さぁ、全総文も終わったことだし、結果報告を神倉先輩にしなければ・・・えっ?先輩、推薦入試は受けないんですか?どうして?
全総文から帰って来た翌日、私は久し振りに登校した。神倉先輩に結果を報告するためだ。
えっ?Lineやメールで報告しなかったのかって?いやいや、こう言ったことはやっぱりお手軽な方法じゃなくて、直接自分の口から報告するべきだと思ったのよ。て、言うか、直接会って自分の口で報告したかった、ってのが正直な気持ちかな?
学校に着くと、私は真っ直ぐ生徒会室に向かった。先輩が居るとすればやっぱりここだもんね。
一息吸ってから私は扉を軽くノックした。
「はい?開いてますよ。どうぞ。」
聞き慣れた美しい声が返って来た。
「失礼します。」
私は扉を開けて中に入った。先輩は一人だった。赤本やら教科書やらが机の上に広げられている。どうやら勉強中だったようだ。
「すみません。お勉強中にお邪魔しちゃって・・・。」
「いいのよ。丁度休憩しようと思っていたところだったし・・・今日栗須さんが来たってことは、全総文の結果報告、ってことかしら?」
「はい!ご名答です。」
「ふふっ・・・では、聞かせて貰いましょう。どうでしたか?」
「はい!我が県は、アナウンス部門で優秀賞2、審査員特別賞1、朗読部門で優秀賞1、ビデオメッセージ部門で優秀賞1を受賞すると言う快挙を成し遂げました。
アナウンス部門で優秀賞を受賞したのは、私と御船高校の鷲頭さん。丹鶴高校の池田さんは審査員特別賞に選ばれました。朗読部門で優秀賞を受賞したのは響子ちゃんです。ビデオメッセージ部門は高倉高校が優秀賞を受賞しました。」
私の報告を聞いた先輩は目を丸くした。
「驚いた・・・全総文で一つの県がそんなに受賞したのって空前じゃないかしら・・・。皆頑張ったのね。」
「はい!」
「まぁ、Nコンで優秀賞を取った栗須さんが受賞したのはそれほど不思議なことでは無いけど、三輪崎さんは全国大会では初めての優秀賞ね。」
「はい!響子ちゃん、すっごく上手でした。」
「私も二人の発表を聞きたかったわ。残念・・・。」
「はい!私も先輩に自分の発表を聞いて欲しかったです。」
「ふふっ・・・有り難う。」
こんな具合に、結果報告をした後は先輩と他愛の無いお喋りを小一時間してしまった。
「あっ!?先輩、お勉強中でしたね。すみません、お時間を取ってしまって・・・。」
「ふふっ、いいのよ。勉強ばかりしてても効率は上がらないから・・・いい息抜きになったわ。」
「そう言えば、先輩は大学受験、推薦じゃないんですか?先輩の学力や経歴だったらいい大学に推薦してもらえますよね?」
すると、先輩はふうっと軽く溜息を吐いてから徐に私の顔を見た。
「推薦は使わない。私は一般入試で合格を狙うの。」
「えっ!?ど、どうしてですか?」
「栗須さんは、大学入試をどのように捉えているの?」
「えっ?どのようにって・・・どういう意味ですか?」
「うーん、抽象的過ぎたかなぁ。志望する大学をどう言った基準で選ぶのかって意味よ。」
「基準?ですか?」
「そう・・・志望大学を選ぶ基準は人それぞれなの。
将来なりたい職業に必要な資格を取るために進学する人や自分が興味を持っていることを専門的に学んでみたいって考えて進学する人。そんな風に目的意識をしっかり持って大学を目指す人もいれば、特に学びたいことも無いから学部学科は何でもいい、就職に有利だったらそれでいいって言う人もいるのよ。」
「・・・うーん、学びたい事・・・将来なりたい仕事・・・かぁ・・・。」
「そう。それでね、そうした選び方で入試の形態も変わってくるのよ。
大学を就職予備校だと割り切って考えている人達は、ネームバリューのある大学だったらどこでもいい、って言う傾向が見られるわ。そう言う人達は特にこだわりがある訳じゃないから、名前の知れた大学からの指定校推薦があれば飛びついてるわね。推薦された時点で余程のことが無い限り合格だから・・・。受験が終わるまで合否がはっきりしない一般入試よりもコスパが良いと判断してるんでしょうね。
それに対して、自分が将来なりたい職業に必要な資格をとるために大学を目指す人は推薦を使わない・・・と言うより使えないのよ。例えば、将来医者になりたい、弁護士になりたい、栄養士になりたい、建築士になりたい・・・そんな人達が行きたいと思う大学は推薦入試をしないから。」
「えっ!?何で推薦入試が無いんですか?」
思わず聞いてしまった・・・まだお話の途中だったのに・・・ごめんなさい。
「指定校推薦や公募推薦では応募できる条件を設けているわ。その条件って言うのは評定平均値ね。大学ごとに違うけど、3.0から3.2ぐらいが多いみたいね。」
「評定って、通知簿に書かれている1から5の数字のことですね?」
「そう、それ。入試で使われる評定平均値って言うのは、高校1年生から3年生までの全ての科目の成績の評定を平均したものよ。ただし、3年の成績に関しては、推薦入試の段階ではまだ最終の成績は確定していないから1学期の成績を用いる場合がほとんどね。
大学が推薦枠を設けるのは、優秀な人材を早めに確保したいって考えているからよ。でも、高校ごとに偏差値は異なっているから、同じ評定平均って言っても優劣が発生してしまうでしょ?資格を取らない学部だったら、多少の出来不出来があっても教授や助教の采配で何とでもできるけど、医者や弁護士なんかは国家資格だから誤魔化しが利かないのよ。純粋に学力が無いと資格が取れないの。資格を取るのに十分な学力があるかどうかを確認するには一般入試が一番なのよ。」
「な、なるほど。よく判りました。」
「それから・・・資格を取りたい人達だけじゃないわね、推薦を受けないのは。自分が本当にやりたい勉強がある人も推薦を受けないわ。」
「えっ?どう言うことですか?」
「やりたいことが決まっている人達は、指定校推薦や公募推薦では自分が行きたい大学が無かったり、大学があったとしても志望する学部の推薦が無かったりするのよ。
大学は全ての学部に推薦枠を設けている訳じゃないの。人気があって、放っておいても優秀な学生が集まる学部だったり、さっき言ったような国家資格を取らなきゃいけない学部には推薦枠を設けないのよ。
例えば、近所にある南斗聖賢大学は学部によって偏差値に大きな差があることは知ってる?」
「えっ?学部毎に偏差値って異なるんですか?」
「そう。南斗は経済学部や商学部の偏差値は42で、お世辞にも高いとは言えないんだけど、考古学部と史学部は57もあるのよ。」
「えっ!?57って・・・そんなに差があるんですか?」
「そうよ。で、推薦枠なんだけど、経済学部と商学部は10人分ぐらいくれるんだけど、考古学部と史学部は毎年0なの。」
「なるほど・・・目玉学部は放っておいても優秀な学生が集まる、から、かぁ。」
「そういうことね。
あぁ、あともう一つ、推薦入試を受けない理由があるわ。推薦の場合、どうしても自分の偏差値よりも一段下の大学しか受けられないのよ。推薦では偏差値が一般入試よりも高めに設定されているから。」
「えっ?そうなんですか?」
「さっきも言ったように、推薦入試の目的は優秀な学生を早めに確保するためよ。推薦入試では、ほとんどの大学が学力試験を課さないから、試験で客観的な学力が測れない分、偏差値を高めに設定してるんでしょうね。」
「あっ!なるほど。」
「同じ内容の勉強をするにしても、偏差値の高い大学の方がより専門性の高い勉強ができるのよ。その理由は、ぶっちゃけて言うと、学生集団の質なの。例えば、英語の授業は、小学5年生での内容と、高校3年生での内容とでは当然レベルが違うでしょ?これは小学5年生と高校3年生の学力の差によるものよね。学力差によってできる内容は変わるから。だから、より高水準の勉強をしたければ、より学力の高い集団に混ざらないといけないのよ。
そんな訳だから、より高い偏差値の大学を目指す人ほど推薦入試は利用しないんじゃないかしら。」
「そうなんですね・・・うん?・・・と言うことは、先輩の行きたい大学には推薦が無いんですか?」
「ええ、そうよ。」
「ちなみに、先輩は何の勉強をしたいんですか?」
すると、先輩はピタリとしゃべるのを止めて、私の顔をじっと見つめた。それは私に対して何か言いたげ、と言うよりも何かを考えているようだった。
「・・・栗須さんなら大丈夫かな?・・・ねぇ、栗須さん、私の志望校のことは誰にも言わないって約束してくれる?」
「えっ!?あっ、はい!約束します!」
「なら、いいか・・・私ね、K大を受験するつもりなの。K大医学部。」
「・・・えっ!?」
K大医学部・・・不勉強な私でも判る。とんでもなく難しい大学だ・・・。
「ほ、他の大学の医学部じゃぁ駄目なんですか?な、なんでK大なんですか?」
先輩は私から目を逸らすと、やや上方を見上げながら独り言のように呟いた。
「K大じゃなきゃ駄目なのよ・・・私は臨床医じゃなくて、研究職になりたいの。・・・栗須さんはiPs細胞って知ってる?」
iPs細胞・・・聞いたことあるぞ・・・確か・・・。
「確か、人の身体の部品を作れる技術・・・ですか?」
「うん、間違ってはいないかな。私はK大でその研究をしたいのよ。」
「何故・・・って聞いてもいいですか?」
「ええ・・・私、子供の頃からおばあちゃんのことが大好きだったの。でも、おばあちゃん、現在の医学では治せない病気になって、私が中学生のときに亡くなったの。・・・でね、どうしたらおばあちゃんを治せたのかを調べたら、iPs細胞に行きついたの。私はおばあちゃんを救えなかった。でも、iPs細胞の研究によって、おばあちゃんと同じ病気の人を救えるかもしれない・・・そう思ったのよ。」
・・・私が想像していた以上に重たい理由だった・・・気軽に聴くんじゃなかった・・・。
「・・・ごめんなさい・・・。」
思わず謝ってしまった・・・。
「・・・謝る必要は無いわ。私が話しても良いって思ったんだから。でも、あまり他人には聞かれたくないことだから、秘密にしておいてね。」
「判りました。決して、他の人には言いません。」
「うん・・・栗須さんのことを信じているから。」
うう、信じられてしまった・・・死んでもこの約束は守らねば・・・。




