表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/61

第九話 HowとWhyの対決 1

迦葉は主人公ではありません


ハリーポッターにおけるマルフォイ的立ち位置です

「……鳥兜?」

 医官が拍子抜けたようにオウム返しにした。

 牢医師もポカンとしている。


「いや、しかし杏樹庭」と、医官が気を取り直したように続ける。「鳥兜は即効性だぞ?」

「そうだ。確かに生なら苦みは強かろうが、火を通してしまえばさほどでも」と、牢医師が言い添える。


 迦葉はハッと嗤った。

「二人ともまさしく教条通り、みじんも頭を使っていないご老体らしいお答えだね。さっきそっちの医官様がご自分で言っていたじゃない? 薬種は混ぜると効能に変化を起こす。即効性については生姜の仕業さ」

 迦葉が堂々と言い切る。

 桂花が目を見開く。

 秀鳳凰が満足そうに腕を組んで――お気に入りの姪っ子でも見るみたいな顔で――ニコニコと頷いている。

 月牙は一瞬苛立ち、次の瞬間、自分の頭を自分の拳で殴りつけたくなった。



 ――駄目だ、落ち着け蕎月牙。今やることは目の前の事件を解決することだ。杏樹庭どのが役に立つ見解を示してくれたのに、嫌いだからって理由で腹を立ててどうする!



「苦みについてはさほどでもなかったよ。何なら舐めてみる?」

 迦葉がにまにま嗤いながら牢医師に鉢を差し出す。牢医師がぐっと怯むと、迦葉はますます嗤った。「度胸ないねえ、爺なのに」


「――杏樹庭! 口を慎め」

 医官が堪えかねたように咎め、黒々と描いた蛾眉を吊り上げて訊ねた。

「鳥兜と生姜を合わせると即効性に変化が生じるという知見は、一体どこの文献に記されているのだ? 寡聞にして私は読んだことがないのだが」

「それがしもでございます!」と、牢医師が加勢する。

 迦葉は心底あきれ果てたように両腕を広げ、長い、長いため息をついてみせた。

「ああ、でました先例至上主義! ねえ秀凰姉さん、この時の流れに取り残されちゃった干物みたいなご老体どもに付き合って古今の書物を紐解いて先例を捜していたら、解決する事件も解決しなくなっちゃいますよ? この毒物は鳥兜です。私が保証します。その線で捜査を進めちゃってくださいよ?」


 迦葉が小首をかしげ、やたらと睫をぱちぱちさせながら秀凰を見上げる。


「ううむ……」


 秀凰は口元を抑えて低く唸ってから、申し訳なさそうな口調で医官と牢医師に訊ねた。


「お二方は、鳥兜以外で何か思い当たる節がございますか?」


 年長者二人は途端に黙り込んだ。


「あるの? あるなら言ってみなよ?」

 迦葉がくすくす嗤いながら促す。


 医官が唇を歪め、拳をきつく握りしめてから、殆ど聞き取れないほどの小声で応えた。

「ない」

「へえ。ないんだ。じゃ、そっちの爺は?」

「――それがしもございませぬ」

 牢医師は口惜しげに答えてから、縋りつくような視線を月牙に向けてきた。

「しかし儂の長年の経験からして、この死にざまは鳥兜ではない気がする」

 途端、迦葉がにやにや嗤いを復活させた。

「へえぇ、なんで?」

「なんでと問われてもしかとは答えられぬ。しかし、儂はもう五十年牢医師務めを続けてきたんじゃ。鳥兜の死者は幾人も見た。これは違う。そういう気がする」

「だから、なんでだってばぁ?」

「……――煩い小娘! 技は理屈ではないのじゃ!」


 顔を真っ赤にして言いつのる老いた牢医師の姿を、秀鳳凰が気の毒そうに眺めていた。月牙は同意してやりたかったが、それは駄目だと理性が押しとどめた。


 --どう考えても、牢医師どもも私と同じく、杏樹庭どのが気に入らないから難癖をつけているだけだ。


「柘榴庭どの、分かってくれ! 違うのじゃ、間違いのうこれは――」



「……――老黄、そこまでにせい」


 医官が牢医師の肩に掌を置いて、哀しげな声で制した。

「主典さま、しかし――」

「杏樹庭の申す通り、我らは時の流れに取り残されておるのだろう。妓官、役に立てずにすまんな」

「とんでもない、主典さま」と、秀凰が慌てて頭を低める。「お心だけであろうと有難い限りです」

「ふふ。お心だけか」

 医官は眦の皴を深めて微苦笑すると、迦葉を見やってぎこちない笑顔を浮かべた。

「助かったぞ杏樹庭。毒物が鳥兜となれば、まずもって出所は後宮内ではなかろう」

「そうなのでございますか?」と、それまで――医官を怯えさせないためか――置物みたいに無言で控えていた瑞宝が意外そうに訊ねる。

 医官は笑って頷いた。

「ああ。世人は後宮といえば毒殺と思うようだがな、われら桃梨花宮の警衛は、その点では水も漏らさぬのだ。外からの薬種の持ち込みは橘庭がすべて確認しているし、栽培されている植物は杏樹庭がつねに検めている。そのうえ、各殿付きの薬師の所持する薬種は、芍薬殿と橘庭がそれぞれ人を出して旬に一度は必ず量を検めているのだ。なあ妓官どの?」

「ええ」と、秀凰が誇らしげに応じる。「ゆえに、鳥兜のようなどこでも入手しやすい毒は、西院に御子のいらせられる今、後宮内には決してありえないのだ」

「なるほど――」と、瑞宝は感心する。

「さて、私はすぐに内宮――ああいや、後宮北院へ戻ってこの件を督に報せたい」

「ああ、ではすぐにお送りいたしましょう。杏樹庭どのもご一緒にお戻りになるか?」

 と、秀凰が迦葉を見やる。

 途端、迦葉は拗ねた子供みたいに唇を尖らせた。

「えええっ、それ酷いよ秀凰姉さん! せっかくここまで謎解きしたんだからさあ、私も最後までつき合せてよ。ね? きっと役に立つからさあ」

「しかし、お仕事のほうはいいのか?」

「忙しいけどどうにかするよ。助けになりたいんだ」

 真剣な顔でそういう迦葉の表情(かお)に月牙は愕きを感じた。


 今まで単なる自分勝手な目立ちたがり屋だと信じていたが、この薬師どのは、本当は心から底から事件の解決を願っているのかもしれない。


 そう思うなり、今まで彼女をやみくもに嫌っていた自分が恥ずかしくなった。

「なあ柘榴庭どの」

 と、秀凰が訪ねてきた。

「メゾン・ド・キキの件も含めて、杏樹庭どのにも捜査に加わってもらっていいか?」

「ええ、勿論ですとも師姉」と、月牙は心から答え、自戒を込めて迦葉に頭を下げた。

「杏樹庭どの、どうかよろしくお願いいたします」

「うん、任せてよ!」

 迦葉が満面の笑みを浮かべて頷く。「じゃ、早いところ行こうよ。今度はメゾン・ド・キキ?」

「いや、司令部の評議の間にしましょう。ところで、死体はもう片付けても?」

「ああ、もういいよ」と、迦葉が応えた。「早いところ埋めちゃいなよ。夏だしさ、さっさとしないと腐っちゃうよ?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ