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朧 OBORO  作者: 悠良木慶太
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「まず、槍穂岳みたいな山岳地帯の真ん中に人が居住して文化圏を有していたのかという疑問があると思うけど、神社の古文書には、槍穂神社は今から五千年前の縄文時代に今の境内にもある磐座(いわくら)を御神体として祀り、神籬(ひろもぎ)を設けて祭祀を行った事が由来とされている。この磐座を中心に環状集落が形成され今の神社の原型につながって行った。さっきも言った通り縄文時代には人が社会的生活をこんな山奥でも営んでいたという事よ。土器を造り、食べ物を貯蔵して定住していた。君たちが実際に行く時、機会があったら見に行くといいんだけれど、神社の本殿裏手に横穴があって、岩塩の採掘場があったとされている『神域』があるらしいのよ。海まで行かなくとも、塩の調達はある程度まかなえたという事。何故かきちんとした調査は行われていないけれど、この槍穂岳には東北や日本海側に見られる大型の竪穴式住居があったみたいで、冬期に集落全体が集まって、共同で土器の作成を行うコミュニティがあったようなの。まあ、横浜にも加賀原遺跡に大型の物が見つかっているから不思議な事ではないけど、標高600メートルの山奥には稀な存在なの。一般的に縄文人の生活はアニミズム、自然崇拝が中心でシャーマンが祭祀を取り仕切っていた。邪馬台国の卑弥呼をイメージすると分かりやすいかな。でも邪馬台国は二から三世紀にあったとされる弥生時代の国家だから、槍穂岳周辺の集落は規模も小さく、時代も少し前だった。原始的、と言ったら語弊があるけど、おそらく自然若しくは天との繋がりを意識した精神性の物や天文的なものであったと思う。この信仰が時代を経て『山の神』へと信仰対象が明確化、具現化されて、神道の影響を受け『神社』へと形式化されて行く。当初の信仰の対象は、山に住む彼らが恐れていた獣や自然現象。山火事や落雷、地震は勿論、縄文時代の後期から晩期にかけては急激に気温が下がって世界的な寒冷期が訪れていた不遇の時代があって、気候変動を含んだ自然そのものを『神』として祀っていた。それに、純粋に闇は今よりも深かったはずだから普通に夜は恐怖だったと思う。そういったものを信仰によって自分たちの行い、猟場や採取先を決めていた。縄文時代は貧しいながらも平和な時代とされていて、狩猟や採集は不安定だった分、必ず平等に分配されて個人の能力に合わせて社会参加できる世界を形成していて、他部族間での争いも無かったと思われているの。平野部を中心に弥生文化が浸透してきても、山岳地帯の槍穂岳には文化の波は緩やかにやって来た。そして古墳時代になり、さっき言った、国造が権力を持って統治をしても独自に交流していたようなの。山の民としてね。二人はサンカと言う山地に住む民族がいたのを知っている?差別用語ではなく、今は研究の対象として扱われる人たちだけど、丹沢にも山岳移動生活者として、木地師とか川魚猟を営む集団、蛇取り、山岳運送を行う集団がいて定住する者や移動を続けながら生活する者たちが生活していて、明治になって弾圧されるまで存在していたの。彼らは独自の言語でも会話していたらしくて、秘密の組織で結ばれたネットワークを持っていた。人間としての能力は非常に高かったと私は思うの。書物を残すことは稀で、口伝として語り継がれた民話があったのね。俊君はこの口伝と神社の古文書から共通点を探して、ある出来事と言うか、民話的な物語を見つけたの。」

寛美は話を止め、二人を見た。集中して聞いている姿を見て「続けるよ」と言った。

「時代は、飛鳥。蘇我入鹿が討たれた頃。正史では645年の乙巳(いつし)の変に該当するけれど、古文書には乙巳の変についての記述はない。これは、事件の舞台となった当時の宮中、飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)とは距離もあるから必要な事でなかったかもしれないけど、他の事は詳細に書かれている。私も個人的に興味ある文献ではあるけど、ここでは物語に必要な情報についてだけ言うね。」


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