第六話 トリコロールの捕虜警備 7
「今更だが、火長どのの名をうかがってもよいか?」
月牙が訊ねると左京衛士の火長は、思いもかけないほど嬉しげに破顔した。
「他氏族とはいえ当代どのに御名乗りできるとは光栄だ。某、左京兆府衛士庁の火長を拝命する郭瑞宝と申す。蘭陽の郭氏の出だ」
「瑞宝どのか。郭氏といえば、昔日の師姉たる内宮妓官に郭秀凰さまと仰せの方がおいでだった」
「おお、秀凰さまは母方の祖父の縁者だ。当代どのは北塞の蕎氏であったな? 過日に北の防壁に遣わされたとき、蕎貴豺どのと仰せの武官にお会いしたことがある」
「なんと、貴豺はわが長兄だ! 大哥の知己となれば瑞宝どのは兄分も同然。武官としても先達であろう。妹分と思ってなにとぞお導きくだされ」
カジャール系同士の邂逅にままある礼儀に従って型通りに頭を低めると、瑞宝は嬉しそうに頷いた。
一旦話がまとまってしまえば、瑞宝は月牙には付き合いやすい相手だった。
手早く話し合った結果、躯はひとまず左京兆府が引き取って検分することになった。
「どっちにしたって柘榴隊に専属の医師はいないからね。たぶん、後から後宮典薬所の薬師どのが検分に赴くことになるだろう」
「うむ」と、牢医師が頷き、洛外側の橋のたもとにたむろする左京衛士たちを見やって怒鳴った。
「おい若造ども! さっさと荷車をもてい!」
「は、はい老師!」
あちら側の衛士たちが大慌てで荷車を引いてくる。
月牙も仕事にかかることにした。
「九龍、急いで洛中側の門にいって小蓮を呼んできてくれ。それから、向こうを護る王宮兵衛がたに騒ぎは鎮まったと報告を」
「引き受けた。後宮に奏上する旨は?」
「そっちはまだ伝えなくていい。桂花、お前は第三小隊を集めて生け捕りにした捕虜を司令部まで護送しろ。瑞宝どの、恥ずかしながら、われら少々人手が足りぬようです。左京兆府からも護送に人を割いていただけるか?」
「喜んでお引き受けしよう。躯の護送は三人で十分だ。―-おいお前たち集まれ!」
「はい火長!」
洛外側の衛士たちが一斉に走ってくる。
猿轡をかませられた人質まで引きずってこられたから、橋のたもとに残るのは三人だけだ。
例の色鮮やかな装束をまとった「若蘭どの」と、今しがたまで彼の首に左右から切っ先を突き付けていた二人の衛士である。放せと言われたから放したものの、相手が動いてくれないために困惑しているようだ。
困惑と言えば、真ん中に膝立ちにまったままの「若蘭どの」のほうも、相当の混乱状態にあるようだった。八字髭の下の口をポカンと開け、怖ろしいものでも見るようにこちらを凝視している。
月牙は気の毒になった。
――可哀そうに、よっぽど怖い思いをしたんだな。
大の男とはいえ、両側から首に刃物を突き付けられ続けていれば、恐怖のあまり気絶したって全く不思議ではない。
月牙は極力相手を怯えさせないよう、笑顔をこしらえながら「若蘭どの」へと歩み寄った。
「左京衛士がた、この人質どのは単なる通りすがりの方です。どうかこの上お気になさらず、瑞宝どのの指示に従ってください」
「は、はい当代さま、お言葉光栄でございます!」
若い衛士二人が背筋を正して答える。月牙は思わず笑った。
「私は君らの上官じゃないんだから、そんなに畏まらなくてもいいよ! ええと――若蘭どの? わたくし、洛東巡邏隊の校尉です。我々の隊務に巻き込んでご迷惑をおかけしました。後ほど改めて御礼をいたします。お名と御在所を教えていただけますか?」
腰を折り、相手の顔を覗き込みながら、極力柔らかな口調で告げる。
相手は零れんばかりに目を瞠っていた。
「――月牙、 なのか?」
「え?」
いきなりぶしつけに名を呼ばれて、月牙は不快感を覚えた。
そこに背後から声がかかった。
「柘榴庭どの――あ、いや、頭領、その男、あんたの身内じゃないのか?」