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第七話 新租界幽霊騒動 4

いつまでも

ゆうれいでずに

すみません


代わりに私の考える最強にウザい女を書いてみました


 またも念入りに全身を検められてから西院茉莉花殿に赴くと、これも顔見知りの前の杏樹庭の頭領に芍薬殿からの書状を渡す。

 すると相手はあからさまに迷惑そうな顔をした。

「躯の検分? 私がわざわざ? よほど珍しい死に方なのか?」

「いや、喉を刃物で一突きで」

「なんだ、その野蛮でつまならい死に方は。私が行く必要は何一つないね」

「杏樹庭どの、そこを何とか」

 平身低頭して頼み込む。上役である芍薬殿からの命令なのだから本来頼む必要はないのだが――この相手に理屈と常識は通じない。


 前の外宮薬師の頭領たる袁迦葉(えんかしょう)は前髪を眉の上でまっすぐに切りそろえた小柄な女である。痩せた小さな体を白い裳衣に包んだ姿は、稚げな髪形と相成って、一見ほんの小娘のようにも見えるが、月牙の知る限り、この薬師は十年前から同じ姿で存在している。

「フン。ご自慢の謎解き名人判官様はどこで何をしているんだ? 躯をササっと検めて謎を解いてもらえばいいじゃないか」

「いや、主計判官さまは、つまり主計判官さまですからね。躯の検分は、主計官よりはどちらかというと薬師どのの務めでは?」

「分かった、分かった。行ってやる。行くならサッサと行くぞ。左京兆府までは柘榴庭どのが護衛してくれるんだろうな?」

「あ、いや、私はこれから司令部(カルチエ)で尋問の結果を――」

「じゃ、いかない」

「えええ、そんな!」

 先代の杏樹庭たる胡文姫が鷹揚な人格者として知られていた反動のように、今の袁迦葉は大層扱いにくいと評判である。月牙は仕方なく自ら薬師を護衛することに決めた。どっちにしたって左京兆府には一度挨拶しなければならない。



 迦葉を伴って内南門へ向かうと、門前で小蓮とともに桂花が待ち受けていた。

 さすがにもう血まみれの裳衣から妓官服に着替えている。

「どうした桂花。咎人の様子は?」

「それが――」と、桂花が珍しく口ごもり、月牙の後ろで獲物を見つけた猫みたいに爛々と目を輝かせている迦葉を一瞥した。

「私は何も聞いていないよ? 世俗のことになんか大して興味はないのさ!」

 迦葉が力強く請け合ってくれる。


 桂花が珍しくも困った子犬みたいな目で見てくる。


 月牙は急いで考えをまとめた。

「桂花、その報告はどの程度急を有する? つまり、今報せなければ咎人が死ぬ危険性は?」

「それはない、と思う」

「なら後でいい。私は杏樹庭どのを取り急ぎ左京兆府までお送りすることになった。九龍は戻っているか?」

「ああ」

「なら調書の書き方を教わって、今のところ分かったことを文書にまとめておけ。明日までに四部欲しい」

「――はい頭領」

 桂花が嫌そうに答える。月牙は内心で苦笑した。――私と同じく、この愛弟子もやはり筆仕事が苦手らしい。

「小蓮、筆写を手伝ってやりなさい」

「はぁい頭領」

 小蓮も不服そうに応えた。



 迦葉を連れて東大橋へ向かうと、犯行現場の付近に左京衛士たちがいた。周囲の探索をしているらしい。一人が月牙に気付いて声をかけてくる。

「あれ、柘榴庭どの? 火長でしたら衛士庁に戻っていますよ?」

「そうか、ありがとう。みな精が出るな。どうだ、何か分かりそうか?」

「今のところ、橋の下に持ち主の分からない小舟が留めてあったことだけしか分かっておりません」

「小舟か――。もしそれが咎人の用意したものだとすると、襲撃が成功した場合、自死ではなく逃げるつもりはあったのかな?」

「そのような気がすます。でも、ここからですと、逃げられるのはこの橋と南大橋の間だけですよね? 小舟に乗って何処へ逃げるつもりだったのでしょう?」

「そうだな――」

「そんなの南大辻に決まっているじゃないか」と、迦葉が口を挟んでくる。衛士が吃驚顔で見やる。

「柘榴庭どの、そちらの――ええと、小姐(おじょうさん)は?」

「小姐? いやあ、私はそんな齢じゃないよ。なにしろこの顔だからね、どこでも小娘扱いをされちゃって困ったもんだよ」と、迦葉が嬉しそうに応じる。「私は杏樹庭だよ」

「杏樹庭、さま?」

「外宮の薬師の頭領だよ! 物を知らない衛士だな! 物を知らないうえに頭まで悪い! 小舟に乗った輩が逃げる先なんか街中に決まっているじゃないか! 洛中側に入れない以上、南大辻に決まっているだろ!」

「あ、杏樹庭どの、ちょっと声を押さえてください」と、月牙は慌てて止めた。

 東大橋の架かる大環濠の縁には、高床小屋が立ち並び、その下で屋台店の売り子たちがせっせと食器を洗っていたり、洗濯女が布を踏んでいたり、子供がバチャバチャ足を浸して夕涼みをしていたりするのだ。昼の大捕り物があったためか、今日はことさら多くの人が出て、さりげなく橋の上を気にしている気配がある。

「フン、こんなの謎の内にも入らないね」と、迦葉が小さな肩をそびやかす。衛士たちが感嘆の目を向ける。

 まずいな、と月牙は思った。

「いいかみな、思い込みは駄目だぞ? 今まで通り、見えたものをただ見たとおりに調べて報せてくれ。それが調査の基本だ」

「柘榴庭どのは意外と地道なんだね! 謎解き名人判官様の御名声の大部分は、実はそういう見えない尽力によって支えられてきたのかなあ?」

 迦葉が厭なニヤニヤ笑いを浮かべて見あげてくる。

 月牙はその後頭部を後ろからひっぱたきたい衝動を辛うじて堪えた。



 ――落ち着け、落ち着け蕎月牙。これはこういう生き物なんだ。薬師としてはたぶん有能なんだ。

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