第六話 トリコロールの捕虜警備 1
東大橋で元・妓官二人が大立ち回りを演じているころ――
月牙は新北宮の表門へと着いたところだった。
王宮のすぐ北のこの宮はチーク材の逆茂木に囲まれている。扉を閉ざした門の左右にも、上部の歩廊にも、青い立て襟のリュザンベール風の上着に白いキュロットを合わせ、黒いブーツをはいて、マスケットを担った門衛が二人ずつ並んでいる。
柘榴隊に先んじて槙炎卿が改組したかつての近衛騎兵――洛中では最も多いだろう三〇〇のマスケットを配備した竜騎兵の成員である。
柘榴隊にとってはある意味先輩格の部隊だ。
下馬を求められる前に、月牙は自ら馬を下りながら呼ばわった。
「竜騎兵どの、お務めご苦労! 当方、洛東巡邏隊の校尉である! 尚書令の命により、桃梨花宮北院主計所の判官様、典衣所の針女どの、ほか五名を伴って参った! 何卒開門を願う!」
「柘榴庭さま、御名乗り痛み入ります!」
歩廊の上の一人が好意的な声を返し、
「開門せよ!」
と、命じる。
途端に重たげな両開きの扉が内側から開いた。
開門と同時に駆けつけてきたのは竜騎兵の将校だった。
青い上着と白いキュロットまでは平兵士と同じだが、柘榴隊の隊正と同じく胸元にクラバットを巻き、黒い革のブーツを履いている。
鼻の下にぴんと細い口髭を生やした将校は、軽々と下ろされる輿を目にするなりぴくりと眉をあげた。
「柘榴庭どの、よもやその輿の中は?」
「ええ、空ですよ」
月牙は薄紅色の帳をひょいとめくった。
中央に籐の衣装櫃だけが鎮座している。
将校は顔を歪め、額を手で押さえてうめいた。
「なんたることだ。我々になんの相談もなく何という短慮を!」
「お言葉ですが、わたくしどもがなぜ作戦を他部隊に相談する必要が?」
月牙が苛立ちを隠さずに告げるなり、将校はハッと太い息を吐いた。
「あなたがたが素人同然だからですよ! よろしいか柘榴庭どの、警衛はままごとでも芝居でもないのだ。あなたの例の術策とやら、とうに洛中で評判になっているのですぞ? 判官様の御身に万が一のことがあったら――」
と、そのとき、
「あ、大丈夫ですよ? 判官様ここにいますから」
御針子の一人が場違いにのどかな口調で口を挟んできた。
「は?」
御針子が――御針子と同じ衣装の誰かが――編み笠を外す。
笠の下から現れたのは、一目見たら大抵の人間は忘れない華やかな美貌だった。
雪衣である。
どうやら顔を知っていたらしい将校が口を開けたまま硬直している。
月牙は思わず笑った。
「他五名と申し上げたでしょう?」
雪衣もにやりとする。
「申し遅れましたがわたくし、後宮北院主計所判官を拝命する趙雪衣と申します。これ身分証です」と、やたらと細くたたんだ紙片を巾着から抜き出して無造作に手渡す。
「御針子の一人は急病でして、旧・芭蕉庭からは本日は二人だけです」と、魯秋栄が、こちらも笠を外しながら言い添えた。ほか五人のリュザンベール人たちが狐につままれたような顔で見ている。
「さ、判官様はこれから着付けとお化粧です。急ぎませんとね」
全員の身分確認が終わると、秋栄はなだらかな眉の形が許すかぎり眉を吊り上げ、鬼気迫る形相で雪衣の腕をつかんだ。
「え、秋栄、私昼餉がまだなんだけど?」
「それはよろしゅうございましたね。コルセットがよく締まります」
「ええ――、今日は絶対洛北名物鶏米麺を食べにいくつもりだったのに!」
「だ・め・で・す。お着換えに参りますよ! 柘榴庭さま!」
「は、はい!」
月牙は思わずいい返事をしてしまった。
秋栄がきっと眉を吊り上げる。
「手が足りませんの。隊士を貸していただけます?」
「あ、じゃあ、」
月牙は咄嗟に応えに窮した。
隊士たちはこのあと小半刻ばかり自由行動の予定なのだ。
誰に臨時の仕事を命じようかと迷っていると、相変わらず赤い頬っぺの楊春がおずおずと進み出てきた。
「あ、あの、頭領、僭越ながら某が」
「引き受けてくれるのか?」
「もちろんです!」
楊春は目をキラキラさせながら応え、眩しいものでも見るような視線を秋栄に向けた。
「お針女さま、どうぞなんでもお命じください」
「あら、ありがとうございます。それじゃ、そこの櫃を運んでくださいな」
「はい喜んで」
「ああ、それから――楊春どの?」
「な、な、なんでございましょう?」
「どうぞ秋栄と呼んでくださいな。わたくしたちもう顔見知りでしょ?」
「も、もったいないお言葉でございます!」
若者に尻尾があったらちぎれんばかりに振り回していただろう。
月牙はほのぼのとした喜びを感じた。