第七話 新租界幽霊騒動 5
究極に嫌いなタイプのキャラを造形しようと思ったら妙に愛しくなってしまった
これはこれで主人公やれるな
洛中へ入って左京兆府へ赴くと、すぐに郭瑞宝が迎えてくれた。
「瑞宝どの、急の来訪で申し訳ない。こちらは旧・外宮薬師の頭領どの――世にいう杏樹庭どのだ。御多忙のなか、即刻躯の検分に当たってくださるそうだ」
「おお、それは有難い! 杏樹庭どの、ささ、どうぞこちらへ。当方の牢医師がすでに検分を始めております」
「なんだ、他の医者がいるのか。それならなんでわざわざ私が呼ばれたのさ?」
初対面の相手からいきなりぶしつけになじられて瑞宝が目を白黒させる。
月牙は慌ててとりなした。
「瑞宝どの、申し訳ない、杏樹庭どのは本当に御多忙だったのだ」
「そうだよ。本当に忙しかったんだ。こんなつまらない事件のためにわざわざ来てやったんだから、せいぜい感謝してよね?」と、小首をかしげて瑞宝を見上げ、なぜかペロッと唇を舐めて見せる。瑞宝は硬直していた。
「あ、ああ。かたじけない。ではこちらに――」
ぎくしゃくしながら奥へと導いてゆく。ごめんね瑞宝どの、と内心で謝ってから、月牙はこの隙に正殿に挨拶にあがることにした。追って正式な公文書が送られてくるだろうが、挨拶はしておいて悪いこともない。
当代の左京兆はぬぼーっとした印象の若い男だった。中書令たる右宰相公の同族ということは、当代の桃果殿様――後宮東院桃果殿に住まう王太后さまの同族でもある。たぶんその縁で現職を手に入れたのだろうと月牙は推測した。
「柘榴庭よ、申し入れ承諾した」と、左京兆は眠そうに請け合った。おそらく何を申し入れてもそう答えるのだろう。見るからに実務に携わっているらしい左右の祐筆がどちらも頷いてくれる。月牙はほっとして御前を辞した。
正殿を出ると、砂利を敷いた前庭で瑞宝と迦葉が待っていた。
「遅いぞ柘榴庭どの!」
「すみません杏樹庭どの、躯の検分はいかがでしたか?」
「死因は喉の突き傷。それだけだ。本当につまらない事件だね! あとはせいぜい南大辻を洗うことだ。帰るよ!」
「瑞宝どの、ではまた改めて」
「ああ」と、短時間で迦葉の奇矯さになじんでしまったらしい瑞宝が諦めに満ちた苦笑を浮かべて頷く。「推測される躯の年頃や身体的特徴などは、後ほど文書にしてお送りしよう」
「こちらの咎人の尋問結果もお送りしますよ」
「おー―い、二人して何をつまらない話をしているんだ? 謎はもうほぼ解けているんだから、さっさと頭を切り替えろよ、本当にもう世の中馬鹿ばっかりだなあ! いやになっちゃうよ!」
迦葉が大声で呼ばわってくる。
月牙は慌てて宥めた。
「杏樹庭どの、もう少し声を潜めてくださいって!」
「そういえば柘榴庭どの、ちょっと気になったんだけど」
帰路に迦葉が声を潜めて話しかけてくる。
何やら深刻そうな声音だ。
月牙はおや? と思った。
--もしかしたら、この薬師どの、今までわざと奇人変人のふりをしていたのかな?
街中の雑踏というのは、たしかに内緒話には最適の場所だ。左京衛士には聞かせられない何かを密かに話してくれるのだろうか?
「何です?」
期待を込めて囁き返すと、
薬師殿はまたあの厭なニヤニヤ笑いを浮かべながら宣言した。
「ね、あなたさ、実は化粧しているだろ?」
「は?」
月牙は何を言われたのか咄嗟に理解できなかった。
実はというか、化粧は当然している。
今日は公用で新北宮へ赴いたのだ。
髪に花まで飾って盛装しているときに化粧なしでは全体に珍妙である。
――ええと、この珍獣何が言いたいんだ?
「……盛装のときは、私はたいてい化粧していますが」
月牙は微かな期待をこめて訊いた。
「それが何か?」
――ほらあれだ、雪だっていきなり話が飛ぶことがあるし。頭の良い人っていうのは何か密かに話したいとき意外な話題から始めるもの、なのかもしれない。
すると薬師どのは心の底から嬉しそうにニマニマと笑いながら応えた。
「ええ、へぇ――、そうなんだぁ。その貌化粧だったのかぁー―。あ、ほら、私の顔って幼いけど特に欠点はないからね、化粧をすると本当に目立っちゃうんだよ。私目立つの嫌いだからさぁ――」
心底どうでもいい話題だった。
「さようでございますか」
月牙はどっと疲れを感じた。「ときに杏樹庭どの」
「なんだい?」
「今日の検分の結果の文書はいつ頃いただけるでしょうか? お忙しいとは思いますが、ざっと見積だけでも教えていただけると助かるのですが」
「え、あとで送るってさっき聞いたばかりじゃない。あなた記憶力ないの?」
「別々に作らないので?」
訊ねるなり、薬師どのはヤレヤレと呆れ笑いを浮かべた。
「同じ内容の文書を別名義で二部制作する必要性って何? あなたさ、もうちょっと頭使って生きなよ? 厚化粧でどうにか保っているそのご自慢の美貌? だっていつまでも持つわけじゃないんだからさぁ。はは、ごめんね、私正直で。私は無意味に文書に署名したり捺印したりする雑用はうんざりなんだ。そんな暇があったら薬種の研鑽をしたいんだよ。それが薬師の本業だからね」
--この薬師絞め殺してやりたい、という衝動を月牙は必死で堪えた。洛中での私闘はご法度だ。殺るなら此処じゃない。