10
私が目を覚ましたのはベッドの上だった。
なるほど、力尽きたか。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
私は起きようとした、起きようとしたのだが、起きられなかった。
くっ、力が入らない。
私はあっさり、諦めた。
「今は、何時かしら?」
「もう直ぐ、夕食の時間になります。」
「そう、今日は部屋でとるわ。」
「皆様が心配されておりますので、いつも通りでお願いします。」
「起き上がれないのに?」
「私が運びますので。」
なんだかなあ・・・。
私はお姫様抱っこされ、食堂へと運ばれた。
貴族特有の長い机を前に座らされる。
まるで人形になった気分だ。
「もういいのか?アウエリア。」
義父が心配そうに話しかけてきた。
「ええ、筋肉痛で、まだ歩けませんが、大丈夫です。」
それにしても、義父、義弟は、席についているが。
「お母様は?」
「ちょうど運ばれているアウエリアを見かけてね。その場で卒倒したそうだ。今は部屋で休ませている。」
「・・・。」
なんてこったい・・・、お母様に心配をかけてしまった。
「食事が終わったら、様子を見に行っても?」
「ああ、是非、そうしてやってくれ。」
私は、両腕の筋肉痛と闘いながら食事を取った。
食事が終わると私は、お母様の個室に運ばれた。夫婦の部屋ではなく、個人の部屋だ。
リリアーヌが私を抱えたまま、エルミナを呼んだ。
エルミナが扉を開けて、私たちは、入室した。
お母様は、ベッドの上で、上半身だけ起き上がっていた。
「アウエリアっ!」
お母様が心配そうに私の名を呼ぶ。
私はベッドの前に用意された椅子に座らされた。
うん、お人形だな、私。
「大丈夫なの?」
「お母様こそ、大丈夫ですか?」
「私は問題ないわ。アウエリアは?」
「全身筋肉痛で歩けないだけです。大丈夫です。」
「紅茶をどうぞ。」
エルミナが紅茶をいれてくれた。
私は振り向くことすら出来ないので、リリアーヌが向きを変えてくれた。
「アウエリア、お人形みたいね。」
「そ、そうですね。」
「リリアーヌ。今日は、アウエリアと一緒に寝ようと思うの。準備をお願いできるかしら。」
「畏まりました。」
えっ?
お母様と寝るの?
独り寝歴、ほぼ10年。
前世を合わせると何年か、わかりません。
人と寝るのって、どうなの?
ちゃんと寝れるのか私・・・。
その心配は杞憂に終わった。
私は、自分でも驚くくらいにあっさりと眠った。
目覚めるとお母様と目が合った。
「お、おはようございます。」
「おはよう、アウエリア。リリアーヌが言った通りね。」
「リリアーヌが何を?」
「アウエリアの寝顔は天使の様に可愛いと言ってたわ。」
何を言ってるんだ、リリアーヌ。
お母様は、寝台の横に置いてあったベルを鳴らした。
エルミナが入室してきて、私を起こしてくれた。
未だ筋肉痛で、身動きできない私は、エルミナの思うままだった。
「お嬢様、お人形みたいで可愛いです。」
普段、口数の少ないエルミナが言った。
「あら、アウエリアは、いつも可愛いわよ。」
お母様が言った。
私は、身動きできないので、もう好きにしてくれっていう気分だった。
朝食をとるために、ダイニングルームへ移動するのだが、そこでひと悶着あった。
お人形化している私は、エルミナにお姫様抱っこされて運ばれるわけだが、そこにリリアーヌが立ちはだかった。
「お嬢様は、私のものです。」
こいつ、とんでもない事、言いおった・・・。
「間違えました。お嬢様のお世話の仕事は私のものです。」
うん、わざとだよね?
「邪魔です。リリアーヌ。」
エルミナは一言だけ言って、あとはリリアーヌを無視し続けた。
私のお人形化は3日間続いた。
ちょうど、その間に脳筋の授業があったので、休んでやった。というか、脳筋の授業いつ終わるん?
その他の座学は、リリアーヌに運んでもらい、授業を受けた。
そして、ようやく一人で歩けるようになった日。
「今日は、乗馬の日ね。」
「お嬢様、乗馬もお休みされては如何でしょうか?」
「今日は、コクオーの顔を見るだけよ。」
「そうですか、また威嚇されそうですが。」
「何言ってるの?私達は分かり合えたのよ?機嫌よく出迎えてくれるわよ。なんならブラッシングしてあげてもいいし。」
「相手は、馬ですよ?既にお嬢様の事は忘れているのでは?」
「コクオーは賢い子よ。きっと大丈夫よ。」
私は、意気揚々とコクオーの元へ向かった。
「コクオー、元気してたかしら?」
私は、にこやかにコクオーに挨拶した。
「ふーーーーっ!ふーーーーーっ!」
思いっきり威嚇された。
私は、厩舎から少し距離をとった。
「何故かしらね?」
「所詮、馬と言ったでしょう?」
リリアーヌに諭された。
「お嬢様、危険ですから、あの馬には、もう近づかないでください。」
兵士な人に、そう言われた。
「そうね。コクオーとは分かりあえたと思ってたのに、気のせいだったようね。」
「コクオー・・・?ですか?」
「勝手に名前を付けて悪かったかしら?それとも名前が?」
「いえ、名前はありません。人を寄せ付けないので。」
「そう。何か言いたそうね?」
「いえ、決してお嬢様のネーミングセンスに、疑問があるわけではありません。」
私のネーミングセンスに、言いたいことがあるのね・・・。
「別に怒ったりしないから、言ってちょうだい。」
「え、えっと・・・、あの馬なのですが・・・。」
凄く言いにくそうだ。
「牝馬なんです・・・。」
ないわー、ないわー。
牝馬にコクオーって、ないわーっ。
「そ、そうなのね・・・。」
さて、どうしよう。
まさか牝馬とは思いもしなかった。
私は、コクオー(元)の元へ向かった。
リリアーヌと兵士な人が止めたが。
私はコクオー(元)の前に立った。
コクオー(元)は、直ぐに威嚇はしてこず、大きな瞳で真っ直ぐに私を見つめていた。
「あなたの名前は、クロヒメよ。どう?」
「ぶるんっ。」
悪くないと言いたげだった。
あくまで私が、そう思うだけで、実際にそう言ってるのかは不明だ。
「名前が悪かったみたいね。」
私はリリアーヌにそう言った。
「そうですね。女の子にコクオーは無いですね。」
悪かったわね。
私だって、そう思うわ。
「せっかくだし、ブラッシングでもしようかしら?」
「ぶるんっ、ぶるんっ!」
クロヒメに全力で拒否られた。
私は、離れた厩舎でブラッシングしている厩番を見つけたので、そちらに移動した。
「クロヒメは、ブラッシングを嫌がってるんだけど?」
「クロヒメ?」
「あっちの離れの厩舎の馬よ。」
「ああ、あの馬には、そもそも近づけないので、ブラッシングはしてませんよ。」
「そう。ブラッシングを嫌がる馬っているの?」
「そういう馬には出会ったことはありませんね。」
「ふーん。ねえ、こっちの馬なら私でも出来るかしら?」
「ええ、こちらの馬は皆、大人しいので。台を持ってきましょう。」
厩番の人が台を持ってきてくれたので、私は馬をブラッシングした。
とても気持ち良さそうだった。
うーん、何だろうな。
クロヒメは何が不満なんだろうか?
前世では馬との接点は、ほぼ無かったので、私にはさっぱり判らなかった。
「馬具屋に行ってみますか?」
リリアーヌが言ってきた。
「何処にあるの?」
「貴族街にあります。」
「そうなの?」
「馬具を購入するのは、殆どが貴族なので。」
「なるほど。明日にでも行ってみようかしら?」
「了解しました。」
「許可は下りるのかしら?」
「貴族街なので、問題ないかと。」
「なるほどね。」
そう言えば、私が筋肉痛になった為に、レントン商会へ訪問する日程が延期になったんだった。
何だか、色々忙しいわね。