14
「そちらがクロヒメね。」
あわあわ・・・、お母様がクロヒメをじっと睨んでる。
「いけません、奥様。」
エルミナがクロヒメに近づこうとするお母様を止めた。
「大丈夫よ、ねえ、アウエリア。」
「は、はい。」
私はクロヒメの傍に立ち、頬にポンポンと手を当てた。
「クロヒメ、もう少しアウエリアを労わる心を持ちなさい。」
お母様が鋭い目つきのまま、クロヒメにそう言った。
うーん、そんな事を言っても伝わらないと思うんだけど・・・。
「お母様、それを言いに態々?」
「いえ、レントン商会へ赴く日が決定したわ。私はその日、別件で一緒に行けないのだけど。」
残念そうに語るお母様。
「護衛の手筈は整えてるから安心して頂戴。」
「お母様がご一緒なさらないなら、護衛は不要かと。」
「駄目よ。レントン商会へは、ちゃんと貴族令嬢として出向くのよ。」
うへえ・・・面倒だなあ。
正直、一人で行くのなら、なんちゃって平民服で行きたいところだ。
孤児院へ行った時に、頼んでいた女性を紹介された。
「こちらがブレンダだ。パン屋に住込みで2年ほど働いていたんだが、パン屋が閉まる事になってなあ。」
神父さんが言った。
「年齢はいくつなんですか?」
「17歳じゃ。ほれブレンダ、ご挨拶しなさい。」
「ブレンダと言います。宜しくお願いします。」
そう言って、顔も上げず、伏せたままの状態を保ってる。
「宜しくね。ブレンダ。」
私は、気軽に声を掛けたが、そこから反応はない。
顔を伏せたままだ。
「えっと・・・。」
「ふむ、ブレンダは貴族と関わった事が無くてな。というか普通、孤児に生まれ、平民として育てば、会う事はないからのう。」
神父さんが、そう言った。
「おい、ブレンダ姉ちゃん。どうしたんだ?」
孤児院の子供たちが畏まってるブレンダに話しかける。
「もしかして、アウエリアが怖いのか?」
「全然、怖くねえよ。」
「そうそう、俺たちと変わんねえよ。」
そう、私は、孤児院の子供たちに舐められていた。
年もそう変わらず、格好も見た目だけなら変わらない。
ふっ、子供にこの裏地の凄さは判るまい。
うん、私も子供だけど・・・。
「あ、あなたたち、何言ってるのっ!貴族様を呼び捨てにしちゃあ駄目よ。」
ブレンダが子供たちを叱った。
「だって、アウエリアがいいって言うし。」
「うん、リリアーヌは怖いけど。」
「そうだな、リリアーヌは怖い。」
ここでもリリアーヌは一目置かれていた。
「申し訳ありません。アウエリア様。」
ブレンダは、謝ってより一層、畏まってしまった。
「素晴らしいです。ブレンダ。その気持ちを忘れずピザート家で働くとよいでしょう。」
そう言ったのは、リリアーヌだった。
いや、それ、あんたのセリフ?
えっ!?
こうして恐縮したままのブレンダを連れて我が家へと帰宅した。
ブレンダを最初に案内したのは、多くの馬がいる本厩舎の方だ。
「こっちの厩舎に居る馬は大人しい馬ばかりなんで、厩番の人から仕事を教えて貰って頂戴。」
「は、はい。」
「では、離れの厩舎へ行きましょう。」
そうして、私たちがクロヒメの厩舎へ歩いていると。
厩舎の馬の部屋は木の柵で区切られている。
一番上の丸太をスライドさせれば、閂が外れて、押せば簡単に開くようになる。
私が歩いているのを見かけたクロヒメは、一番上部の丸太をカパっと銜えると、それをスライドさせて、さも当然かのように、こちらへと歩いてやってきた。
てか、あんたそうやって抜け出してたのかっ!
何て奴だ・・・。
私の傍まで来ると顔を私の頬に寄せてきた。
「えーと、これが、ブレンダに面倒を見て欲しいクロヒメよ。」
私はブレンダにクロヒメを紹介した。
相変わらず初対面の人間は、ジッと見つめるクロヒメ。
「ぶ、ブレンダです。」
そう言ってクロヒメに頭を下げた。
馬に自己紹介するのもアレだが、頭まで下げる人は初めて見た。
「ふふん。」
くるしうないとでも、言いたそうな雰囲気だ。
何様だ、あんた・・・。
とりあえず、離れの厩舎へと向かった。
「クロヒメは、向こうの馬たちと違って、これじゃないとブラッシング嫌がるから。」
そう言って、私は、クロヒメ専用のブラシを見せた。
「まずは顔をブラッシングしてみるわね。」
私がいつものようにブラッシングをしようとすると、まるでイヤイヤと言わんばかりに首を振るクロヒメ。
「え?何?嫌なの?」
「お、お嬢様~っ。」
遠くから私を呼ぶ声がする。
厩番の人だ。
クロヒメに近寄れないから、ちょっと離れたところに立っていたのだが。
「何?」
「先日、スザンヌさんが来まして。」
「誰それ・・・。」
「馬具屋のお姉さんの事かと。」
リリアーヌが答えてくれた。
「そのブラシが置いてあった隣にフェイス用ブラシがあります。」
「え?」
私はフェイス用ブラシを手に取った。
「や、やわらかっ!」
クロヒメ用のブラシだって、他のに比べたら柔らかいのだが、このフェイス用ブラシは、それよりも更に柔らかかった。
「お嬢様、触らせてもらっても?」
リリアーヌがそう言ったので、フェイス用ブラシを渡した。
「これは随分と柔らかいですね。」
そう言って、柔らかさを確認した後、フェイス用ブラシを私に戻した。
「これならいいの?」
私はクロヒメに聞いた。
軽く首を縦に振る。
それならと、私はブラッシングを始めた。
フェイス用ブラシで顔をブラッシングすると、何というか、クロヒメの目が気持ち良さそうに見えた。
てか、フェイス用ブラシまで・・・あんた本当、何様よ。
私は呆れるしかなかった。
ブレンダには一通りブラッシングを教える事が出来た。
「本当に凄い毛並みですね。艶があって。」
そう言われれば、そうかも。
ただの黒だけでなく、凄く艶がある。
「クロヒメは、ダリアやエヴァーノの所へ行って、角砂糖や果物をよく貰っています。」
リリアーヌが言った。
「角砂糖?馬に角砂糖やってもいいの?」
「遠出をした時なんかには、他の馬にもやっていますので、問題ないかと。」
「そ、そうなんだ・・・。あんた我が物顔よね、クロヒメ。」
とんだお姫様だ・・・。
「馬は背後に立つと蹴られる可能性がありますので、立ち位置には注意してください。」
リリアーヌが、ブレンダに言った。
暫くすると下働きのアンがやってきた。
アンにブレンダを紹介し、使用人の屋敷を案内するようお願いした。
◇◇◇
新しくメルディに作ってもらった貴族っぽい服。
はっきり言って窮屈だ。
窮屈ではあるが、今までの貴族服に比べたら100倍マシと言えた。
そんな服に身を包み、私はレントン商会へと出向く。
屋敷を出ると兵士の人とクロヒメが待っていた。
兵士の人は男性の為、クロヒメとは離れて立っていた。
「歩きよね?」
私は、リリアーヌに確認した。
「はい、クロヒメは、ただ散歩しているだけかと。」
「自由よね、あんたは、まったく。」
私は、そう言いながら、クロヒメの頬を優しく撫でた。
「クロヒメが居ると離れの厩舎の掃除が出来ませんので、散歩も必要と思います。」
リリアーヌが説明してくれた。
「なるほどね。」
ピザート家の門を出ようとすると、クロヒメまで出ようとした。
「いや、駄目でしょう。厩舎へ帰りなさい。」
帰りそうにない。
困っていた所、ブレンダがクロヒメを迎えに来てくれた。
「クロヒメはお嬢様が大好きなんですね。」
道すがら兵士な人が言ってきた。
「そうなのかしら?」
「ええ、間違いないですよ。俺たちは、出来るだけ近寄らないようにしてましたし。」
まあ、あそこまで慣れてくれたなら、私も落馬をした甲斐があったというもんだ。
私たち3人は、歩きで貴族街の門へと向かった。
何故歩きかって?ダイエットの為に決まってるじゃんっ!
門の所で、門番が私を三度見した。
「なあ、リリアーヌ。あれがお嬢様か?」
門番がリリアーヌに聞いていた。
「はい。何か?」
「お前の妹じゃね?」
「何処をどう見ても貴族令嬢でしょう?」
「そ、そうだが・・・。」
結局、門番の人は、リリアーヌに押し切られた。
貴族街の門には、貴族側の門番と、平民街側の門番が存在する。
貴族街から外へ出る時は、平民側の門番には、用はない。
平民側の門番は、何やら怪しげな人と話をしていた。
なんというか、あれだ。
世紀末にゴキブリの様に溢れ出すヒャッハーなモヒカン達。それを率いるボスが居た。
おい、門番。そんなヒャッハーなボスと話なんかしていて大丈夫か?えっ?
私は酷く心配になったのだが。
その門番がヒャッハーなボスを引き連れ、私たちの元へとやってきた。