましたようで、ありがたいことでございます。

   ではまた後ほど…。


  【二拍】


侍:う、う~~ん……あ~…もう夜中か。

  ついついんでそのまま寝てしまったわ…。

  いやぁ…のどかわいた…。

  水は…無いな…。

  …そうだ、こういう時は迎えざけだな。迎えざけ、迎えざけ…ん、んん?

  はぁ…全部吞ぜんぶのんでしまったか……。

  うーむ…しかしみたいなぁ…。

  辺りは…寝静ねしずまってるな…夜更よふけゆえ、宿の者も寝ているだろうなぁ

  …。

  手をたたいて起こすのも悪いし……、

  よし、これはひとつ、台所に行って酒をもらうとするか。

  どれ…。


  【二拍】


  うーむ、あかりを持って来るのであったわ…。

  !むっ、あのりんのような二つの光は…!


猫:にゃあ~。


侍:ふう…猫であったか…。

  …なんぞ、見咎みとがめるような感じだが…そういえば賢いと申しておった

  な…。

  あ~実はな、どうしても迎えざけがしとうてならんのだ。

  ちゃんとお代は追加で払うゆえ、許せよ。


猫:…にゃー。


侍:うむ、どうやら分かってくれたようだな。

  ああ、ついでに済まぬが、お台所はどこかのう?


猫:にゃあ。


侍:む、ついて来いと言う感じの鳴き声だな…。

  しかし…猫とこうやってまじめに話しておるのは、拙者せっしゃくらいかもし

  れん。

  …っおぉここか。

  いやぁかたじけない。


猫:にゃ。


侍:さて酒は……っと、うむ、一升徳利いっしょうどっくり、どれどれ早速さっそく部屋に戻って…ッ!?

  なにやつか!


幽霊:!あっ……どうも…。


侍:ど、どうもではない、何だおぬしは?


幽霊:あ、あの……酒を、みに…。


侍:なに、酒?

  あぁははは、なるほど、おぬしも酒をみに来たのか。


幽霊:あ、はい…さようで…。


侍:ははは…そうかそうか。

  いや実は拙者せっしゃもゆえ、これは互いに同罪どうざいだな、ははは…。

  そこに一升徳利いっしょうどっくりがいっぱい並んでおるゆえ、持って行くと良い。


幽霊:ぁ……それがあの、あたくし…、酒がめないんでございます。


侍:? 酒がめないって…おぬし、ここに酒をみに来たのであろう?


幽霊:ええ、そうなんでございますけど、酒がめないんです。


侍:…わけのわからぬこと言う奴だな。

  なんだ、酒をみに来たのに酒がめないとは。


幽霊:ぁいえいえ、実はわたくし、こう見えてもその……幽霊なんです。


侍:…なに?


幽霊:いえ、ですからその、…幽霊なんです。


侍:はぁ? ゆうれい!?


幽霊:ええ…。

   あの、足をちょっと、見ていただいてよろしいでしょうか?


侍:足…?

  おお!? 足が無い…!


幽霊:はい、足が無いんでございます。

   …あしからず。


侍:いや、くだらないこと申すな!

  しかし…そうか、幽霊か。

  拙者せっしゃだからいいものの、の者ならきもをつぶして逃げるか、

  腰を抜かしておったぞ。

  それで、幽霊がなにゆえ酒をみたいのだ?


幽霊:ええ、それなんでございます。

   あたくし、酒に未練みれんが残って成仏じょうぶつできずにおりまして…ええ。

   なのであの、酒、酒を…どうかませていただきたいなぁと、

   こうやってけて出た次第で…よろしいでございましょうか?


侍:よろしいですか、って…そりゃあ一人でむよりはな、

  おぬしだって一緒に誰かとんだ方がいいだろう。

  よし、なら拙者せっしゃの部屋に参って、酒をわそうではないか。


幽霊:! ああ、ありがとうございます…!

   ささ、気を付けて戻りましょう。

   …足元の明るいうちに。


侍:いや、あかりないから明るくはないがな!?

  おぬし、わりと足が無いのをネタにしておらぬか…?

  っと、おおここだ、拙者せっしゅの部屋は。

  まあ入れ入れ。


幽霊:あ、はい、では失礼ごめん下さいまして…。


侍:うーむ、しかしなんだなぁ。

  まさかこうして幽霊と一緒に酒をむことになるとは思わなかったな

  、んむっ。【酒をひと息に吞み干して】

  ははは、美味うまいなあ。

  しかし酒をみたい幽霊など初めて聞いたな。


幽霊:ぁぁさようでございます、えぇ。

   実はあの、あたくし…ここのあるじなんでございますよ、…もと


侍:何?もとあるじ

  ほう…ということは、おぬしは初代の亭主ていしゅか。


幽霊:さようでございます。

   昼間おさむらい様が下でお会いしたのは、あたくしのせがれでございます。


侍:せがれ

  あぁなるほど、だから二代目だと申していたのか。

  それは分かったが、何ゆえ酒に未練を残してしまったのだ?


幽霊:それがですね、あたくしもあの、やっぱり夜中に目が覚めまして。

   酒がみたいなァと思って二階から降りて行こうとしたんです。

   そしたら酔っぱらっていたのと、当宿とうやどの階段は急なものですから、

   足を踏みはずしてどんどんどんどんーーーって落ちて、

   その時に「あ、これは死ぬかな、もしかしたら死ぬんかな?」

   と思ってたら……ほんとに死んじゃったんですよ。

   びっくりしました。


侍:なんだか他人事ひとごとだな…。

  それで、どうしたのだ?


幽霊:いえ、みたいな、みたいなと思いながら死んだものですから、

   酒に未練が残って成仏じょうぶつできないでいる次第しだいでございます。

   なのでああやってなお台所にけて出ているんですが、

   声を掛けるたびに皆さん、わーとかぎゃーとか言って逃げちゃいま

   して。

   初めてなんです、こうやってお話して下さった方は。

   ありがとうございます。


侍:いや、礼には及ばないが…しかし、そうであったか。

  おぬし拙者せっしゃと同様、酒好きか。

  んむっ【酒を呑み干す】

  【酒を注いで】

  ほれ、むがよい。

  しかしこの宿には猫がたくさんおるな。

  そういう宿は初めてだったのが、おぬしの代の時からなのか?


幽霊:ああ、良い事を聞いて下さいました。

   実はあの、こんな事を言うのもなんでございますけど………、

   あたくし、実はたぬきなんでございます。


侍:は? なに?


幽霊:ですから、たぬきなんでございます。


侍:いやいやいや、幽霊だったりたぬきだったりいそがしいな!

  一体どういうことなのだ?


幽霊:実はあたくし、ここらの山に住んでいるたぬきでして。

   近頃この田舎も、人がいっぱい増えましてね。

   犬猫も大勢おおぜいいるんですが、中には捨ててしまうやからがいるんでござい

   ますよ。

   それも街中まちなかに捨てれば誰かがひろってくれるのに、わざわざこんな

   山に捨てていくんです。

   もう可哀想かわいそうでしょうがないんでございますよ。


侍:そうか…いや、拙者せっしゃも国から江戸に戻る所なのだが、

  まぁ、ここらは奥深おくぶかいからなぁ。そんなところに捨てていくのか…。

  そうか…、それで?


幽霊:最初はあたくし達も可哀想かわいそうだって気持ちから世話してたんですけど

   、これだけ増えてくると何とかしなければならないって事になりま

   して。

   それなら宿でもやるかという話になったんでございます。


侍:ふむふむ、なるほどなぁ。

  んむっ【酒を呑み干す】


幽霊:まあ昔から狐七化きつねななばけ、たぬき八化やばけと申しましてね、

   あたくしはこうやって人にけるのはお安い御用ごようでございます。

   そういうわけで人にけてお宿を始めたんです。

   そしたらこれがまた流行はやりまして、ははは。

   なんたってたぬき世話好せわずきですからね、ええ。

   うちの仲居なかいどももみんなたぬきなんですよ。


侍:なに、仲居なかいも全員か。

  それは驚いたなあ。


幽霊:はい、みんな酒好きでしてね、ほら、たぬき置物おきもの一升徳利いっしょうどっくりを下げて

   いるでしょう。

   で、犬猫いぬねこの世話をしながらお宿をしているわけでございましてね。

   だからみんな仲良しなんですよ。


侍:ほう、面白いなぁ。

  いや実はな、拙者せっしゅ江戸屋敷詰えどやしきづめなのだが、ここのところねずみが多くて

  な。

  拙者せっしゅつかえるおいえくらも、散々な目にあっておるのだ。


幽霊:さようでございましたか。

   まあ昔とはかなり事情がことなっておりますからなぁ。


侍:うむ、近年ずいぶんと作物さくもつ出来できも収穫量も良くなっておる。

  それを邪魔するかのように冷害や飢饉ききんも増えたがな。

  話がそれたが、屋敷の米蔵こめぐらの米を狙ったねずみがうじゃうじゃいてな、

  どうしたものかと困っていたのだ。


幽霊:なるほど…確かに難儀なんぎでございますな。

   しかし、それなら江戸に住んでいる猫にらせればよろしいのでは

   と思うのですが…。


侍:いや、それがな、江戸の猫は食い物が良いせいかぐうたらで、

  ねずみを全くらないのだ。

  そんな事をしなくとも、いくらでも美味うまめしにありつけるからな。


幽霊:何と、うちのお宿の猫たちとは大違おおちがいですなあ。


侍:うむ。

  それでこれはいかん、江戸の猫はあてにならんと上役うわやくと相談の末、

  国許くにもとで生まれ育った猫を連れてくるようにと、拙者せっしゃめいを受けて行っ

  てきたのだが、なかなか猫が見つからんのだ。


幽霊:まあ、猫もこちらを探していると感じれば隠れてしまうでしょうし

   、見つからなかったのは仕方しかたないかと。


侍:やむなく手ぶらで戻ってくる途中で、この宿に巡り会ったわけだ。

  さっきおぬしせがれに聞いたら、ここの猫はねずみるのが上手うまいと

  いう話ではないか。


幽霊:それはもう、鼠獲ねずみとりにおいてはみな、名手めいしゅと申して差しつかえご

   ざいません。


侍:であろう?

  それゆえゆずってくれないかと聞いたのだが、

  いやいやこれは家族で仲間だからおゆずりできないと言われてなあ。


幽霊:それはそうでございますよ。

   おゆずりするなんてことは、さすがにできませんよ。


侍:うーむ…なんとかならんかなあ。


幽霊:えぇ~~……なんとかですか…?

   そうですなあ……あたくしどもはですね、

   人に何かしていただいたら、ご恩返しするってことになっておりま

   して。


侍:ほう…それはいい事を聞いたな。

  !そうだ、拙者せっしゃがおぬしに酒をませてやったら、恩返ししてくれるか

  ?


幽霊:…いいところにお気が付かれましたね。

   そうなんですよ。


侍:おぉ、そうかそうか、ちょっと待てちょっと待てちょっと待て……

  【酒を注いでいる】

  よし、じゃあそら、ませてやるゆえ口を開けてな、そら、


幽霊:あっちょっちょっちょっと待ってください。

   あの、あたくし幽霊で身体からだが無いものですからそのままだとめな

   いんでございますよ。 


侍:あ、言われてみればそうか。

  では、どうしたらよいだろうか?


幽霊:あのですね、その徳利とっくりをあたくしの下に置いてもらってですね、

   で、上から徳利とっくりそそいでいただければめますので。


侍:え、すると、この徳利とっくりをこうして、お猪口ちょこをおぬしの口に?

  これでよいのか?

  お、お、おぉぉぉははは、これだとおぬしはいくらでもめるぞ。

  酒そのものは減らないからな、ははは…。

  え、いいのかこれで。へぇぇ。

  もう一杯いくか?


幽霊:はい、はい、それはもう。

   ああ、久しぶりのお酒でございます。

   あたくしもううれしくてたまりません。


侍:さあさあ、どんどんやってくれ。

  …いやぁ、これは面白いな。

  っておぬし、だんだん顔が赤くなってきたぞ。

  え、これで酔うのか?


幽霊:ぁいやいや、もうとてもいい心持ちになってきました。


侍:へえ、これは面白いなあ、ははは。

  これなら拙者せっしゃも幽霊になりたいくらいだな。

  いくらんでも酒は減らないときた、はは。


幽霊:あ、もう、もうその辺で。

   じゅうぶんませていただきました。


侍:なに、もうよいのか?

  いやいや、酒が好きと申していたが、意外に弱いのう。


幽霊:いやぁははは…どうも、ありがとうございます。

   これでもう成仏じょうぶつできます、はい。

   ではお約束通り、ご恩返しをさせていただきたいと思います。

   ただあの、猫をさし上げるわけには参りませんで、え、あたくしが

   何かをするということはできるんですけれども。


侍:ふうむ……しかしなあ、拙者せっしゃが一番してほしいのは、おぬしの所の猫を

  連れて行って、米蔵こめぐらねずみ退治たいじしてほしいのだがなぁ。


幽霊:はあ…。

   あ! でしたらこうしてはいかがでしょう。

   うちの猫をおさむらい様の江戸屋敷へお連れになって、ねずみ退治たいじして、

   で、またこちらにお返し下さるというのでしたらできます。

   ええ、お貸しする、というのでしたら大丈夫でございます。


侍:おお、なるほど。

  貸してはくれるのだな。


幽霊:ええ、お貸ししますとも。

   たぬきは人をかしますがうそは申しません。


侍:えぇぇ…かすのもうそつくのも似たようなものではないのか…?

  ぁいや待て、貸してくれるのは良いが、おぬしは幽霊の身で、

  しかもこれから成仏じょうぶつしてしまうのだろう?

  じゃあこの話を頼むのは、おぬしせがれになるではないか。


幽霊:そうでございますね。

   あたくしもう成仏じょうぶつする用意万端よういばんたんですし。

   せがれに話していただくことになりますな。


侍:おぉい待て待て、まだ体をこれ以上透いじょうすけさせるな。

  せがれのほうに頼むったって、さっき一度断られてるのだぞ。

  貸してくれと言っても貸すわけがないだろう。


幽霊:いえいえ、それが必ず貸すんでございますよ。


侍:なぜそんなことが分かるのだ?


幽霊:それはそうですよ、あたくしたぬきなんでございますから。

   たぬき置物おきものを思い出してご覧なさいませ。


侍:たぬき置物おきものって…一升徳利いっしょうどっくりかかえて帳面ちょうめんさげて、みのを着てつえを持ってる

  のもいるな。


幽霊:それだけじゃございません。

   頭にかさかぶっているじゃありませんか。


侍:確かにかぶってるな。

  それが、どうしたのだ?


幽霊:ちゃんとかさをかぶっているんでございますよ?

   ”かさ”(笠)ないわけは、ございません。




終劇




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