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朧 OBORO  作者: 悠良木慶太
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リュックを背負い、チェストストラップとウエストベルトを締めて歩き出す。第二鳥居で一礼したがやはり風は吹かなかった。二人は顔を見合し、笑いあって鳥居をくぐった。

鳥居を抜けるとふわりと(ひのき)の香が漂ってくる。足を止め周りを見渡すが、参道からは(しい)の木や樫木(かしのき)は見えるが、檜は見えない。周辺の山には檜や杉の人工林があるのでどこかに植わっているのだろうと思い、再び歩き出す。第二の鳥居までで、既に七百段の階段を上っている。踊り場のベンチで休む人達が増えてきていた。

「ここで一千段です。」と木の板に焼き印を入れた看板があり、二人は腰に手を添えて上の鳥居を見る。

「やっと最後の鳥居が大きく見えて来たな。残り四百段か。もうちょいだな。」

聡史が言う。二人とも息は上がっていない。相変わらず檜の清々しい香りがして、休んでいる人たちにも心地の良い森林浴の場を提供していた。

参道のすぐ脇に春楡(はるにれ)の木があり何かが跳ねているのが見える。他の人達も気付いたらしく人が集まって来た。木の幹の周りを素早く移動している影を追うと日本リスが二匹いた。人間に対して全く気にせず暫くの間走り回り隣の木に飛び移ると森の中に消えていく。リスが消えた森の奥ではキビタキの鳴き声も聞こえて来た。

「ここに来て正解だ。今までネットや本で見ていたものがどんどん体験できる。」

翔が口を開いた。階段を上る以外の理由で心が高揚しているのを感じる。

「だろ。登山はまだこれからだけれど十分に楽しいな。流石に人気のコースだ。」

足を止めていた二人は再び参道に入り階段を上る。


いよいよ最後の鳥居が目前に迫って来た。情報では鳥居の先から境内までの50メートルは鳥居前の商店街になっていて土産物や縁起物を置く店や露店が並び賑わっているはずだ。登山口から千四百段目を踏みしめ振り返る。

真っ直ぐに伸びる階段と紫陽花が濃い緑色の森を切り取り、白く美しい道を造っていた。くぐって来た朱色の鳥居と、所々にある灯籠が神聖な雰囲気を醸し出している。

目線を上に向けると、遥か遠くに海と空の境界が異なった青色を霞の中に見出だせる。

鳥居に向きなおし一礼して鳥居前町に入った。

境内に入るための大鳥居と御神門が見え、その前に小さな商店街と休憩所、露店が建ち並び多くの観光客で賑わっていた。右側にある広い有料駐車場は若干の空はあるようだが三人いる警備員が(せわ)しなく動き回っていた。

木々が無くなった為、直射日光が東の空から半袖の腕に突き刺さり、暑さはそれほどでも無いものの、夏である事を思い知らされる。

休憩場にあるトイレには登山口のものと同じ時計と温度計があり、9時16分、気温24℃湿度52%と表示されていた。天気予報は一週間分全て太陽のマークになっている。

「休み休みとはいえ、一時間くらいかかったか。十分楽しかったけど思ったようにはいかないもんだな。祐樹に言われた通りの予定にしておいて良かったぜ。」

予定を組むとき、素人の二人は地図の直線距離と歩行速度をかけて行程を計算していたが、ワンゲルの中野祐樹から高低差の分が欠けていると指摘され、当初計算していた日程の倍以上になっていたのだった。

「素人って怖いよな。山をなめると本当、命に係わる。俺なんか小学生よりも『山』ド素人だからここから思い知らされるんだろうな。」

オープンテラスになっている休憩所のテーブル席に腰掛け荷物を下ろす。翔がリュックから二人分の弁当を出している間、露店で聡史が串団子を買ってきた。聡史の分の弁当を渡し、団子を貰う。

「お!これが雫さんたちの手作り弁当か。待ってました。本当にお前と友達になれてよかった。俺の青春に一片の悔いなし。」右手に箸を持ち、拳を挙げて天を見上げる。

『ラオウか?』涼し気な眼差しで聡史を見ながら弁当を開ける。

母親がいない聡史は自炊できるが、楓との面会以降みんなで応援してくれることになり、昨日から寛美や美鈴も翔の家に泊まり深夜から女性陣が弁当作りをしてくれていた。

翔の母親は病院で夜勤当番のため朝まで戻らない。

聡史も泊まり、嬉しさのあまり皆でしゃべり続けたため一睡もしていなかった。

雫が二人を駅まで送った後、女性陣は一休みして昼過ぎから大学のプールに遊びに行くことを聡史だけは知らない。

「あんたのは、美鈴(みーちゃん)が詰めたんだから心して食べなさいよ。」雫に手渡された時、美鈴が「詰めただけだよ。」とはにかんでいた。「ありがとう」と言って受け取った。

「それだけ?」雫に言われるがそれ以上の言葉は浮かばなかった。

テーブルに弁当と団子、水筒のお茶を広げ二人で手を合わせて「いただきます」と言い食べ始める。聡史が一口食べる毎に「旨い。旨い。」と言っていた。

事実、雫たちが作ってくれた弁当は旨かった。中身はシンプルなもので、卵焼きやお浸し、煮物と鳥の照り焼きに、おにぎりが三つだが、今まで食べた弁当の中でもこれほど嬉しくなった記憶はなかった。

今日の予定は、昼過ぎ頃に槍穂神社の「奥宮」に行き、今回は山頂には行かず西ルートに入って簑沢権現山に向かう簑沢峠を縦走して、途中の管理人がいる有料の山小屋で一泊する。ホームページに連絡先があったので予め予約済みである。

奥宮はここから標高で700メートル。少し休んで10時頃には境内から登山道に入って目指すことになる。14時には到着できると計算していた。

食事を済まし、ゴミ箱に分別したごみを入れ、募金ボックスに規定の小銭を差し入れて休憩所を出る。売店でスポーツドリンクを買いリュックのボトルホルダーに差し込んだ。

ミドルレイヤーのマイクロフリースジャケットはまだ着なくても良いと思い何時でも取り出せるように入れ直している。

境内へ向かって歩く。鳥居前町と境内の境に水路があり、石造りの橋を渡り境内に入った。右前に「槍穂神社」と石柱の社号標がある。

大鳥居の前に来た時、風が吹いた。

「へっへっへ。大歓迎だな。」聡史が翔を見てドヤ顔で言う。

「俺たちが。だろ。」翔も笑い出す。

ハイタッチして、改めて姿勢を正し、深い一礼をする。

大鳥居をくぐり御神門でも頭を下げてから境内に入るとどこからともなく、ふわりとした桜の香りのそよ風が舞った。二人は周りを見渡すが当然桜の花は咲いていない。

「なんだ。今の。桜餅でも売ってるのかな。翔も感じた?」聡史が聞く。

「ふわっとした芳香だったな。体が軽くなるような・・・」

翔が応えていると手水舎(てみずや)で巫女と水盤に花を浮かせていた男性の神職が歩いて来た。

「ようこそお参りいただきました。大神様から御歓迎いただきましたよ。登山ですか?」

浅葱色(あさぎいろ)(はかま)を履いた二十代後半の神職は二人に言う。

「はい。これから奥宮へ登り権現山に向かう予定です。歓迎って、鳥居くぐる時の風の事ですか?」翔が応える。

「風も吹いたんですか?それは凄いな。私が言ったのは御神門を入った時の春風の事です。桜の香でしたよね。御祭神の木花開耶姫命は桜の神様なんです。何年かに一度くらいの御歓迎です。良い旅になりますよ。」神職は笑顔で話してくれた。

境内に入ると目の前に大きな神楽殿がありその手前に狛犬が神域の守護をしている。狛犬の左手前に神職がいた手水舎があり、巫女が一人で花を並べている。対面の摂社が三棟あり、お祀りされている神様の名前が書いてある様に見えた。神楽殿の手前で左右に分かれた参道があり右には「宝物殿」左には「社務所」と看板が掲げられている。思っていたよりも広く大きな神社であった。境内を見回してある事に気付く。

「あの。この神社の狛犬は普通の神社の物とは違うんですね。」翔が訊ねる。

「ええ。神社の御神使(しんし)様は狼の御姿をされております。大神祭(おおかみさい)では御神使様の物語を舞うのです。来年、御機会ありましたら、いらっしゃってください。」

神職は神社の起こりや大神祭について説明をした。

寛美が語った「大神祭」の起源を思い出す。自分との関係に思いを馳せた。

『次は家族で来よう』強く思う。

神職と話していて聡史の気配がない事に気付く。キョロキョロしていると神職が笑顔で手水舎を指差した。

「・・・いつの間に・・・。」巫女の花桶を持って楽しそうに手伝っている。

『あいつは本物だ。』がっくりと肩を落とし神職と一緒に手水舎へ歩く。


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