第八話 同時多発異変 6
念のため、袁迦葉は私の最も嫌いなタイプのキャラクタとして造形しています
メインの探偵役にはなりません
謎解きのメインはあくまでも雪衣です
しかし、雪衣は職務に忠実で規則を守る真面目な公務員タイプなので、「自分自身の冤罪を晴らす」レベルの動機がないと、職務と関係のない捜査には参加しようとしないため、どうやって引っ張り出そうか思案しながら書いているところです。
司令部へ戻ると、木戸の前で長身の男が二人も待ち構えていた。
九龍と瑞宝だ。(よく見れば後ろに牢医師もいた)。
「頭領!」
月牙の姿を見とめるなり九龍が駆け寄ってくる。
医官がびくりとし、山道で猪にでも出くわしたような様子で月牙の後ろに隠れてしまった。
「おい九龍、あんまり大きな声を出すな」と、月牙は慌てて咎めた。「主典さまが吃驚なさるだろう」
「あ、すまん。主典さまとは――紅梅殿の?」
医官の淡紅色の裳を一瞥して、九龍が心許なそうに訊ねてくる。
「いや、芍薬殿だ。後宮北院典薬所の筆頭の主典さまだよ」
「なんと、内宮医官さまか!」と、牢医師が仰天し、やおら膝を折るなり、両手を筒の形にして深々と頭を低めた。「主典さま、お目汚し仕る」
瑞宝と九龍が慌てて倣う。
医官が、これも慌てた様子で立ってくれるようにと促す。
「いやなに、そう頭を低めてくれるな。男を目にするなど三十年ぶりのことでな、ちと愕いてしまった。いい年をして情けない限りだ」
医官が気恥ずかしそうに眉尻をさげると、迦葉がくっくっと声を立てて嗤った。
「全くだよ老太婆! そういうはにかみを演じる前に自分の今の外見考えなって! 十六歳の生娘だったら可愛い反応だろうけどさぁ」
「――頭領、この小娘――あいや、小姐は?」
迦葉とは初対面だったらしい九龍が不機嫌さを隠した声で訊ねる。
途端、迦葉は嬉しそうにお決まりの台詞を口にした。
「え、いやだなあ小姐なんて! この顔だから誤解されがちだけど、私そこまで幼くはないんだよ?」
「九龍、こちらは当代の杏樹庭どの――旧・外宮時代に薬種の栽培と管理を担っていた外宮薬師の頭領どのだ。ご多忙のときにわざわざ毒死の検分に来てくださったんだ」
「え、それはご無礼を!」と、九龍は慌てて頭をさげた。「杏樹庭どの、本日はよろしくお頼み致す」
「その呼び方やめてよ、堅苦しいからさ」と、迦葉は非常になれなれしく九龍の肩を叩いた。
「私のことは迦葉って呼んでいいよ。ええと九龍だっけ? 行くよ。急ぐんでしょ?」
話しながらぐいぐいと腕を引っ張る。
月牙はイラっとした。
自分の大事な刀や箙に無遠慮に触れられたような不快感だった。
「九龍!」
思わず尖った声で呼んでしまう。
「検分の前に報告しろ。午後の巡邏で何か異変は?」
訊ねるなり、九龍はほっとしたように迦葉の手を――かなり優しくやんわりと、と月牙の目には見えた――振りほどいて月牙へと向き直った。
「何もなかった。指示通り、第四小隊の連中はそのまま分譲住宅地の――旧・柿樹庭の警備に回した。小家屋に住むリュザンベール人たちが怯えて何が起こっているのかを知りたがっている。どこまで報せていいか?」
「そうだな――」
月牙は一瞬悩んでから、はっと気が付いて秀凰に訊ねた。
「師姉、どこまで報せましょう?」
「私が指揮をとるのは東大橋の事件のみだ。新租界の警備は柘榴庭どのが決めろ」
「承りました。なら、メゾン・ド・キキでの事件についてだけは報せていい。ついでに副領事館にも報告しておいてくれ。あっちはあっちで警備を手厚くしてもらいたいから」
「承った。では」
熟練の武官らしい簡潔さで応えるなり、九龍は副領事館へと向かっていった。
「――へえ」と、その背を見送りながら迦葉がにやにや笑った。「柘榴庭どのって結構嫉妬深いんだねえ?」
「……――なんのお話でしょう?」
月牙は必死で苛立ちを押し殺しながら応じた。「牢屋敷はこちらです。主典さま、杏樹庭どの、どうかお足もとにお気をつけて」
沼地の周りは第三小隊がしっかりとした警備を固めていた。
要所要所にマスケット手が立っているだけでなく歩哨も行き来している。
桟橋を渡って小島へ向かうと、すぐに桂花が出てきた。
桂花は先ほどの秋栄と同じほど蒼褪めた顔をしていた。
月牙の姿を見とめるなり、微かに口元を歪め、直角に腰を折った。
「頭領、すまない。我々の不手際で捕囚を死なせてしまった」
「桂花、顔を上げろ。詫び言の前に仔細を話せ。毒は何に入っていたんだ?」
「差し入れの食物だ。楊春が外で買って持ってきた」
桂花が一行を牢屋敷の内へと導きながら説明する。「楊春が言うには、蝶仙さまが差し入れをして欲しいと秋栄に頼んだのだそうだ」
「――手紙でか? 蝶仙さまは、失礼ながら、読み書きはそんなに堪能でもなかったと思うが」
「例の依頼、秋栄は自分で伝えにいってくれたんだ。半旬前、第三小隊が午後の巡邏の当番だったときに南大辻の塩政邸まで送ったから、それは間違いない。たぶん、そのときこっそり頼まれたのだと思う」
「なるほど。それで楊春が買い出しを頼まれるって流れは自然だな。ものは何なんだ?」
「鶉の卵の煮しめと杏子と竜眼だ。毒見は一応したらしい」
「うわ、なにその最悪の組み合わせ!」と、背後からいきなり迦葉が口を挟む。「みんな一個一個ばらばらじゃん! 一個毒見したって残りのどれかに毒が入っていたら全然分からないよ! なんだってそんなもの持ち込ませるかなあ? 柘榴庭どのさあ、言いたくないけどその子大丈夫なの? お気に入りだからって無能な子変に贔屓しているんじゃないのぉ?」
「――杏樹庭どの、言葉もありません」
月牙は必死で激情を押し殺しながら応えた。
前を歩く桂花がうつむいて肩を落としていた。