今日は入学式だ!さぁ、新入生の為にも、完璧な式典運営を行うぞ!
新一年生の学年主任になった北東先生が体育館の入口で大きく腕で丸を作った。それを見た山中先生は小さく頷くと、司会マイクに向き直った。
『新入生、入場!』
BGM担当の王子浜君がすかさずCDデッキのスイッチを押した。スピーカーからパッヘルベルのカノンが流れ出す。
曲に合わせて入場が始まった。この間の卒業式と比べると、やはり一年生は動きがぎこちないと言うか、スムーズさに欠けている。座席の所で列毎に左右に分かれて進んでいく様子もたどたどしいし、担任の先生の合図で席に座るときも統一感に欠けている。私達の時もこんなんだったのかなぁ・・・。
入場の様子を放送室の小窓から見ていた私は、八組の担任の先生が中央から職員席に向かって歩き出したところで鯨山君に合図すると、鯨山君はゆっくりとBGMをフェードアウトした。
『一同、起立!・・・礼!』
一斉に起立した一年生が礼をしたのだけど、礼の仕方もぎこちないなぁ・・・。
『開式の辞。』
教頭先生が山中先生と交代して司会席に立ち、開式の辞を述べた。
『ただいまより、令和六年度、県立東和高等学校、入学式を挙行いたします。』
『国歌斉唱。』
再び司会席に立った山中先生が号令すると、北摂先生のピアノが鳴り響いた。それにしても、三二〇人もいる新入生よりも壁際にいる僅か三〇名ほどの合唱部員の歌声の方が大きいぞ・・・やっぱり緊張していて声が出ないのかなぁ・・・。そう言えば、去年私もあんまり声が出てなかったような気がする。今なら、技術的な点を除けば合唱部に負けない大声で歌える自信があるけどね。
『着席!』
『入学許可!』
校長先生が登壇し、その間に一組担任の先生がマイクの前に立った。校長先生が演壇前に立ったことを確認すると、順々に新入生の呼名を始めた。王子浜君がすかさずCDデッキのスイッチを入れた。ヘンデルの“水上の音楽”を始めとする定番のバロック音楽を流して、雰囲気を盛り上げるのだ。
代わり番子に担任の先生が司会席に移動して次々に新入生の名前を読み上げていく。呼ばれた生徒は“はい”と返事をして起立するのだけど、卒業式の時の三年生と比べると声が小さく感じた。やっぱり三年生って凄かったんだなぁ。
そんなことを考えている内に、八組の呼名も終わりに近付いていた。鯨山君に合図を送ると、彼はスライダックのつまみをゆっくりと下げ、BGMをフェードアウトした。
『新入生!起立!』
全員の呼名が終わったタイミングで山中先生が号令した。
『只今呼名された三二〇名の入学を許可します。』
校長先生のよく響く声がマイクを通して流れ、彼ら彼女らは晴れて私達の後輩となった。
この後は、学校長式辞、来賓祝辞、来賓紹介、祝電披露と、まぁぶっちゃけ高校生にとっては退屈・・・と言ってはなんだけど、あまり楽しくもないイベントが続いていく。
祝電披露のタイミングで鰹島君が放送室から出て、マイクをスタンドごと中央通路に運んでいく。それを舞台の方を向く形で設置すると、そのまま司会席の後ろにはけた。
『新入生代表、宣誓!新入生代表、新鹿陽花里!』
『はい!』
おっ!ここで新入生代表の登場だ。先生によると新入生代表は入試で首席だった子が選ばれるとか。凄い子なんだなぁ・・・。
新鹿さんは、自席を発って中央通路を進み、中央に設置されたマイクの前まで移動すると、来賓席に向かって一礼。回れ左して職員席に向かって一礼。その後、正面に向き直ってから内ポケットから巻紙を取り出して読み始めた。
『本日は、私達新入生の為に、このような盛大な式を挙げて頂き、誠にありがとうございます。
真新しい制服を身にまとい、私達の胸中はこれから始まる高校生活に対しての期待と喜びに満ちあふれています。私達は、東和の生徒として、これまで伝統と歴史を築いてきた先輩方に恥じることのないよう、何事にも積極的に取り組み、勉学や部活動に精一杯努め、目の前の課題に全力で取り組んで、高校生活を充実したものとしていく事を、ここに誓います。
令和六年四月九日、新入生代表、新鹿陽花里。』
新鹿さんは巻紙を元通り巻くと、奉書紙に包んだ。そして登壇して、演壇前で一礼、宣誓文を演壇に立つ校長先生に渡すと、一歩下がって再び一礼、降壇して来賓席の方を向いて一礼、回れ左してから真っ直ぐ職員席の方へ歩み寄ってからぴたりと止まってから一礼、その後自分の席に戻った。山中先生は新鹿さんが席に戻ったことを確認すると、『着席!』と、号令をかけ、新入生は一斉に着席した。
一方、私は驚愕していた。何にって?新鹿さんのアナウンスにだよ!彼女、滑舌も良いし、発声も申し分ない。正しく鍛えれば、Nコン全国大会に行けるかも!
「凄い・・・うちに入ってくれないかなぁ・・・。」
思わず独り言が口から出てしまっていた。
「今の新入生代表の子のこと?そんなに上手かったの?」
鯨山君が私の独り言に対して反応してきた。
「うん・・・才能あるよ、彼女・・・。先輩に師事したら全国大会に行けるんじゃないかなぁ・・・。」
「“先輩に”じゃなく、ドルフィンさんが鍛えてあげればいいんじゃないかなぁ。」
「えっ!?私が?」
予想もしていなかった言葉に思わず聞き返してしまった。
「そうだよ。ドルフィンさんも全総文に行ける実力者だろ?二年生なんだし、後輩の面倒を見るのは当然じゃないかな。神倉先輩に頼るのは違うと思うよ。」
「・・・私じゃぁ先輩の足元にも及ばないよぉ・・・より良い人に師事するのは当たり前のことなんじゃぁ・・・。」
「それは違うと思うよ。全く実力が無いのならまだしも、ドルフィンさんは十分実力者なんだから・・・。自分が先輩から伝承した技術を後輩に伝えていく義務があると思うけどなぁ・・・。」
私は鯨山君の言葉に衝撃を受けた。そんなこと考えたこともなかった・・・。でも、考えてみればそうなんだ。神倉先輩はいつまでも学校にいる訳じゃぁない。先輩に教えて貰った技術を次の世代に引き継いでいく義務はその教えを受けた私達にあるんだ・・・。
「・・・そうだね。いつまでも自分は下っ端、未熟者だと思っていたけど、そうじゃないんだよね・・・私達は、私達を指導してくれた時の神倉先輩と同じ二年生になったんだもんね・・・入部してくる一年生を指導していかないといけないんだ・・・。有り難う、鯨山君!私、目が覚めたよ。頑張って、新入部員を指導していくよ!」
「うむ!その心意気やよし!俺たちも機材の操作を新入部員達に教えていかなくっちゃぁな。俺たちも頑張るからな!」
「うん!」
「お二人さん、それよりも今は式典運営を頑張ろうぜ。」
突然、そう言って咎めてきたのは、マイクを撤去して戻って来ていた鰹島君だった。
「あっ・・・あっ、御免なさい!」
「すまん、鰹島。」
「いや・・・ちゃんと仕事をしてくれればいいよ。」
顔から火が吹く思いだった。申し訳なかった。
気が付けば、式典は校歌披露に進んでいた。北摂先生が弾くピアノに合わせて、合唱部が校歌を歌っていた。何度聞いても惚れ惚れする歌声だった。
「いいなぁ・・・惚れ惚れする歌声だよねぇ。私もこんな風に素敵に歌えたらなぁ・・・。」
「何言ってるんだい。ドルフィンさんもアナウンスは惚れ惚れする声だぜ。」
「うん、俺もそう思う。」
「声だけ聴いていると、どんな素敵な人がしゃべっているんだろう・・・って思うよな。」
んっ・・・男子達が私のアナウンスのことを褒めてくれたけど、なーんか素直に喜べないぞ。
「それって、声は素敵だけど、実物はちんちくりんで可愛くないってこと?」
無表情のまま私がそう言うと、三人は青褪めた顔で必死に言い訳してきた。
「えっ!?いやっ、そんなことは言ってないよ・・・な、なぁ?」
「そうそう、言ってない・・・言ってないぞ。」
「・・・。」
私はわざとそれらを無視して返事をしなかった。
「ああ、ドルフィン様、ご機嫌を直してください!」
「私どもが悪うございました。」
「そんなことより、今は式典中です!仕事に専念しましょう!」
私が冷たく言い放つと、三人は青褪めたまま仕事に戻った。・・・へへっ、ちょっと可哀想だったかな?
そうこうしている内に校歌披露も終わり、教頭先生により閉式の辞が述べられた。それに続いて山中先生の号令が響く。
『新入生、退場!』
王子浜君がすかさずCDデッキのスイッチを押した。入学式の定番BGMであるE.エルガー作曲の行進曲“威風堂々”が流れる。一組の担任の先生が新入生の前に移動する。先生が右手を上げると、一組の皆さんが一斉に立ち上がった。先生が通過すると、流れるように先生の後を追って退場していく。続いて二組・・・続いて三組・・・順々に退場が行われる。最後、八組が退場し終えたところでBGMをフェードアウトした。
「よしっ!終わったぞ!」
「ふぅ、やれやれだな。」
「お疲れ様!さぁ、後片付けをしよう!」




