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第八話 同時多発異変 8

迦葉は主人公ではありません


ハリーポッターにおけるマルフォイ的立ち位置です

「して杏樹庭よ――」と、医官が恐る恐る訊ねる。「その、どうだった? あ――味は?」

「その前にそっちの見解は? 私が正解教えたあとだと思い込みで判断が狂っちゃうでしょ? 念のためそれぞれ検分しなよ。あとで教えてあげるからさ」

 奇矯な薬師の物言いはどこまでも傲慢だったが、その場の一同は何となく気おされていた。

 ここまで傲慢なら、もしかしたら超人的に有能なのかもしれない。

 そういう気がしてきたのだ。


「う、うむ。ではまず躯の様子を――」

 医官が淡紅色の裳裾を持ち上げて躯へ歩み寄ろうとすると、牢医師が慌てて止めた。

「主典さま、そのお美しいお召し物が汚れまする! ご指示をいただければ某が検分いたしますゆえ」

「そうか? それはすまんな」

「いえそんな、勿体のうございます」

 禿げ頭の牢医師が眩しげに目を細めて医官を眺めていた。秋栄を見る楊春と全く同じ表情だ。迦葉がくすっと嗤う。

「うわあ、妙なもの見ちゃった。気持ち悪!」

「杏樹庭どの、大丈夫か?」と、悪意を知らぬ秀凰が慌てて訊ねる。「蛭か? 蛆か? 何が湧いているのだ?」

「あ、いや、大丈夫だよ秀凰姉さん、私見た目より繊細じゃないからさ。ところで、そこの子、ぼーっと突っ立っていないで経緯を説明してよ。囚人はどんな感じの苦しみ方だったの?」

「はい杏樹庭どの。気づかずにすみませんでした。順を追ってご説明いたします」

 桂花が、月牙の初めて聞く慇懃かつ平坦な口調で応じた。

 好き嫌いではなく職務にとって必要か必要でないかで判断する一人前の職業人らしい声だ。場合にもなく月牙は誇らしくなった。桂花はまだ十八なのだ。迦葉が何と罵ろうと、この子はよくやっている。


「――見張りを務めていた隊士の話では、苦しみだしたのは食物を差し入れてから四半刻ほど経ってだったそうです。獣のようなうめき声と暴れている音がするというので、当番兵が私を呼びにきました。急いで入ると、囚人は全身を痙攣させながらもがき苦しんでいました」

「吐瀉物は?」と、迦葉。

「そのときにはもうありました」

「なるほど。初めに吐き気、次に息苦しさ、か。それで?」

「そのあとは、助け起こす間もなく突っ伏したかと思うと、それきり動かなくなりました」


「――すると死因は窒息かの?」と、医官が呟き、躯を検分している牢医師に頼んだ。「そこもと、ああ――」

「主典さま、黄と申します」

「そうか、老黄、躯の唇の色はどうだ?」

「青紫色ですな」

「喉にかきむしった傷は?」

「ございます」


「ああ、じゃ、やっぱり窒息だね!」と、迦葉が割り込んで結論付けた。「吐いたものが喉に詰まった可能性もあるな。ねえそこの人、ちょっと喉に指突っ込んでみてよ?」

 そこの人、と呼ばれた牢医師は一瞬むっとしながらも、迦葉は無視して医官のほうに訊ねた。

「――主典どの、いかがいたしましょう?」

「あ、うむ。もしよければやってくれ」

「承りました」

 牢医師が恭しく応じて躯の口の奥を検める。

 迦葉は自分のものだと言わんばかりに青磁の鉢を手にしたまま、柵にもたれかかって、なぜかにやにや笑いながらそのさまを眺めていた。


「――喉に吐瀉物が詰まっている様子は、どうやらございませんな」


「そうか。では窒息は薬種の効能ということか――」と、医官が考え込む。同じく牢医師も考え込んだ。

 迦葉が焦れたように眉をあげる。

「二人ともまぁだ思いつかないの?」

「いやしかし、即効性ではなく、窒息を引き起こし、おそらくは苦みの強い毒物となると――」

 医官がそこまで口にしたとき、迦葉がぎょっとしたように目を見開いた。

「え、苦みが強いってなんでわかるの? あんた舐めてないじゃん」

「あ、いや、その程度なら何も舐めずとも」と、医官が戸惑い顔で応じる。どうしてお日様は東から昇るの? と子供に訊ねられた母親みたいな顔だ。「吐瀉物の匂いからしてその汁には砂糖と生姜が相当入っているのだろう? 薬種は混ぜ物をすると効用が変わることもあるのに、そんな味の濃いものにわざわざ混ぜたとなると、毒そのものの味が相当強かったと考えるのが自然ではないか?」

 古風な厚化粧を施した医官が理路整然と説く。

 月牙は拍手喝采したくなった。

 迦葉は一瞬だけ悔しそうに顔を歪めたが、すぐにまたあの人を小ばかにするような薄笑いを浮かべて訊ねた。

「へええ、じゃ、もう毒が何だか分かったわけ?」

「いや」

 医官は口惜しそうに首を横に振った。「あいにくとまだしかとは分からん。老黄、そなたはどうだ?」

「わたくしでございますか?」と、牢医師が嬉しそうに応じる。「左様でございますなあ、窒息と言えばまずは鳥兜(とりかぶと)でしょうが、何となくこう違う気が致しますし――」


 そのとき、迦葉がダン、と足を踏み鳴らした。

「ああもう、なんで分からないかな無能な年寄どもは!」


「――やかましいわ小娘! ならそなたはなんぞ分かったのか!?」

 牢医師が堪えかねたように怒鳴り返す。

 すると迦葉は勝ち誇ったように嗤った。

「落ち着きなって爺。頭に血が昇っちゃうよ? 分かったかって? 当たり前じゃん。私は初めから分かっていたんだ」

「何だと言うのだ杏樹庭?」

 医官が胡乱そうに訊ねる。

 迦葉はにやっと笑い、自信に満ちた声で応えた。


「鳥兜だよ。当然」

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