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朧 OBORO  作者: 悠良木慶太
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迂回路は崖を左に見ながらブナ林を歩く坂道になっていた。下草の間に人が踏みしめた道が一筋あり、崖が崩落しているところも何か所かある。坂の勾配がきつくなってきた辺りから木組みの階段が現れた。

「今までに比べると緩い階段だな。これがハイキングだよな。さっきまで時間合わせるために必死だったけど本来こういう登山する予定だったから正常運転になるな。」

聡史が言い、翔が被せ気味に応えた。

「いやいや、十分楽しかったぜ。最高な気分だ。もう今帰っても土産話相当あるぜ。」

聡史でさえ、いつもクールな翔のハイテンションは見た覚えがなく、誘ったことを嬉しく思って振り返りハイタッチする。

空は明るくブナやミズナラの鮮やかな緑の葉が透けて見え、空間を緑色の光が降り注いでいる。蝉が鳴いていて、ヒグラシと思っていたが違う鳴き声が間に入り、聡史がキョロキョロ周りを見るがどこから聞こえるのかが分からない。翔が様子を見て口を開く。

「多分エゾハルゼミだと思うよ。当たり前だけど俺も実際に聞くのは初めてだ。境内の辺りまではヒグラシが鳴いていたけど標高が高くなるにつれて鳴き方が変わっていたんだよ。山に入れなかった分、(むさぼ)るように知識を吸収していたんだけどやっぱり実体験は何よりも楽しいな。ブナを見た時エゾハルゼミも期待したんだ。姿は見えないけど鳴き声が聞けただけ十分だ。また来ればいい。」

聡史は満足げに前を向いて足を運んだ。左に大きく曲がると水が落ちる音がする。崖の中腹から突然水が噴き出していた。4メートルほどの高さから滝が出来ていた。歩く先に丸太を組んだだけの橋があり沢があった。

「地下水があそこから出てるのか。そういえばこの山の生活水ってほとんど地下水を利用してるらしいな。水質も良いらしい。寛美さんの話しじゃないけど大昔から十分に生活できる環境だったんだろうな。」

聡史が感心し、沢の水を汲みに橋を降りてカップを取り出した。翔も後に続く。

「ひゃー冷てぇー。飲んでも大丈夫だよな。」言うのが早いか口に含んでいる。

翔もカップを出した。聡史は既に「うめえ。うめえ。」と言いながら二杯目をいっている。

「確かに旨いな。山に降った雨が地層の隙間から吐出して沢を造っているんだろうな。参道には無かったけどタクシーや自家用車で登っていく道路の脇に川があったみただから聡史の言う様に独立した生活圏が縄文時代から形成されていたっていう寛美さんの話が良く分かるよ。そういえばヤマメとかも釣れるらしい。」

滝の水が岩肌を削りマイナスイオンを発生させ心地よい空間を提供した。翔も二杯目を汲もうとした時、石の間に動くものを見つけ手を伸ばす。

「沢蟹がいた。」甲羅が茶褐色で赤い脚の蟹を聡史に見せる。

「蟹なんて高校にも出るだろ。珍しくないよ。」聡史は三杯目に手を出している。

「あれは磯ガニだ。海の蟹。まあ、伯父さんとこ行けば食べる程採れるから珍しくないけどさ。姿揚げにすると旨いんだぜ。」

沢蟹を放し、アルコールティッシュで指を消毒して水を飲んだ。

しばしの間休憩してリュックを背負うとトンボが飛んできた。濃い茶色の羽に瑠璃色の腹の細いトンボが沢の岩に止まる。

「ミヤマカワトンボだな。」聡史が手柄を横取りしたように言った。

「お。聡史。学があるじゃないか。」翔が感心した。

「親父の実家が群馬の農家で、敷地内に小さな川が流れているんだが、夏休みに遊びに行くと朝夕の涼しい時に大群で飛んでくるんだ。母さんと網で採ったことあったんだよ。」

トンボを見ながら聡史が呟いた。

「そうか。」とだけ翔が言い。その後二人は無言で歩き出した。


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