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第一話 ぼたんはどこに消えた 三

早々に名探偵?的もう一人を登場させることにしました

「と、と、と、頭領、後宮のお針女さまとご同室するなんて怖れおおい。わ。わ、わたくしは外でお待ちいたしますね!」と、楊春がぷるぷるしながら提案する。

「駄目だ。お前もおいで」

 月牙は底意地悪く命じた。マドモアゼルは今でも十分怖い。一人だけ敵前逃亡など許してなるものか。


 左手の部屋は居間のようなしつらえだった。

 円卓の上に平たい木箱がある。

 手のひらを三つ横に並べたほどの長さだ。

 マドモアゼルが蓋を開けると、親指ほどの大きさの金属製の円筒がぎっしりと詰まっているのが見えた。

「これは――」

 月牙がのぞき込むと、

〈薬莢ですわ!〉

 マドモアゼルが叫ぶように答えた。

 なるほどそれは薬莢だった。

 銃火器に火薬を手早く充填するために用いる金属製の筒だ。

「この箱は、本当でしたら、海都から取り寄せた上等の貝製の(ボタン)が入っているはずだったのです」と、秋栄が説明する。

「でも、マドモアゼルが開いてみましたら、この通り違う品が」

〈薬莢ですよ! 薬莢!〉と、マドモアゼルが狂乱する。〈この頃あの凶悪な反リュザンベール組織が様々な脅しをかけてまわっているのでしょう? こんな武具みたいな品物を平和なメゾンに送りつけるなんて! あの何たらというテロ組織の脅迫に決まっております! 女隊長、今すぐこのメゾンの警備を強化しなさい……!〉

 マドモアゼルの怒濤の怒号を秋栄が淡々と通訳する。


 月牙はしばらく考えてから訊ねた。

「秋栄どの、これは脅しではないと思いますよと、マドモアゼルに伝えてください」

 伝えられたマドモアゼルは不満顔でうなった。

〈どうしてそう思いますの?〉

「マドモアゼルの怖れていらっしゃる反・法狼機(フランキ)――失礼、反リュザンベール組織の名は赤心党といいまして、この連中が脅しのときに用いるやり口はいつも一緒なのです――楊春、覚えているか?」

「お、お、覚えております!」若者がうわずった声で答える。「ええと――脅しとして送ってくる品は様々ですが、かならず赤い字で「蛮夷必殺」と書いてあるのですよね?」

「そうだ。マドモアゼル、念のため、この箱には何か手紙が付いていましたか?」

「宛先の木札だけですわ」と、秋栄が応じる。

「それはとってある?」

「いえ――たぶんもう厨のたき付けにしちゃいました」

「なら、きっと異常はなかったんだろう。さすがに赤字で「蛮夷必殺」とあったら誰かが気づくだろうからね」

 経験則から推測すると、楊春が尊敬のまなざしでこちらを見ているのが分かった。

 月牙はふふんと思った。


 ――どうだ若者。私だってそれなりにやるだろ?


〈――じゃ、どうしてわたくしのメゾンにこんなものが届いたんですの?〉

 マドモアゼルが不機嫌顔で訊ねる。

「それは――」

 月牙は返答に窮した。

 マドモアゼルの眉がつり上がる。

〈それからわたくしの貝釦はどこに? あんまりいつまでも届かないから、海都のベルトラン・エ・ルナール商会には速達で問い合わせましたのよ。そしたらもとっくに発送したって。それなのになぜまだ届かないんですの?!〉

「いや、それはたぶん我々ではなく副領事館に――」

〈でたわね役人根性! 面倒ごとが生じるとどこもかならず言うのよね! 分かっていますの女隊長、わたくしたち、例のあの大舞踏会のために日夜寝食を惜しんで大量の舞踏服作りに追われておりますのよ!? これもみなあなたがた双樹下(サールーン)とわたくしたちリュザンベールの友好と親善のため、公益に対する奉仕の精神を少しは学びなさいな!!〉

 マドモアゼルの怒濤の怒号を秋栄はもはや訳せなかった。

「すみません柘榴庭さま、もう何を言っているのかよく。ただ、とても怒っていらっしゃいます」

「うん。それは見れば分かるよ。要するに、何としてもすぐに釦を取り戻せって、そういう要求なんだね?」

「そうではないかと思います」

 秋栄は申し訳なさそうに応じ、しばらく肩を落としていたが、不意に何かを思いついたよう両手を組み合わせた。

「あ、あの、柘榴庭さま!」

「ん?」

「先ほどお話ししました通り、わたくし、本来の所属は後宮西院芙蓉殿に移転した典衣所にありますの」

「あ、うん、そうだったね?」

 どうもこの()は話が遠回りなようだ。

 早いところ本題を切り出してくれと内心じれながら笑顔で続きを促すと、はにかみ屋のお針女は耳たぶまで真っ赤にしながら続けた。

「ですから、後宮内にも御出入り自由なんですの」

「うん。だから?」

 何らかの理由で貝釦は後宮内にあると推理しているんだろうか?

 それともまさか横流しの告白か? 

 娘が何を言い出すものかとハラハラしながら待っていると、秋栄は不意に目をきらきらと輝かせ、両手を組み合わせてうっとりとした顔で言い放った。

「ですから、判官様をお呼びしてきますよ! 柘榴庭さまを助けるためとあれば必ず来てくださるはずです!」

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