第七話 新租界幽霊騒動 1
桂花の率いる第三小隊が咎人を護送するのに先んじて、月牙は小蓮だけを連れて一足先に後宮へと急いだ。
外砦門を護っているのは第四小隊の筆頭火長だった。
月牙を見るなり心配そうに訊ねてくる。
「頭領、東大橋はどうなりましたか?」
「左京衛士との諍いだったらひとまず収まったよ。もうじきに咎人が護送されてくるから、牢の支度を頼む」
「承りました」
「くれぐれも自死をさせないように。貴重な情報源だ」
「――はい」
筆頭火長が緊迫を滲ませた応えを返す。
月牙は馬を下りながら微笑してみせた。
「そう気負うな。私も九龍も捕り物は初めてってわけでもない。小蓮、馬を頼むよ」
「はい頭領」
「私はこれから後宮へ向かう。桂花が先に戻ったら指示に従いなさい。小蓮は司令部で待機だ。何かあったらすぐに報せにおいで」
「はい」
小蓮が神妙に頷いた。
小蓮の正式の身分は今もって後宮所属の武芸妓官である。メゾン・ド・キキの魯秋栄と同じく、今も後宮内へは「お出入り自由」なのだ。
外砦門からまっすぐ伸びる南大路を北へ進めば、現在の後宮の表門たる内南門はすぐそこである。昔日ならば日中には常に開いていた朱塗りの扉が閉ざされ、左右を内宮妓官が護っている。
「申し師姉がた、至急橘庭へ奏上したき旨がございます。取次を願えますか?」
「おや柘榴庭どの。久しいなあ」
顔見知りの内宮妓官が気安げに応じる。
よく見れば、先ほど話題に出たばかりの郭秀鳳だった。
十歳年長のゲレルト氏族のこの内宮妓官は、月牙が十八だったころからの顔見知りである。月牙にとっては年長の姉か若い叔母みたいに心やすい相手だ。
「その顔つきからして、例の噂の大捕り物が巧く運んだのだな?」
「ええ秀鳳どの、この上もなく」
「師妹のやることに万が一にも手抜かりはないと思うが、主計判官様はもちろんご無事なのだろうな?」
「もちろんです。囮には元・妓官を使いました。襲撃者の捕縛にあたって、左京衛士の郭瑞宝どのという火長がご助力くださいました」
「おお、あの瑞宝どのか!」と、秀鳳が嬉しそうに応じる。「たしか父方の祖母の縁者だ。息災だったか?」
「実にもう。捕り物の手柄をめぐって柘榴隊のとある杜氏と危うく決闘騒ぎを起こすところでした」
告げるなり内宮妓女官二人は声を立てて笑った。
「ゲレルトとアガールでは致し方あるまい! そちらの杜氏というのは、例の眉目秀麗な海都の小杜であろう? 冷静そうに見えて案外血の気が多いのだな」
「元気があっていいことだ。しかし、洛中での私闘はいかんな」
「そうだ。万が一にも捕縛されたら上役に迷惑がかかる。やるなら郊外の森にしろ。蘭渓道院の東麓の小渓谷なんかはいいぞ」
「ああ、渓流が流れているから血を洗い流せるしな」
「いざとなったら蘭渓道院様のおひざ元に逃げ込むこともできるし」
「地面も軟らかいから、事が済んだあとうめたいものは一人で簡単に埋められるのだ」
先達たちの忠告はやたらと具体的だった。
外出をよくする外宮妓官時代にやったことがあるのかもしれない。
――決闘のあとに一人で埋めたいものって何だろう……?
そこは深く突っ込んではいけないと本能が命じていた。
月牙はいささか引きつった笑みを浮かべながら頷いた。
「肝に銘じておきます」
「おお、そうしろ。若い者たちに怪我は?」
「だれも元気なものです。もうじきに司令部に咎人が連行されてくるはずです」
「それは重畳。すぐ奥へ報せて来よう」