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第八話 増殖バグと、リスポーン

 気が付くと、真っ赤な空が目の前に広がっていた。

 遠くに鳥の声が聞こえる。

 むせかえるような草木のにおい。


 ……そうだ、ここはジャングルのど真ん中なのだ。

 そして、昨夜まで遺跡があった場所に、僕は横たわっているらしい。


 全身に痛みを感じながら身を起こすと、すぐ近くでアローネが焚き火に(まき)をくべていた。

 彼女は白い綿の上着に革のショートパンツという格好だった。

 プワルが貸したものだろう。言ってはなんだが――胸のあたりが窮屈そうに見える。


「クロウ……!」


 視線が合うと、彼女はすぐに駆け寄ってきて、僕を抱きしめた。

 気恥ずかしさよりも、二人とも無事だったという安堵を強く感じた。


「アローネはなんともない?」


「ええ、大丈夫です。何があったかも、少しずつ思い出してきました。……私のせいで、旧神を解き放ってしまったのですね。そのせいで、大賢人は……」


 涙声になる彼女に、僕は気にしちゃいけないと言い聞かせた。


 プワルのことならきっと大丈夫だろう。

 行動をともにした時間はわずかだが、彼女にはそう思わせるだけのパワーがあった。


 それに、蘇った旧神の目的も僕らと同じく邪神の討伐である以上、これは思わぬ好機といえるかもしれない。

 うまく漁夫の利を得られる前提だが。


「とりあえず、クロウの食事ですね。私は、先ほどいただきましたから」


 アローネは涙をぬぐい、笑顔で言った。


「準備をいたしますから、その間、水浴びをしてきてはどうでしょう。あちらに泉がありますよ」


「そうだな――お言葉に甘えようか」


 言われてみれば、この世界に来てからまともに体を洗ったことがなかった。

 僕は急に恥ずかしくなり、そそくさとその場を離れた。



 僕がようやく食事(昨日食べ損ねた料理をアローネが温めなおしたもの)にありついた頃、辺りはすっかり暗くなっていた。

 時折、森の奥で獣の目が光るのが見えたが、プワルの言った通り、遺跡のあったこの一帯には決して近づいてこないのだった。


 腹も満たされたところで、僕はアローネに語りかけた。


「聖剣を取り返して、邪神と旧神をまとめて退治するには、両者がぶつかり合う瞬間をうまく利用するしかないと思う。――ここから北の魔境を目指すとすれば、最短ルートはどうなる?」


 アローネは頬に沿って流れる横髪を撫でながらわずかに思索し、


「そうですね……危険は伴いますが、“キベリスプの竜洞”なら、あるいは……」


 そう言いながら薪の一本を拾い上げ、地面に大まかな地図を描き始めた。


「この大陸――“ラ・マンサ”の東にはアルテリリア、西にレミロウ。南にこのジャングルと、北の魔境。これらの中心にそびえるのが、大陸で最も高い山、“キベリスプ”です」


「……山越えってこと?」


「いいえ。かつて交通の便を良くするため、山をくり抜いてトンネルが掘られたのです。東西南北、四方に通じるように。……しかし、百年ほど前から、トンネル内の何処かに魔竜が()みつき、犠牲者が多発するようになりました。今では、立ち入る者はほとんどいません」


「それで、“竜洞”か。……魔竜の存在はさておいても、ゴーレムの群れが山を登ったりトンネルを通過するのは無理があるから、必ず迂回するはずだ。僕らが竜洞を抜ければ、今からでも追いつける可能性はあるね」


「行きますか」


「ああ、それしかないよ。明るくなったら出発だ」


 戦いが始まれば、旧神の器とされたプワルにも危険が及ぶ。

 急がなければ。

 僕は視線を上げ、プワルの体とともに旧神が去っていった、そのジャングルの彼方を見やった。


 と、その時、少し離れたところの地面がぼんやりと明るくなっていることに気付いた。


 近づいてみると、かつてピラミッドがあった真下あたりが四角く光っている。

 ちょうど両手で抱えられるくらいの石がそこに埋まっているようだ。

 光はその下から漏れている。


「クロウ、私にまかせてください」


 アローネは地面に両手を付くと、口を耳まで開き、喉奥からズルリと数本の触手を出した。

 初めて会った時以来だが、これだけはまだ慣れる気がしない。

 触手がわずかな隙間に入り込み、ズズ、と地面にはまった石を持ち上げた。


 穴を覗き込むと、地下に隠されていたのは石室だった。

 内部はレミロウからジャングルまで繋がる洞窟と同じく、石の表面がぼんやりと発光し、部屋全体を照らし出している。外に漏れていたのはこの光だったのだ。


 僕はアローネの触手をロープのように伝い、石室の中へ降り立った。

 テニスコートほどの広さがあり、奥には石の祭壇のようなものがこしらえてあった。

 そして祭壇の上には、誰かが突き刺したかのように、一振りの剣がそびえ立っていたのである。


「……聖剣……?」


 レミロウで見たあの剣と非常によく似た装飾が施されている。

 刃が一切錆び付いていないのも同じだ。

 ただしこちらは、刀身全体が血で染まったかのように、禍々しい紅色をしているのだった。


「聖剣は――“アイル”は、2本あったのか?」


「そのような話は聞いたことがありません――が、逆に言えば、天から降り注いだのが1本のみであったという伝承もないはずです」


 2本の聖剣。あるいは、どちらか一方が贋作なのか……。


「クロウ、ここを」


 アローネは祭壇の表面、ちょうど剣の刺さっている根本のあたりを指差していた。

 苔に覆われて見づらくなっているが、文字のようなものが掘られている。


「読める?」

「いえ、私には……大賢人様なら、あるいは」


 幸い、ロシュナートの中からプワルが記録用に持ち歩いていたであろう紙とペンが見つかったため、僕はその文字を慎重に書き写した。


 遺跡を立てた人々――旧神の信奉者だろう――がここに聖剣を隠したのだとすれば、それは邪神に対する護りの意味を込めていたのかもしれない。

 旧神本人がどうやらそれに気付かず、これを置いていったのは皮肉だが……。


「たとえ本物でなくとも、武器にはなりそうだ。持っていこう」


「では、私が抜きましょうか」


「いや、ここは選ばれし者として、まず僕がやってみるよ」


 力はもちろんアローネの方が上だが、こういうのは主人公だけに抜けるものと決まっているからな。

 もしこれが、本物の聖剣であるのならば、だが。


 僕は祭壇に昇り、恐る恐る剣の柄を握った。

 瞬間、パッと頭の中が閃光に包まれるような感覚があった。

 そして、誰かの声を聞いた。



《ヌシ、異世界より召喚されし者か》


(そう、ですけど)


《ならば、見せてもらおう。ヌシの世界を》


(それって、どういう――)



 剣を握ったまま、足下がぐるぐると回転するような感覚がした。


「……クロウ!」


 錯覚じゃない。

 僕は剣とともに、光の渦の中へと呑み込まれようとしていた。


 アローネの触手が腕にからみつく。

 視界のすべてが、目映い光に覆われていく。

 僕らの意識は、そこで途切れた。



 ◆ ◆ ◆



 目を開くと、見慣れた天井の木目と、蛍光灯の白い輪っかがそこにあった。


 やけに長い夢を見た気がする。

 眠りが浅かったせいか、頭がジンジンと痛む。


 狭いアパートの一室で、僕は湿った布団を押しのけ、重い身を起こした。

 ちゃぶ台の上の頭痛薬を、ゆうべ飲み残したほうじ茶で流し込むと、フラフラと台所へ向かう。

 とりあえず、冷たいものが飲みたい。



 ……しかし、そこで僕は見慣れないものを発見した。

 狭いフローリングの床に、アニメかゲームから飛び出してきたような、金髪の女の子が横たわっている。


 誰だ?

 そもそも、生きている人間なのか?

 なぜ、どこから、ここに?


 僕は、あらためて彼女の顔を見た。

 なんだろう――この顔、どこかで見覚えがある。



「ア……ロー……ネ?」


 その名を呟いた時、僕の中ですべての記憶が一気に蘇った。

 彼女は、夢で出会った――いや、夢なんかじゃないぞ。


 大変だ。原因はわからないが、僕はアローネとともに、自分の世界へと戻ってきてしまったらしい。

 未だ、使命も果たせないうちに……。

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