ピンチ
「あいつ…本当はぇな……」
どれくらい走っただろうか?
最初出遅れた距離が全く縮まらない。
正確には近付いているが誤差程度…
走れども視界に飛び込んでくるのは一直線にえぐれた地面となぎ倒された木々。
多少距離が縮んだところで追いつける程の物ではなかった。
「化け物でも通ったみたいだな…」
「…人間の括りに入る程の奴でもないか。」
思わずため息が出る。
そんな時だった。
「ん…?」
彼女の魔力がいきなり止まる。
中々追いついてない事を察して待ってくれたのだろうか?
それとも何かあった?
…いやそれは考えにくい。
止まるとなればそれこそ魔物からの不意打ち。
でも彼女ほど魔法もとい魔力の扱いに長けている人間はそう居ない。
不意打ちは無いだろう。
じゃあ何が?
「とにかく急いだ方がいいな。」
嫌な予感を感じ、深く踏み込み勢いをます。
その時だった
辺りが異様な気配に包まれ空気が重くなる。
思わず心臓に手を当てる。
疾走したせいだろうか、鼓動が速い。
額から手に冷たい感触が伝わる。
「ハハッ何だこれ…」
これ以上は行けないと、本能が警鐘を鳴らす。
この感じ既視感がある…
何で?
分からない。
記憶に無い。
その瞬間だった。
「消えた…?」
辺りに立ち込めていた気配が掻き消えた。
思わず足を止めてしまう。
それだけなら良かった。
それだけなら…
木々が揺れ木の葉が舞い散る。
次第に地面に伝わり森全体が騒ぎ出す。
「クソ…何が起こって……ッ?!」
思わず息を飲んでしまう…
それは蒼く澄んでいて美しく、夕焼けさえ塗りつぶす様に空に浮かんでいた。
「これは…魔法……?」
巨人でも扱えない様な程大きな槍。
そして槍の形通りに魔力が宿っている。
いや、魔力が空気をまとっていると言った方が正しいか。
もしこんなものが地面に落ちたらどうなるか…
「…まずい!」
思い出したように呼吸する。
そして全速力でその場所に向かう。
「間に合え…間に合ってくれ……」
これはシオンの魔法だ。
魔力の感じがそうだと教えてくれる。
そしてこの規模の魔法…
どう考えても並大抵の相手じゃない。
走る…
とにかく走る!
距離が詰まる。
その度に少しずつ…
でも確実に血の匂いが強くなる。
あぁダメだ…
最悪の想像が頭によぎる。
シャツが背中にへばりつく。
冷や汗が止まらない。
あと少しだ…
あともう少し…
黒い1つの点が見える。
「もう少し…ついッ…んな…!!」
思考が止まる。
俺の目に飛び込んで来たのは……
ているにも関わらず禍々しい悪魔の様な魔物。
そして血溜まりに沈んだ少女の姿だった。
「ッ…!」
心臓が高鳴る。
思考の代わりに本能が叫ぶ。
こいつは絶対に逃がしては行けないと。
腰のナイフに手を掛け流れる様に引き抜く。
「…逃がさない!」
手のナイフを悪魔の膝目掛けて投げつける。
「ヒギャ!!」
ナイフが膝に刺さり呆気なくそいつは倒れ込んだ。
俺は彼女を両手で抱え全力で左に逸れる。
刹那、森の震えが止まる。
「もうすぐか…クソッ……!」
落ちる。
感覚でわかってしまう。
その事実だけで手が震える。
「強化…!」
俺は2重に強化魔法をかける。
途端に体が一気に軽くなる。
世界がゆっくりに流れる。
そして後ろで世界を割くような轟音が聞こえる…
にもかかわらず小石が転がる音さえ聞こえる。
一瞬だった。
気がついた時には平原が広がっていた。
「シオンっ!」
俺は回復ポーションをシオンにかける。
でも間違いだった。
腹部に拳程の穴が空いていた。
しかも右足の付け根に傷がそれている。
そのせいで皮1枚で体が繋がっている状態だった。
「あっ…」
まずい…
まずいまずいまずい…
どうしたらいい?
辛うじて息をしている物の、意識を失うほどの出血と傷。
その状態に回復ポーションは最悪だ。
下手すると体内の魔力が乱れて死んでしまう。
「俺はどうした…うっ……」
目の奥が、頭の中が痛い。
思わず手で顔を覆う。
ヌルリとした感覚が手に伝わる。
手を見ると真っ赤に染っていた。
だけじゃない…
その手の上にも血が滴たり視界が消えていく。
「まず…いなぁ…」
意識が途切れだす。
流石に身体強化の重ねがけはやばかったらしい。
(保て…ない……)
俺は糸が切れるように倒れ気を失ってしまった。
―――――――――――――――――――――――――――
「ん…いつッ」
頭が痛い。
体に力も入らない。
そんな中でも目は開いた。
視界に飛び込んできたのは赤毛の少女。
端正な顔立ちに、勝気な笑顔…
どこかのいたずら好きなお姫様の様印象を受ける。
あぁ・・・懐かしい
「おはよう『シェリル』ちゃん」
「こんな所で何してるの?」
「なんでも無いよ『メイ』ちゃん…」
もう聞く事は無いと思っていた少女の声。
涙が溢れそうになる。
「もう!」
「嘘ばっかり!」
「何にも無いのにシェリルちゃんがここに来るわけないじゃん!」
プンプンと膨れた顔で怒ったと思えば、優しく笑いかけながら頭をポンポンとしてくる。
久しぶりの顔…
話したい事が山ほどある。
それなのに……
口だけがパクパクと開くだけだった。
(あれ…声が出ない……)
「もう…大丈夫だって…」
「それにいじめられてるんじゃないし!」
「相手にして無いだけだもん!」
思ってもいない事が口から出る。
(あぁそうか…思い出したこれは過去の記憶だ。)
昔似たような事があった気がする。
私は良く村の子供達にいじめられていた。
そういう時は決まって村の外れにある自然の花畑で魔術書を抱えて眠っていた。
「ふーん…」
「まぁいいや」
「でも本当に…何かあったら言ってよね?」
さっきまでとは違って寂しそうな顔でそう語りかけてくる。
「大丈夫だって…」
「魔法だって使えるし…」
「私強いし……」
「はぁ…魔法が使えるからいじめられてるんでしょ……」
(そうそう…確かこれカマかけられたんだっけ。)
(この時の私は気付かずに……)
「そ、そんな事無いもん」
「皆魔法の凄さ知らないだけだし…」
「それで…ちょっと怖がってるだけ……!」
世界には魔法を忌み嫌う人間が集まる村がある。
そう言う人間が自然に集まったのか?
それとも洗脳されたのか?
どちらにせよ私の村はそんな人達が集まる村だった。
赤毛の少女は呆れたようにため息をつく。
「はぁ…やっぱりいじめられたんじゃん……」
「なーんで嘘つくのさ……」
「うっ……」
「だって…何回言っても意味無いし……」
「それに…」
言葉が詰まる。
(あ…れ……?)
言葉だけじゃない。
気がつけば目の焦点も合わない。
「ほ……あ………い……」
(メイちゃん…何言ってるかわかんないよ……)
私の意識はゆっくりと沈んで行った。




