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「この後は捜索隊の応援で来た五人の中で医者がいたからお父さんの生死を確認してもらうために木の上に登らせて、お亡くなりになっている事が分かり、本部に連絡すると現状を維持して欲しいと言われ警察が来るまで待っていたんだ。今でもよく覚えているけどお父さんの顔は何かをやり遂げた男の顔だったよ。状況からとんでもない事故・・・なのか分からんが、ひどい目に遭っているってのに、目を閉じてうっすらと笑っているように見えた。君を助けられたことを知っていたんじゃないかな。」
今まで聞いて来た内容と一致している。異なっている部分について翔は聞く事にした。
「脊山さん。自分はこの山に登る過程で、伯父の宗麟や当時関わっていた大人の人達に今教えてもらった内容を聞く事が出来ました。その中で脊山さんだけが仰っているのが爆発のような振動があったという事と、巨大な獣がいて溶けて消えた。という事です。何か・・・こう、その部分を詳しく教えていただけませんか。それに、証言を止めた警官に自分が聞きに来たときには話してよい。と言われたところも。」
こういう時、いつもなら聡史は黙って聞いている。翔の父親が山での事故で死んでいたと聞いていたが、今の話しでは事件であり、「殺された」ともとれる。脊山が話し出す前に聡史が口を開いた。
「あの、自分は初めて聞いた内容なんですが。今の話しだと、翔の。こいつの父親は事故で死んだんでしょうか?警察は遭難による捜索だけで動いていたんでしょうか?」
二人の質問を受け、脊山は腕を組んで下を向き、また見えない天井を暫くの間見上げてから応える。
「分からない事は答えられないから置いておくとして、この小屋にいて丁度あっちの方、玄関の方向から小刻みに空気が振動して抜けて行ったと思ったらズシンと地面が上下に揺れたんだよ。昔、俺がまだ子供の頃、親父に連れられてここで寝泊まりしていたとき、同じような事があって、その時は夜中だったんだが、親父と見に行ったんだ。その時も木がなぎ倒されていてその時代には携帯電話なんてなかったから俺は小屋で待っていて親父が下りて行って人に知らせに行った。人が来るまでの間、明け方まで一睡もできずにいた時、外では何かが暴れている音が聞こえていたんだ。親父が戻って戸を開けた時そのことを言ったんだが親父はもう大丈夫だと言ってそれ以上は何も聞かれなかったし俺も言うのを止めた。調査の結果は隕石の落下によるものと言われ、調査隊の先生から拳くらいの石を見せてもらった。ただな、少し経ったある日に現場に見に行くと爪の跡が沢山ある木と土管くらいの太さで地面をえぐり、這うような跡があって立木には血飛沫みたいな跡が点々としていた。その事を思い出して現場に行ったから変な錯覚を見ちまったんだろうな。子供の頃の事も一人でここにいたから、もしかしたら何かの錯覚と、ガキだったから妄想みたいなものと夢が重なって有り得ない現象が現実と勘違いしたのかもしれないな。
仲村君・・・だっけ。君の質問は俺も分からない。その後の報道は熊に襲われた事故としてしか伝わって来なかった。ただね、さっき言ったようにあの年は熊どころか鹿や猪も丹沢という広大な地域で全く見れなくなっていたんだ。俺たち山住の人間や猟友会の人達にも疑問はあったが、因果関係を探るのは俺達の仕事じゃないしね。」
脊山は一旦話を切り、お茶を口にしてから再び翔を見て言う。
「あの警察官は、そうだな・・・仲村君くらいに背の高い、物静かな男だったな。お父さんのご遺体を見て木に登って行き暫くの間誰も近づかせないで見ていたよ。何か話しているようにも見えたな。降りてくると鑑識の人達にいろいろ指示してから俺達の所に来て、発見してくれた事、現状を保持してくれた事に深く頭を下げて感謝していた。直感だが、訳ありの関係なんだなと思ったんだ。ボランティアで後から来た人達にはここからは事件か事故かを判断するため警察が調査するので安全に下山するよう促し、医者には鑑識と状況の意見交換をするよう協力を求めていた。最後に俺の所に来て発見の経緯と人が集まるまでの出来事を詳細に教えて欲しいと言われて、今言った事を全て話した。彼は馬鹿にするでも無しに全てを聞いてくれた。まるで、俺が錯覚だと思っていた事がごく自然に起こる事のように・・・分かっていたような反応だったな。その時、お父さんは君を連れて山に入って、二日前に君だけが発見されて入院中と話してくれた。最後に、この事は他言しないように言われ、俺が山住をする人間だと分かったみたいで、何年後かに君が事件について聞きたいと訪ねて来るかも知れないから、その時は全てを伝えてあげて欲しいと言って、また深く頭を下げたんだ。その警官とはそれ以後会っていないけど、あれほどの人物にはあった事ないな。俺は凄く好感が持てた。なんていうかな。武士って感じの大きな漢だと素直に感動したもんさ。」
宗麟や深山の話していた「工藤」の事だった。当初聞いていた人柄と印象が変わる。楓が「二人は兄弟のように仲が良かった」と父との関係を語っていた事を思い出した。脊山の話を聞いて、翔は「工藤」に会ってみたいと強く思った。
「そうですか・・・。貴重なお話しありがとうございました。その人にも是非会ってみたいんですが、伯父達も探せていないらしいんです。ところで、失礼ですが・・・脊山さんは所謂『山の民』と言われる人たちの末裔とかではないでしょうか。」
翔は恐る恐る疑問に思っていた事を伝えた。
「そうだよ。かつてはサンカとか言われていた山住の人間たちの子孫さ。まあ、明治くらいまでの話しで、戦後は戸籍もちゃんと取得して現住所は町や村にある。ここは、そういった人間たちが共同で利用する小屋さ。」
寛美が話していた山の民が目の前にいる。翔も聡史もお互いを見つめ、腹に震えのような感覚がした。
「えっ。それじゃ、何か不思議な口伝や別の言語で話したり、誰も知らない道を知っていたりするんですか?」
聡史が興味津々で早口になりながら捲し立てた。
「いやいや。何かの小説と違って普通の国民だよ。日本語を話すよ。まあ山に住んでいる時間が長いと普通の人が不思議と思うような事はあるのかもしれないけど、俺らにとっては日常だから話していて初めて不思議な話しだったんだ。って分かる感じかな。古道についてはある程度知っているよ。ただ、君らみたいに山に慣れない人が間違って入ると出れなくなるからちゃんとした道を通らないといけないよ。今回はラッキーだったんだ。」
窓を叩き建物を揺らし続けていた風が止んだ。森は静寂を取り戻し木々から滴る水が地面に吸い込まれていく。
腕時計は16時22分を示していた。
「あの、予定だと今頃は簑沢峠ロッジに入るはずだったんですけど、ここからロッジに行く道教えてもらえますか?」
聡史が外の様子を見て脊山に聞く。
「簑沢峠ロッジか。ここからだと俺でも3時間はかかるぞ。君らじゃたどり着けないよ。今日はここに泊まっていいから明日の朝一で行った方が良いな。俺が連れてってやるよ。」
二人は顔を合わせ、「お願いします。」と言い聡史がスマホを取り出し通話が可能なのを確認してからロッジへ電話をかけ、当日キャンセルを申し込んだ。ロッジの人も突然の嵐で緊急避難して来たハイカーが押し寄せていてキャンセルはむしろ歓迎された。
陽はまだ高いが森の中は暗くじめじめした空気が覆っている。脊山に建物の内外を説明されトイレを借りに二人で外へ出る。虫の声一つしない森は薄霧が立ち西の空から木々を抜けて光のカーテンのような風景を見せている。土を深く掘っただけの便所があり波板で囲われていた。用を済まし小屋の周りを散策すると枝が異常に揺れている木がある事に気付いた。猿のような動物が見えたと思ったが姿が消えてしまった。
突き出した煙突から煙が出ているのが見え玄関に戻って行く。
脊山がかまどで汁物を造り、七輪で魚の干物を焼いていた。
「いい匂いですね。ここって冷蔵庫ないのに食材保存できるんですか?」
聡史が聞くと、脊山は二階に上がるための床を指差して言う。
「あそこの床下に氷室があるんだ。当然この季節、生ものは無理があるけど野菜や干物はある程度保存できる。昔は、って言っても戦後くらいまでの事だけどあれが標準だったらしいぜ。まあ味は期待するなよ。」
もう一つのかまどに鍋がかけてあり玄米を焚いている。




