2頁 引きこもりの魔導士って存在するんですか?
『…………わかりました。レイズさんもお気をつけて』
「ええ。では、よろしくお願いします。先生」
電話を切り、携帯電話機を小さな鞄にしまった。
真夜中のミラル王国、ビルの明かりが辺り一面に広がる。
とあるビルの屋上に、その女性はいた。
「いつまであの男に振り回されればいいんでしょうね……」
はぁ、というため息を交え独り言を呟く。
「結局あの男を追っていたらミラルに帰ってきてしまった。さっさとこの件を片付けて、あの子の顔を見たいわね」
ビルの端っこにある手すりに手を掛け、ミラルの夜景を眺める。
「それにしても、まさかあの子まで巻き込んでしまうことになるとはね。なるべく穏やかに終わらせたかったのだけれど、そういう訳にもいかないようね」
風に当たりながら独り言を言っていると、1羽の青い鳥が飛んできた。
「あら、帰ってきたのね」
青い鳥は、彼女の右腕に乗った。
「それで?何かあったの?」
(”奴”の手がかりについてはまだ。ただ、他にあるとすれば1つ)
青い鳥は声こそ発していないものの、彼女の頭の中に直接話しかけている。テレパシーのようなものだ。
(あの家から発してる膨大な魔力源に動きがあった)
「膨大な魔力源……『魔導書』か」
(恐らく。例の『魔導書』が発見されて持ち出された可能性大)
「…………やはり」
何かを閃いたように、顔を上げた。
「ナギサ……やっぱり見つけたわね」
彼女の名はレイズ。魔導士にして、ナギサの母親である。
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昨日、突如として私の家の隠し部屋が現れた。
17年もこの家に住んでいるのに、今まで知らなかった。
入口は割と目立つところにあったが、それでも今まで気づかなかったのは何故なのだろうか。
…………まあいいか。とりあえず。
週末の土曜日。今日は休日なのでゆっくり寝れる。
……のだが、珍しく私は早く起きていた。
6時半とか、どうしたんだ私は。
普段は全く朝に起きられないので、正直かなりビビっている。
心当たりがあるとすれば、昨日の隠し部屋で見つけた「クロエの魔導書」のことだろう。
まだ本物かどうかはわからない。なので、今日は知り合いの先生のところに行く。
恐らく、それを楽しみにしすぎたせいでこんなに早く起きてしまったんだろう。そういうことにしておこう。
ゆっくりと朝食を食べ、着替えて外に出る。
土曜なのにも関わらず、市街地には人が多い。
みんな仕事なんだろうなあ。大変だ。
この市街地から数km歩くと郊外に出る。
少し前までの大都市のような風景とは変わり、住宅が立ち並ぶ住宅町。さらに街の外へ行くと大きな平原が広がっている。
ミラルは元々は小さい国だったらしい。急激に発展したとはいえ、国全体としての土地はあまり大きくはない。
それでも、ミラル地方の中では中心の国として位置するミラル王国。まあ地方名にもミラル入ってるし当然か。
目的地は住宅街を抜けたもっと先。
ちなみに、徒歩換算だととんでもない距離と時間が出るので今日は自転車に乗ってます。文明の利器には頼らないとね。
自転車で住宅街を駆け抜けること数十分。大きな平原に出た。
毎回思うのだが、住宅街と平原の境目があまりにも突然すぎる。
家があったと思ったらその隣は平原。もうちょっとなんか建てられなかったのだろうか。
それでも、まだこの国は開発途中だという。この平原もミラルの土地のため、まだまだ街は広がっていくようだ。
平原とはいえ、何も無いわけではない。昔使われていた道のようなものは普通に通っているし、家もちらほらと建っている。人が住んでいる家もあれば、もぬけの殻になった家もある。
昔のミラルの面影がまだこの平原にはある。歴史を学ぶ上ではいいらしいけど私にはその良さがわからない。歴史興味無いからかな。
向かうのは、この先の丘にあるぽつんと建っている一軒家。煙突からは煙が出ている。
そこまでは道が繋がっているので自転車でも割と行ける。ただ、丘に行くために上り坂を登らなければならないので少々キツイ。
最近自転車に乗る機会もなかったのでそれも相まってかなり体力の限界が近い。あれ、こんなに体力なかったっけ…………。
息切れしながら自転車を漕ぐ。目的地はもう目の前だ。
この丘の上り坂が最後の踏ん張りどころ。
強くペダルを漕ぐ。
「はぁ…………しんど…………………」
そうしてなんとか目的地である一軒家の前に到着した。
自転車から降り、その場に座り込んだ。
今度から自転車に乗る頻度増やそうかな……
この家は、家屋の周りを小さい塀のようなもので囲っている。
その外に自転車を置き、家へと向かった。
ドアの前に立ち、呼び鈴を鳴らす。
呼び鈴からジリリリリリ…………という音が鳴る。
しかし中から反応はない。
あ、これ多分開いてるやつだ。
試しに木製のドアノブを回し、ドアを開けてみる──
ガチャっという音を立てドアは普通に開いた。
「あ、ナギサ。いらっしゃーい」
物が所狭しと置かれ、人ひとりが入るのがやっとと言った広さの家の中から、白衣を着て丸眼鏡をかけた、いかにも研究者といった感じの女性が出てきた。
この人こそ、私の知り合いの先生のハイジ先生である。
散らかった家の中に入る。なんかこの前より散らかってない?
「おはようございます、先生。人がいるとはいえせめて鍵は閉めませんか?」
「いやー別にこんな所にまで人来ないからいいかなーって」
先生は明るいトーンで話す。
ハイジ先生とは、私が13歳の時に知り合った。私の母さんと先生が元々知り合いで、その時とあるきっかけで私と知り合った。
まあとあるきっかけというのはここで語るには少々長くなるので今回は割愛させていただきますと。
ちなみに魔法の一通りの使い方を教えてくれたのも先生である。その時は母さんも一緒に教えてくれたが、母さんが鬼教官すぎて涙目になったのを今でも覚えている。
先生と話しながら、いつもの狭い研究室に入った。
ここも大分散らかっている。めっちゃ片付けたい。
「それでー?今日は何かの用事?」
「はい。実は昨日家でこんなものを見つけまして……」
私は腰掛けの鞄から、例の『クロエの魔導書』を取り出し、先生に見せた。
「これ、私がいつも学校で見てる『クロエの魔導書』にかなり似ているんですけど、本物かどうか分からなくて」
「えっ!!!ちょっ!!!!待って!!!!」
先生は急に立ち上がった。
「えマジで!?!?これあの『クロエの魔導書』!?」
普段のおっとりとして、明るい口調の先生とはかけ離れている。まるで別人である。
「…………あー失礼。ちょっと待ってて」
急に落ち着くと、先生は今いる部屋の奥にある部屋に入っていった。
数分後。
「ナギサー、これちょっと鑑定してみたけど本物だわこれ」
「本当ですか!!!?」
驚きのあまり、身を乗り出してしまっていた。
「うん。だけど…………」
「だけど?」
「この魔導書に書いてある術式、ほとんど上位とか極魔法でナギサにはまだ使えないかもしれないね」
え?
「それはつまりその魔導書を使おうとしても使えないってことですか?」
動揺しすぎて全く同じことを聞いてしまった。
「そういうこと。練習を続ければいつかは使えるかもしれないけど……」
「そうですか…………」
そんな気はしてた。私はまだ見習いだから、使える魔法も少ない。
「まあでも今言った通り、練習すれば使えるようにはなるけどね。どうする?これ使ってみたいなら付き合うけど」
「いいんですか?」
「いいよ。私もこれでも魔法学研究してる身だし。」
「ありがとうございます、先生」
こうして私は『クロエの魔導書』を使えるようにする修業をすることになっt
「あっ!そうだ!」
……ちょっと食い気味に話し込んでこないで下さいよ。
「どうしたんですか?」
「そういえば今この家に私ともう1人、優秀な魔導士がいるんだったわ」
ごめんごめん、と笑いながら言う。
「そういう大事なことはもっと早く言ってくれません?」
「いやー、私としたことがすっかり忘れてたよー」
ダンボールに埋もれそうな、「立ち入り禁止」とか、「入るな」とかいうあまり穏やかじゃなさそうなステッカーが貼ってある扉があった。
ここが、先生の言う優秀な魔導士がいる部屋だという。
「ここが、私の姉の娘が住んでる部屋。あの子は5年前に引っ越してきたんだけどねー、ずっと引きこもりなんだよ」
「引きこもり?」
「そ。あの学校に行ってみたはいいものの合わないらしくて、引っ越し来てからずっとこの状態」
「なるほど……」
人それぞれなんだなあ。
「この時間なら恐らく起きてるから、試しに呼んでみようか」
先生が扉をコンコンとノックする。
「誰かいますかー?」
先生、それは私のセリフです。あなたの所なんだからいて当たり前でしょう。
「……何でしょうか」
扉の奥から、少し低い女性の声が聞こえた。
「いやさ、知り合いの子が面白いものを持ってきてくれたからあなたにも見せようと思って」
「……どうでもいいです。寝させてください。」
1ミリも興味を示してくれなかった。
「えーいいのー?私が今持ってるの、あの『クロエの魔導書』なんだけどなー」
先生がその一文を言った瞬間、部屋の中からドタバタと音がした。
「本当!!??!?」
──と思ったら勢いよく扉を開け、中にいる女性が出てきた。
その反動でドアの前にあったダンボールはもれなく全部吹っ飛んだ。なんなら私にも当たりました。痛いです。
「あ…………知らない人……」
さっきの勢いから一転、声が小さくなり縮こまった。
あれ?この人もしかして私と同じくコミュ障?
一旦落ち着き、リビングに置いてある椅子に私、机を挟んで先生、そして魔導士さんという並びで座った。
「改めて紹介すると、この子は魔導士のレール。」
先生はレールさんの背中に手を当てる。
「は、はは初めまして。あ、あの私、レールって……言います……」
先程の私の中での「暗めのクールな人」という印象から、一気に「コミュ障仲間」という印象に変わった。人と話せないの、すごい分かりますよ。
「年齢は20で、一応魔導士やってます……得意魔法は属性魔法、主に光と闇です」
「どうも、私はナギサです。ハイジ先生の知り合いで、クロエ魔法学校に通ってる絶賛魔法練習中の17歳です」
決まった。完璧な自己紹介。
クラス替え初日にコケに転けまくったあの自己紹介は二度とやりません。今思い返しても厨二全開の自己紹介なんて恥ずかしすぎた。黒歴史だわあれ。
「魔法学校……私もあの学校には少し通ってましたが……どうにも合わなくて……」
レールさんは俯き気味で話す。
「ま、まあでも、魔法は独学でも出来るしたまにハイジさんにも教えてもらってるので、人並みには使えますよ」
顔を上げて私の方を向き、意気揚々と話す。
「という訳だナギサ。どうだい?一緒に魔法の練習してみるかい?」
先生が、私に聞いてきた。
答えはもちろん、
「はい!是非宜しくお願いします!」
「うん、いい返事だ。じゃあとりあえず、明日から早速始めようか」
「分かりました!」
こうして私は、先生とその親戚のレールさんのもと、魔導書を使うための魔法修行を始めることになった。
──それは、私の運命が大きく動き始める3週間前のことだった。
ちなみに先生の得意魔法は治癒魔法らしいです。
前回の裏話をすると掛け声ネタで「ソイヤ」があったんですがあれは没になりました。地味に恥ずかしかったんですよね、自分で書いておいてですけど