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会話を終え、診察室に三人は入った。先ず、翔が診察台に座り服の上から背中を触られる。両肩に楓が触れると、肩甲骨が開き体内で何かが蠢く感覚があった。その何かが体中を巡り、また肩に戻ると違和感は無くなった。
「うん。元気になってるわね。感覚分かった?」楓に聞かれ、ありのままを答えた。
「大きな危険を感じたら、頭に浮かんだその子の名前を呼ぶのよ。助けてくれるから。」
『楓さんは誰かに教わってやっているのではないから、表現方法が独特なんです。』深山の話しに出て来た叔父の史隆が宗麟に話したという内容を思い出し、そういう比喩的な事だと理解した。
代わって聡史が俯せになり腕を上げて力を抜くように言われた。言われるままの姿勢を造り、身を任せる。楓が両足を持ち、踵を合わせて開閉する。聡史の大きな足を事も無げに楓の小さな手が動いて行く。左足の踝の下に親指を差し込むと聡史の右腕が浮かんだ。暫くの間その状態が続き右腕が下がると楓は指を離し、「曲線」「中瀆」「腰愈」と動き「命門」を押さえ「ほい!」と言って指を離した。「えい!」と言って、聡史の左足を両手で持ちあげる。海老反りのような姿勢、プロレスのハーフボストンクラブをかけられている状態になった。「どう?」と言われた聡史は「あ、気持ちいいです。違和感なくなりました。指先の痺れも無いです。」と言った。さらに右足も同様にしたが何の痛みも感じなかった。仰向けになり前屈をすると信じられないくらい腰が伸びた。
「あとは、癖になっている腰をかばう歩き方を意識して直していけば筋肉が着き直すよ。心配なら鍼や電気治療でほぐしながらリハビリ療法で矯正すれば完璧。またバスケットボール出来るようになるよ。今後の君次第。」
「本当ですか?できますか?バスケ。」また聡史の目から涙がこぼれている。
「翔君も同じころには違和感が完全に無くなると思うよ。二人で頑張ってね。」
窓の外、オリーブの木にメジロの群れがやって来て枝にとまり、羽を休めてさえずっていた。