5頁 始まりの始まり
夜明け前のミラル王国。少し日が上り始めた頃。
1人の魔導士が、まだ眠るミラル王国を歩いていた。
「現状報告。ナギサが元”教会”メンバーと接触した模様。恐らく、例の魔導書を狙ってかと」
レイズの使い魔である青い鳥が、右手に飛び乗り報告を終えた。
「かなりまずいことになったわね……」
口元に手を寄せ、レイズは思考した。
「奴らは魔導書のことになると見境なく行動を起こしてくる。今回もすぐ動き始めるとは思ったけど、こんなに早いとはね」
「早急の魔導書回収を提案する」
肩に乗った青い鳥がそう言った。
「いえ、私達も”奴ら”に狙われている身。無闇矢鱈に行動を起こすのは危険だわ」
「しかし、近いうちにまた奴らが行動を起こすのも事実。」
「……とりあえず今は、ナギサに任せるしかないわね。ここで下手に出れば奴らに何されるか分からないし」
レイズは歩みを進める。
「それともう1つ報告。”教会”メンバーとは無関係の人間が魔導書を狙っている様子」
「なんですって……まさか!」
なにかに気付いたように、レイズは足を止めた。
「最近動きがないと思ったらそういう事だったのね…!」
「……追っている”目的”が、この国に潜んでいると」
「道理で別の国じゃ見当たらないわけだわ……」
はぁ、と溜息をつくレイズ。この時期の朝はかなり寒いため、吐く息が白い。
「となればやることは明確ね。私はこれから家の方に向かう。貴方は引き続き”目的”の偵察と、ナギサの護衛をお願い。ナギサには気づかれないように、何かあったらすぐ知らせて」
「御意。」
青い鳥は、少し明るくなってきた空に飛び立った。
「ここで全てが繋がるとはね……」
日はすっかり昇り、辺りは明るくなっていた。
「とにかく急がないと。あの魔導書と、ナギサが狙われているとなれば」
そうしてレイズはまた歩き始めた。
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目覚まし時計を右手で強く殴り、起床した。
修行のおかげもあってか、最近では朝早く起きるようになり、遅刻もほぼ無くなったのである。前の生活リズムが狂いすぎてたからいい生活になったと感じる。
今日は金曜日。今日が終われば2日間の休みだ。頑張ろう。
ゆっくり朝食を食べた後、いつものように準備をして家を出た。
始業時間まではまだ1時間以上の余裕がある。ゆっくり行こう。
朝はやっぱり寒い。まだ9月なのにかなり寒い。
冷たい手を擦りながらミラルの市街地を歩く。
いつもと変わらない日常。平和だなぁ。
最近は早起きが多いため、余裕をもって登校することが出来るようになった。いやまあ当たり前と言えば当たり前なんですけれどもね。
数週間前の色々とギリギリな生活とは大違いだ。今の生活の方が気持ち的にも余裕あるしいいかな。
歩くこと20分。始業時間まで40分の余裕を残して登校。
朝早いからか、まだ人はあまり来ていない。
昇降口から校舎に入り教室に向かう。他のクラスを見てみても教室内に1人、2人といった具合だった。
そして私のクラスは……よし、私が最初。
ドアを開けるが、中には誰もいなかった。
さて、適当に始業まで本でも読んでますかね……
自分の机に座り、腰掛けの鞄の中に入れておいた小説を取り出す。
ちなみに魔導書もこの鞄の中に入っている。家に置いておくと以前のように誰かに盗られかねないからだ。
…………。
なるほど、この主人公はヒロインを愛してやまないけど告白すると呪われると……ふむふむ。
うーん、面白いな。帰って続きを読もう。
数十分同じ姿勢で本を読んでいたため、体が少し痛い。
ぐーっと身体を伸ばし、ふと時計を見てみる。
……あれ?もう始業時間だぞ???
始業時間を過ぎているのに、まだこの教室には誰もいない。あれ、もしかして今日休み?
念の為他の教室を見て回るも、どこも人はいなかった。
不安になったので廊下の壁に掛けてあるカレンダーを見てみる。
……やっぱり今日は金曜日。普通なら学校がある日。
どういうことだろう?
職員室に向かってみる。……しかし、誰もいなかった。
うん。これは臨時休業だな。うん。先生いないもん。
とりあえず帰ろうと思い、教室に置いてある鞄を回収する。
平日なのに、休みとはなあ……。一気に暇になってしまった。
昇降口に向かって歩いていると、何やら人の声が聞こえてきた。
あれ、やっぱり今日学校あるの?
声がする方に走ってみる。
昇降口につき、外を見てみると、多くの生徒と教師が校門の外に出ていた。
耳をすまして、人々の声を聞いてみる。
「……え?今日休み?」
「なんか学校の中に不審者がいたんだって」
「えー怖いー」
「……先生方、一度お集まりいただいて……」
うん。これはあれだ。完全に逃げ遅れたんだな。本読んでると外の音が聞こえなくなるからね仕方ないね。
さて、私もその不審者とやらに見つからないように帰りますかね……
……と、そう思いながら外に出ようとした時。
「あいて!!!」
ドン、という音を立てて壁にぶつかってしまった。
へへへ……疲れてるのかな……
しっかり前を見て、外に向かう。しかし。
「あいて!!!!!」
やっぱり壁にぶつかってしまう。
どういうことだ?よほど疲れてるのか私は。
少し気になって、外に向かって足を出してみる。
……しかし、水の波紋のようなものが出て足は見えない壁にぶつかった。
…………うん。これはもしかして閉じ込められたってやつ?
一応もう1回外に向かってみる。
「いって!!!!!」
……やはり出れない。見えない壁に外に行くことを妨害されている。
あれ、これもしかして状況やばい?
とりあえず校舎のもうひとつの出口に向かってみよう。
広い校舎を走ったのでかなり息が切れた。
さて……ここから出れるはず……
「くぁwせdrftgyふじこlp」
しかし、こっちにも見えない壁が張られており、出ることは出来なかった。
壁にぶつかりすぎて遂にネットスラング出たわ。なんでや。
ここで1度状況を整理してみよう。
まず、校舎の中に不審者がいるのは確定。私は逃げ遅れた挙句校舎から出ることは出来ない。あの壁が張られているから外の援護も期待できないと。
……あれ?詰み?
そんなことを考えていたその時だった。
コッコッ……と、足音が聞こえてきた。
やっぱりこの校舎の中に不審者が……?
足音を立てないよう注意しながらゆっくり逃げる。……が。
「ドンガラガッシャーン!!!」
「あ」
言ってる側からこれである。裏口の倉庫スペースに置いてあったアルミ缶を蹴り、缶の山が倒れてしまった。
「─────!!!」
「誰かいるのかァ?」
男の声が聞こえてきた。
もうこうなったら取るべき手段はただ一つ。
そう、全力で逃げる───!!!!
「逃げてんのかぁ?無駄だよ!!!」
男の声が近づいてきた。このままでは追いつかれてしまう。
私は走りながら、鞄の中にある魔導書を取り出した。
「身体増強魔法『ブースト・レグ』!」
脚力増強の魔法。練習でしか使ったことがなかったが、何とか上手くいった。
このまま走って屋上まで向かう。
「鬼ごっこか、楽しいなぁ!」
男の声が少し遠くなった。いける、これなら撒ける……!!
「なるほどね、魔法使って逃げてるのか」
「へっ!?」
「じゃあこっちも遠慮なく……!!」
男が立ち止まり、何かを腕にはめていた。
まずい、とにかく逃げないと……!
「『ワープラ』!!」
男がそう叫んだ次の瞬間。
「残念だったな、鬼ごっこはここまでだよ」
目の前に突如として、声の主である男が現れた。
「なんだと……!!!」
勢いがつきすぎて減速が出来ない……!!
「せーのっ」
止まることが出来ないまま男の元に突っ込んだと同時に。
「おらぁ!!!」
男は止まることが出来ない私に向かって足を強く振り上げた。
「うっ!!!!!」
腹部を強く蹴られ、そのまま廊下の奥まで吹っ飛んでしまい、轟音とともに私は壁に強く打ち付けられた。
「いっ…………」
私はそのまま立ち上がれなくなっていた。今まで受けたことの無い衝撃に、私の体が耐えられなかったのだ。
「さぁて、これで終わりか。んじゃ、魔導書を頂くとしようかねぇ」
男はそのまま、走って私の元に近づいてくる。
万事休す……か。
立ち上がろうとするも、やはり腕に力が入らない。
誰か……助けて……!
「か弱な女の子を虐めるなんて、貴方らしいわね」
「誰だ!?」
突如としてどこからか声が聞こえてきた。
というかこの声、まさか…!
「『レイ・アロー』!」
私の目の前に光の矢が現れ、それは走る男の方に向かって一直線に飛んで行った。
「『タクト・ウォール』!」
男は地面から壁を出し、間一髪のところで光の矢を全て防いだ。
「全く、私の娘に手を出すとは、どんな度胸なのかしらね」
間違いない、あれは───!
「お前は……レイズ!」
「母さん………!」
転移魔法の光とともに目の前に現れたのは、私の母である魔法の杖を持った魔導士、レイズだった。
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「あなた関連の事件を追っていたらまさかここに辿り着くとはね。もう逃げられないわよ、アル」
アルと呼ばれたその男は、焦った様子を見せながら話した。
「へっ、邪魔が入ったかよ。めんどくせえ。」
少しの笑みを浮かべながら話す。
「ナギサ、大丈夫?」
「ま、まあなんとか。まだ立てないけど……」
「そう。ならよかった。私がここでこいつを食い止めるから、貴方は逃げて!」
「そうしたいけど、そのアルって男が出口に魔法の壁を張ってて出れないんだよ」
「それなら大丈夫、もう割っておいたから」
「さすが母さん、頼りになる」
そうしてナギサはよろけながら立ち上がる。
「よし、やっと立てた。」
「何をごちゃごちゃ話してんだぁ?」
アルが少しづつ、母娘の元へと近づく。
「別に、貴方が馬鹿だねって話を」
「その話、興味があるから聞かせてくれよ」
そう言って、アルは片手に魔法で長めの棒を創り出し、握りしめながらレイズの元へ接近した。
「へはははは!」
アルは狂ったように笑いながら近づいてくる。
「はぁ。全く、貴方も『あの人』も、どうしてこうなったのかしらね」
「母さん、あいつは……!」
「問題ない。もう慣れてるから」
そういいながらレイズは杖をアルの方に向ける。
「『レイ・アロー』!」
光の矢が数百本現れ、全てアルの方に向いた。
「行け!」
レイズが叫ぶと、光の矢は勢いよく走ってくるアル目掛け発射した。
「そんなもの!」
アルは立ち止まり、棒を回転させながら光の矢を弾いた。
「私と貴方、どっちが先に潰れるか勝負ね」
「望むところだ!」
レイズは無数の光の矢を、アルは棒を回転させながら接近する。
一方ナギサの方は。
「そそくさそそくさ……」
アルに気付かれないように後ろに回り込んでいた。
「私だって……!」
校舎の中を遠回りし、静かにアルの背後に近づく。
そしてナギサは手に持っていた魔導書を開いた。
「闇魔法『ブラックホール』!」
アルの背後に、何でも吸い込むブラックホールが出現した。
「なんだ?なんか吸い寄せられてる気が……」
アルが後ろに振り向く。
「おいまてこれはヤバい……!!」
レイズの絶え間ない攻撃を弾きながら、アルはブラックホールに吸い込まれて行く。
「ちっ……面倒くせえな!!」
アルがナギサの方に向かってパチンと指を鳴らす。
すると、ブラックホールが爆発し、そのまま消えてしまった。
「!!」
「魔力を死ぬほど消費するからあまりこの技は使いたくなかったが」
「いいこと聞いちゃった♪」
「あっ待って今のナシ!!」
「ナギサ、後ろから支援をお願い!私はこのままこいつを前から抑えるわ」
「りょーかい!」
狭い廊下に男が1人、挟み撃ちにされた。
「……っ!!」
レイズが前方、ナギサが後方から、絶え間なく魔法を放ち続ける。
その度にアルはブラックホールを消滅させる、消耗戦に入っていた。
「いい加減倒れないかしらね?私もそろそろ限界なのだけれど」
アルは既に息が切れていた。
「悪いが、こっちもこのまま引けないんでね!」
しかし、アルは倒れない。……が、その時。
「あ……もう……無理……」
ナギサがブラックホールを放った後に、そのままバタンと倒れてしまったのだ。
「ナギサ!!大丈夫!?」
「……へっ!バカだな!」
アルはワープラを使い、レイズの背後に回り込んだ。
「っ!!」
レイズが咄嗟に振り向く。
「どうやらチェックメイトみたいだなぁ、魔導士にその娘さんよぉ」
「そうかしらね?私はまだまだやれるけど」
引きつった笑みを浮かべながらレイズは杖を握る。
「母……さん……」
ナギサは、先程の衝撃もあって既にボロボロだった。
「大丈夫、ナギサ。あとは私が片付けるから」
倒れるナギサの方を向きレイズはそう言った。
それを遮るように、アルが口を開く。
「あーわかった。まずはそいつから始末してやるよ」
「!?何だと!?やるなら私をやれ!」
「お前だけでも厄介だがそいつが居ると更に厄介なもんでなあ。大丈夫、痛くしないから」
そう言いアルはナギサの前に再びワープした。
「やめろ!」
レイズはすかさず光の矢でアルを囲んだ。
「指1本触れてみろ。その矢がお前を串刺しにするぞ」
「……へぇ。」
アルはパチンと指を鳴らす。
すると、光の矢はガラスのように割れ、消えた。
「……本当に、厄介な力だわ。『スペルブレイク』。」
「良くぞご存知で。」
レイズは先の戦いでかなり魔力を消費していたため、思うように体を動かすことが出来なくなっていた。
倒れそうになるレイズを後目に、倒れたナギサの方へと歩く。
「何を……する気だ……!」
「大丈夫、計画に邪魔だから”消す”だけだよ」
アルはナギサの周囲に魔法陣を展開した。
「知ってるか?『ワープラ』って自分以外にも使えるんだぜ?」
「ま、まさかお前……!」
力を振り絞りレイズが立ち上がる。……が。
鋭い電流がレイズの体を走った。
「──!!」
痺れたレイズはそのまま倒れ込んだ。
「全く、電気魔法は趣味じゃないんだがな。おまけに魔具まで消費させやがって」
割れた水晶のような玉を捨て、アルはそのまま詠唱した。
「『ワープラ』!!」
ナギサの周囲を取り囲んだ魔法陣が光り、光が消えると共にナギサが消滅した。
「!!!!!」
ナギサは、跡形もなく消えていた。
「これで邪魔者はいなくなった。あとはお前だけだ、レイズ」
「ふ、ふふふ、」
ゆっくりとレイズは立ち上がる。
「何がおかしい?たった今、お前の娘が転移されたばかりだが?」
アルは少し笑いながらそう言う。
「知ってるわよ……でも貴方、とんでもないミスを犯しているわね」
「ああ?なんだ?」
ようやく立ち上がったレイズは、アルの方を指さして言った。
「貴方、魔導書も一緒に転移させちゃってるわよ」
レイズがそう言った瞬間、まるで時が止まったかのように数秒沈黙した。
「…………へ?」
「呆れた。敵ながらあっぱれだわ、そういうとこ」
アルは表情を崩さず、魂が抜けたように後ろに倒れた。
アルはそのまま少し震えていた。
「ほんと、何年経っても馬鹿ね、貴方は。」
正門前には、未だ多くの人が混乱に巻き込まれていた。
「すいません、通して下さい!」
その人混みの中を、白衣を着た1人の人物がすり抜けて行く。
「あれは……」
レイズはアルを引き摺りながら正門前に戻ってきていた。
「おーいた。レイズさーん。無事ですかー?」
手を振りながら、駆け寄ってきたのは。
「ハイジ先生。なぜこんな所に。」
「ここであった騒ぎを聞きつけて、レイズさんとナギサの様子を確認しに来たんです。……って誰ですか?この泡吹いて白目剥いてる男は」
「ああ、これ。これは今回の事件の黒幕よ。これから警察に突き出すつもりなの」
「なるほど……ところで、ナギサは?」
「…………」
レイズは俯いた。
「……まさか」
ハイジも何かを察した様子だった。
「この男に、転移魔法でどこかに飛ばされたわ。行先の見当もつかない」
「そ、そんな……使い魔に調査させてみては?」
「行先の手がかりがないから、いくらこの子でも無理があるわ。」
「…………」
2人は少しの沈黙をした後、こう続けた。
「とりあえずまずは学校の方を片付けましょう。ナギサの件については後ほど、対策を考えましょう」
「そうね。幸い、魔導書も持っていってる事だし。」
レイズは警察にアルを引き渡した後、混乱する生徒たちを帰らせ、学校の教師と共に校内を片付けた。
「先生、ナギサについてなんですが……」
「……分かりました。無事に帰ってきてくれるといいですね。」
教師に軽く挨拶をし、レイズは学校を後にした。
「ナギサ…………」
レイズは、晴れた空を見上げる。
レイズに出来ることは、ナギサが無事に帰るのを祈る事だけ。
そうしてレイズは、ハイジの居る研究所に向けて歩き出した。
これにて第1章完結です。ナギサの運命やいかに。