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第一話 ぼたんはどこへ消えた? 五

「秋栄、なんでまた主計判官様を呼んできたの? 私はてっきり紅花殿の判官様を呼んでくるものだと――」

「え、柘榴庭様何を仰せですの?」と、お針女は心底びっくりした顔で応じた。「謎解きと言ったら主計判官様でしょ? ねえ楊春どの?」

「はい秋栄さま! 荒事といったら柘榴庭さま、謎解きと言ったら主計判官さま。辻芝居の定番でございますよね!」

 楊春が全世界の常識みたいに言う。

 やりとりを聞いていた雪衣が苦笑した。

「遅まきながら久しぶりだね月! マドモアゼルがお針女を一人でよこすなんて、正后さまのお衣装関係で何かよっぽどの問題でも起ったのかと思ったんだけど――どうやらちょっとした謎解きに呼ばれただけみたいだね?」

「うん。実はそうなんだ」

 月牙は面目なく答えた。

「知らなかったよ。私たち辻芝居になっていたんだね」

「らしいよ。おかげでこの頃あっちこっちから小さい謎をやたらと持ち込まれちゃうんだよ……」

「小さい謎ってどんなの?」

「主に失せ物探しだね。犯人はたいてい猫かカラスだよ。面倒だからもういつもそういうことにしている。現物見つからなくても納得してくれるあたり、たぶん単に私を見物しているんだろうな」

「大変だね」

「大変なんだよ。あと、必ずみんなに言われるんだ。梯子をかけて木の上のカラスの巣を漁るときとかに」

「なんて?」

「柘榴庭さまはなぜいらっしゃらないのって」

「なぜって言われてもなあ」

 職場が違うからとしか答えようがない。

 月牙と雪衣は、去年、正后様毒殺未遂事件の容疑をかけられて数ヶ月間逃げ隠れした果てに、京洛へ戻って大立ち回りを経て冤罪を晴らすという活躍をした。その逸話が早くも芝居になっていたらしい。


〈雪衣、何を話しているんです。あなたこの女隊長とそんなに親しかったの?〉と、マドモアゼルがじれた声を挟んでくる。雪衣は笑顔で答えた。

〈ええマドモアゼル。彼女は私の(アミ)です〉

 マドモアゼルは絶句した。

 秋栄がキャッと小さく叫んで口元を押さえ、「あらやっぱり!」と小声で呟いている。

 ――リュザンベール語の「友」に所有格をつけると「恋人」の意味にもなることを不運にして雪衣は知らない。

 



 秋栄は陶然とした目で、楊春は含羞の目で、マドモアゼルは珍しい虫でも観察するような目つきで二人を凝視する。


生来の美貌のために見られることには慣れっこになっている月牙と雪衣は、部屋中から集まるぎらぎらした視線を意に介さず、茶碗を片手に本題に取りかかった。

「で、ここでは何がなくなったの?」

「や、何もなくなってはいないんだけどね」と、月牙は苦笑した。

「届くはずの釦が届かなくて、代わりみたいに薬莢の箱が届いたんだそうだ」

「薬莢?」

「ああ、これだよ。マスケットを手早く打つために、この真鍮製の筒にはじめから火薬を詰めておくんだ」

 月牙が卓上の箱から薬莢をひとつつまみ上げて渡すと、雪衣は興味深そうにためすがめつし、格子窓から差す陽にかざしてつくづくと眺め尽くした。

「きらきらしてきれいなものだね! これが釦の代わりに届いたの?」

〈そうなんですのよ雪衣〉と、秋栄の通訳を介してマドモアゼルが会話に参加してくる。〈わたくし、一月ほど前に、諸々の細かな装身具と一緒に上等の貝の釦を一箱、海都のベルトラン・エ・ル・ナール商会に注文したんですの〉

〈釦以外の品はすべて届いたのですか?〉

〈ええ半月前には。でも、釦だけ届かないから、海都租界に速達で問い合わせたのです〉

「速達なら五日から七日でつきますね。問い合わせへの応えは?」

〈手に入るのが遅れたから、釦だけは別便で一日遅れで発送したと〉

「一日遅れですか。何事もなければ当然もう届いていてしかるべきですね。新租界内の他の屋敷(メゾン)に届いていないか、副領事館のほうに問い合わせは?」

〈もちろんいたしましたとも。でも、全くなしのつぶてで、発送されたならそのうち届くでしょうの一点張りなのです。そこにこの箱が届いたのです!〉

「だから当然釦だと思ったと。そういう流れなんですね?」

〈ええ〉

 雪衣が顎先に手を当てて軽く考え込み、ふと思いついたように訊ねた。

「この箱は陸路か水路か、どちらで届いたか分かりますか?」

「え?」

 月牙は愕いた。

 釦の発送元である海都は、双樹下国内を南北に連なる大河の河口に位置する大港湾都市だ。この海都から京洛地方へ荷を運ぶ場合、海南街道を北上する陸路か、感潮河川である大河を遡上する水路かの二択になる。

 通常、米や油や火薬といった重い荷は水路で、軽い荷は陸路で運ぶものだ。

 この重量ならば当然陸路だ。

 他の選択肢が存在するとは思えない。

 しかも海都は雪衣の生まれ故郷である。

 謎解き名人判官様が犯すには、あまりに初歩的すぎる過ちだ。

 秋栄はと見れば、失望と困惑の入り交じった顔で雪衣を見ていた。楊春も困惑顔だ。

 雪衣は大真面目に返事を待っているようだ。


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