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朧 OBORO  作者: 悠良木慶太
15/125

15

金曜日。

「なあ、聡史。明日の午後暇?」

午前授業で、課題のレポートを提出してから聡史の机に来て翔は聞いた。

「あん?ちょい待て。あと二行書き足したい事がある。」

聡史は、普段はクラスを引っ張って明るく振る舞うが、努力家で翔程では無いが成績も上位であり、同級生だけではなく教師からの信頼も厚い。残りの二行を書き、提出ボックスに入れてから席に戻って来た。

「明日からの授業って補修組以外何やるんだ?時間割だと物理か、またレポートかな。」

期末試験で追試を言い渡された生徒は全体の10%程度。その試験のための補修講座が明日の土曜日から日曜日を挟んで三日間行われる。合格者たちには課題のレポートが課され、希望者は夏期講習の受付、苦手科目の学科相談の時間が与えられた。今年は二人とも夏期講習はパスする算段だった。

「物理の崎島(さきしま)先生は明日から大学院に戻って、その後Y.PACのチームで伊豆諸島の何処かの研究所に配属される予定らしいから、明日は俺ら自習ってさっき言われたぜ。」

横で話を聞いていた真崎慎也が言った。

「情報が早いな。誰情報よ。信用できるのか?」聡史が聞く。

「顧問の小泉先生がわざわざ来て俺に言っていった。あと、二人とも来週から待ってるからってさ。三年も抜けるから即レギュ待遇だと。マジで来いよ。」バスケ部の話をする。

「あ~。夏休み目いっぱいに予定詰めたんだよな~。残念!」聡史が応えた。

「という訳で、翔!明日OK。それで、何するのよ?」聡史が問う。

「ちょっと、女の人に、一緒に会いに行って欲しい。」翔がまじめに答えた。

『ああ?お前!美鈴がいるのに浮気いー?』聡史と慎也が同時に叫んだ。

二人の声が教室中に響きわたり、皆の注目を浴びる。森澤美鈴は校内でもトップ3に入る美少女であり、幼馴染の翔と付き合っていると誰もが思っている。

皆、餌を撒かれた池の鯉のごとく、わいわいと集まって来る。

「翔!今のでお前は全男子生徒を敵に回したぞ!」慎也が言う。

「全女子生徒もよ。イケメンが何しても許されると思ったら大間違いよ。どこぞの芸能人のように没落しておしまい。」聞いていた隣の席の神谷由衣が言い。集まった女子達が同様の声をそれぞれ言い放った。

凍り付く視線と罵声を浴びて、翔が弁解をしようとするのを手で制し、聡史が立ち上がって皆に両手を振って話しだす。

「まあ、まあ。皆落ち着け。こいつにそんな甲斐性があると思うか。俺も驚いたが、やっと、翔も人並みの恋愛感情をだなあ、芽生え・・・。」

聡史が話し続けるのを、両肩を抑えて座らせてから翔が話の訂正をした。

「違う。違うよ。会ったことない鍼灸師の先生を紹介されたから、その女性の先生の所に一緒に行こう。って言おうとしたんだよ。」

「・・・ああ・・・なんだよ。」湧きあがった教室は一瞬で潮が引くように散開していった。

「美鈴が彼女ってのは訂正しないんだな?」慎也がニヤつきながら聞いた。

「やめとけって。翔は恋愛感情なんて発育してねーよ。大体、こいつ小学生の頃から周りの女子のグレードマックスだから並みの女子じゃ見向きもしないし、必要ともしていない。神に選ばれし恵まれた環境に育ちやがって。どうせ美鈴に対しても、いつも一緒にいたから特別な感情なんてないよー。とかいうクッソつまんねーお利口さんなセリフ吐くのが関の山ってもんだ。」掃いて捨てるように聡史は言い放った。


終業を告げるチャイムが鳴り、係の生徒がレポートの提出ボックスを職員室へ持って行った。同時に室内外の清掃が始まり所定の場所の清掃に散らばって行く。

聡史は翔と一緒に自習室の清掃担当となっていた。作業をしながら翔に聞く。

「さっきの話だけど、どんな人に会うんだよ。鍼灸師って、やっぱり左肩相当痛むのか?」

照明のLEDを取り外し一本ずつ雑巾でふき取っていた翔が応える。

「いや、会った事は無いんだけど、今回の登山について意見を伺うよう、英俊伯父さんと、昨日会った人から言われて、聡史も一緒に行くよう勧められたんだよ。左肩の件も診てもらうよう言われてはいる。一緒に腰も診てもらえよ。あと、十年前の話になるけど、お前の大好きな超絶美人の先生だそうだ。」

「十年前か・・・超絶美人の熟女ってジュブナイル心をくすぐるよな!今年はいい夏になりそうだ。それで、何時に何処に行くんだ?」

LEDを全て戻し脚立を降りてからポケットのカードを聡史に見せた。

『東洋医心研究所』主任鍼灸師 秋月 楓 横浜市綾南区陽光台1丁目32

「陽光台?あんなところに病院なんてあったっけ?丘の上だよな。秋月楓さんっていうのか。美人の予感しかない。つっくづくお前って奴はよー。美女を選別する集積回路でも付いてるのか?一生付いて行く。」

明日の15時に行くと言うと。聡史が自習デスクの裏も拭きながら聞いた。

「ここからだと、歩いても行けるけど、どうやって行く?」

雑巾掛けが終わり二人で机の列を整えて清掃を終えた。掃除用具を持って廊下に出る。

「聞いて驚け!朗報がある。心して聞き給え。ねーちゃんが車出すってさ。」

聡史は硬直して聞き入り感情をため込んでいる。盛大にガッツポーズをしながら叫んだ。

「心の友よ!美熟女に会いに行くために美人女子大生の車に乗るのか!鼻血出そう。」

昨日、帰宅して深山との事を母親に話しているところにバイト帰りの雫が割り込んできて「私も、行く」と言い出した。母もその方がいいわね。と言って雫の同行が決定した。

教室に戻り、終礼で担任から明日は自習になると告げられ、補修予定者以外は下校となった。慎也が見学だけでも来いよ。と言っていたが「はいはい」と言って軽くあしらった。

昇降口で靴に履き替え裏門へ向かう。塀際の樹木で(せみ)が合唱している。体育館の脇を通り抜ける途中、渡り廊下に弓道部の部員達が歩いていた。

真っ白い道着を着て、黒い(はかま)を履いたショートカットの女生徒が一人。他の部員が通り過ぎる中、立ち止まりこちらを見て微笑んでいた。

「誰に?」と思って後ろを見た。周囲には自分たちしかおらず、見返している内にその生徒は弓道場へ向かってしまった。

「へ?誰子さん?今、俺に微笑んでいたよな。よく見えなかったけど清楚系の爽やか美人だったよな。」聡史が言う。

午後の陽射しが強く、屋根からの影で覆われ、顔がよく見えてはいない。

「いや、俺たちだろ?よく見えなかったのに美人だとは思ったんだな?」翔が言い返す。

「何自分の手柄みたいに言ってるんだよ。ちょっと弓道場見て行こうぜ。あんな生徒いたっけ?先輩かな?同級生にはいないよな。こっち側の渡り廊下だから大学生じゃないし。校内の美人はチェック済みなんだけどな。コスプレ分割引してもスタイルといい、絶対に清楚美女であることは間違いない。」言ってさっさと弓道場に向かう。

『コスプレ分って・・・。お前はいろいろ謝れ!それに、お前の美人判定の範囲は太平洋のように広いから自分に微笑んでくれる人はみんな美人になる。』と思いながら、自分の基準も同じことに気付いて聡史を追い弓道場へ向かう。


弓道場は大学構内の設備に附属校生が使用できるようになっていて、大学構内の正面玄関と高校側渡り廊下の二通りの入り口があり、小中学校の生徒達は専用バスで大学構内から入場する。射場(しゃじょう)は大学側にあり、的場(まとば)は高校側にある。丁度、北から南へ向かって矢を射る形になる。そのため高校生は観客席の裏の廊下を通り射場に向かうことになり、歩いている姿は観客席からは見えない。二人は渡り廊下を乗り越えて正面玄関まで廻り、靴を脱ぎ来客用のスリッパを勝手に拝借して、ガラス張りの観客席に潜り込んだ。観客席には数名の見学者と、一年生部員らしき生徒たちが雑用をこなしていた。観客席の中段、射場側に二人は座った。弓道の作法は勿論、ルールも知らないので周りを見ながら静かにしていた。それでも何かあれば集合場所の目印にさせられる長身の二人はかなり目立つ。暫くして三人の男女が射場に入って来た。一年生が空いている席の最前列に移り先輩の立射を食い入る様に見ている。弓道場はミッション系カトリックの大学構内にあるにもかかわらず、小さな神社を祀った鎮守(ちんじゅ)(もり)に接していて、蝉の鳴き声が響きわたっていた。最初の三人が終わり礼をして退場した後、前列の生徒たちがざわつき始めた。

「忍先輩の入場だ。」女生徒たちが興奮している。

新たに三人の男女が射場に入り、礼をしてそれぞれ立射の位置に入った。二人のお目当ては中央の女性である。観客席からは正面を向いているので今回はしっかりと顔が見えた。

「深山先輩だ。」翔が言った。小学校に転入して来て、慣れない学校生活で困ったとき何故かいつも助けてくれた一年歳上の先輩だった。生活にも慣れ、美鈴や麗香たちが面倒を見てくれるようになってからは特に接点はなくなっていたが、誰もいないときには不意に現れて手助けをしてくれていた。これまでも、そしてこれからも同じ学校に通う先輩の姿だった。そういえば、中学の全国大会で優勝して表彰されていたのを全校集会で見た覚えがあった。その時も何か懐かしく誇らしかったのを覚えている。

「しょお~う。お前は、お前って奴は~何故(なにゆえ)先回りして美人をゲットしている。知り合いなのか。深山先輩っていうんだな。」聡史が小声で呻き散らす。

「別にゲットはしていない。っていうか。ゲットってなんだよ。」

本当に鬱陶(うっとう)しくなって聡史を左手で払った。

他の二人はまったく目に入らなかった。翔に弓道の作法についての知識は無い。見とれて眺めていると、近くの席にいた老人が隣に来て静かに解説してくれた。まず、足を開き姿勢を正しくする「足踏(あしぶ)み」。そこから「胴造り」に移り弦に右手をかける「弓構(ゆがま)え」。静かに両拳を同じ高さにあげる「打起し」。そこから弓を引く「引分け」。そして引分けが完成し、静止する「(かい)」。翔だけでなく聡史や後輩たちも釘付けになっていた。なんの知識もない二人は、深山の所作に魅入られていた。蝉の鳴き声すら聞こえなくなった。周りの空気も凍り付いて止まっているように見える。まさに「凛」とした世界。「美しい」ただただ感じた。老人が静かに「離れ」と言うのと同時に弓から矢が放たれ的に吸い込まれていった。

「シャー」後輩たちが叫び拍手をした。

深山は離れの姿勢を崩さず、老人が「残心も綺麗だ。動きに迷いも無駄もない。実に素晴らしい。」と言って元いた席に戻っていった。同時に入場した三人それぞれの立射が終わり礼をして退場した後。深山が観客席の翔たちに小さく手を振って微笑んだ。

後輩たちがキャーキャー言って大騒ぎになった。勿論、聡史も一緒に騒いでいる。

「忍先輩もったいないよね。二連覇かかっているのに今年からは競技には出ないで趣味として弓道やっていくんだって。先生も何度も説得したんだけど逆に説得されて引退が決まったらしいよ。私憧れだったのにな。」後輩の一人が言っていた。去年全国大会で優勝していたことを今知った。

「翔。おい翔!行くぞ。出待ちだ!」聡史が翔の左手を掴んで立ち上がる。

「馬鹿なのか?警察呼ばれるぞ。普通に。煩悩の塊め。もう、お前帰りに教会寄って懺悔しろ。」舞い上がる聡史を置き去りにして正面玄関に向かう。解説してくれた老人を見つけてお礼を伝える。「これを機に、弓道に興味を持ってくれると嬉しいな。」と言われた。

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