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第七話 対決、創世神

 姿も声もアローネそのものだったが、目の前にいる存在はもはや別人にしか見えなかった。


「やはり、旧き神だな。黄色い布切れは貴様のシンボルと聞いたことがある」


 アローネの首に巻かれたストールを指しながらプワルが言った。


「旧いとは無礼なことを言う。邪なるものにより、この地に封じられて幾星霜が過ぎたとはいえ――こうして蘇ったからには、この世は我が世ぞ」


 先程プワルが語っていた旧神と呼ばれるもの。

 神々の戦いに敗北し、封印されたもの。

 何かのきっかけでその封じが解けたとしてもおかしくはない。


 ……しかし、僕が訊きたいことは他にある。



「なぜアローネの姿をしているんだ? 彼女はどうした」


「この娘には感謝している。奴の眷属の血を得たおかげで、まだ不完全とはいえ復活できたのだからな。しばらく、我が器として役立ってもらおう」


「ふざけるな……!」


「いや、待て」


 叫ぶ僕を制止したのはプワルだった。

 そのまま半歩前に出て、アローネの体を借りた旧神に語りかける。


「取引きをしないか。我々にとっても、貴様にとっても、邪神は倒すべき敵。なら、手を結んで損はないはず。力を貸せ」


「大賢人、でも……」


「彼女の体を人質にとられているのだぞ。ヘタに敵対することはできん」


 プワルは押し殺した声で言った。

 確かにその通りだ。僕は何も言い返せなかった。


「クク、ク。我と手を結ぶ……か。虫ケラ同然のお前たちが……」


 黄色いストールが吹き抜ける風をはらみ、猛々しく翻った。

 アローネの――いや、旧神の瞳に、凶然とした輝きが宿る。


「よかろう、よかろう。ならば、我が軍団の肩慣らしの、(にえ)として尽くすがよい!」


 その声とともに、周囲から異音が鳴り響き始めた。

 ピラミッドを形成していた巨石群がゴリゴリと音を立てながら移動し、やがて別の形状に結合していく。

 それは、身長4、5メートルはあろうかという、石の巨人の群れだった。


耄碌(もうろく)ジジイめが。話し合いができる相手ではなかったな」


 プワルは吐き捨てるように言うとロシュナートに跨がり、魔法銃を構えた。

 やるしかない。……もう一度、やってみせろ……僕。

 両目を閉じ、意識の深淵へダイブする。


 最初の時よりスムーズだった。

 僕の体から発した黒い渦がみるみる大地に広がり、その中から、異形の意識体が飛翔する。


「これが、召喚されし者の力……か」


 さすがのプワルも呆気にとられているのが意識の隅に見えた。


「面白い。ゆけ!」


 一方、旧神の号令を受けた十数体のゴーレムたちは、渦に足をとられながらも、それをものともせずに進軍してくる。

 恐るべきパワーだ。

 一斉にこちらを見上げると、両目にあたる部分が発光し、白い二条のレーザーが次々と放たれた。


 無骨なルックスに反し彼らの狙いは正確で、僕とプワルは回避に専念することを余儀なくされる。

 隙を見てプワルが射撃、僕が距離を詰めて斬撃を見舞うものの、頑強な古代石のボディは表層が削れるだけで決定的なダメージにならない。



「いったん退くぞ、若者!」


 プワルがレーザーをかいくぐりながら叫んだ。


 確かに状況は不利だ。

 でも、アローネはどうなる?


 僕が彼女の姿を探して全方位に意識を巡らそうとした時、頭上から接近する光を感知した。

 すんでのところで回避する。それは燃えさかる火球だった。


 見上げると、ストールを翼のように広げた姿で、アローネが宙に浮かんでいた。

 ぴんと立てた人差し指の先に、蝋燭のように小さな火が宿ったかと思うと、みるみるうちに彼女の顔より大きい火の玉へと変化していく。


「気をつけろ。旧神は世界の創造に関わった神。すなわち、火水風土の四元素を操る」


 プワルの解説が終わらぬうちに、アローネは火球を投げ放ち、さらにその後を追うように急行下してきた。

 火球はかわせたが、すれちがいざま、彼女の腕から発した見えない刃が、意識体の横腹を切り裂いた。

 一種の衝撃波のようだ。ゴーレムは土、そして火球に、風の斬撃と飛行能力というわけか。


 痛みはないが意識の一部が混濁し、隙が生じてしまう。

 体勢を立て直そうとした時には遅かった。アローネの両手の五指から噴射された水が、半透明の鎖と化して、意識体の四肢を拘束していた。


 眼下を見ると、ゴーレムの群れがこちらに向けて怪光線の発射準備をしている。

 万事休す――と思われたが、


「隙を見せたな、石ころども!」


 巨大な光の奔流がゴーレムたちを呑み込んだ。


 その源には、大砲を思わせる形態に変わったロシュナートと、その背部に乗り込んだプワルの姿があった。

 彼女の全身が発光し、大量の魔力を注ぎ込んでいるのがわかる。


 ……今だ!

 僕は意識を本体に戻し、銃口を空に向けた。

 アローネは――彼女を乗っ取った旧神は、プワルの砲撃と、捕縛していたはずの僕の意識体が消え失せたことに気をとられている。


 今なら外さない。

 直感的にストールへ狙いを定め、引き金をひいた。


 翼のようにはためいていた布の半分ほどが千切れ飛び、夜空に舞う。

 それは一瞬、黄色い三日月のように見えた。



 ◆ ◆ ◆



 暗い。

 まっくらだ。


 いつのまに、夜になったのかな。

 今日は、お星さまも、お月さまも出ていない。

 つまらない。けど、暗いのはきらいじゃない。


 わたしのおしょくじを持ってきてくれるひとは、何人かいるけど、みんないやな顔をする。

 それはわたしを見たときだ。

 だから、暗いほうがいい。


 いやな顔をしないのは、おとうさまとおかあさまだけだ。

 はやく会いたいな。



 わたしは、手をしゅるしゅる動かして、おかあさまが教えてくれた手あそびをやってみた。

 ……やっぱり、ひとりじゃつまらない。


 おとうさまとおかあさまは、わたしの親だけど、手の数や体の形はぜんぜんちがう。

 おとうさまとおかあさまはいつもどこかにいるけど、わたしはずっとこの部屋にいる。


 どうして?

 どうしてなのかな?

 そう聞くと、おとうさまもおかあさまも、とてもかなしい顔をした。

 だから、もう聞かないようにした。


 わたしはいい子だから。

 おとうさまとおかあさまの子どもだから。



 わたしは、これからもずっと、ここでおとうさまとおかあさまを待っている。

 わたしはいい子だから、だいじょうぶ。


 だけど、ほんとうは……すこし、さびしい。



 ――アローネ。


 おとうさま?

 男のひとの声。でも、おとうさまじゃない。

 だれ?


 ――アローネ、聞こえるか。


「聞こえるよ、でもあなたはだれ?」


 ――君のパートナーだ。


「ぱーとなー? もしかして、ともだちのこと?」


 ――そうだ。ともだちだ。一緒に、旅を続けたいんだ。


「たび? ……ここから出ても、いいの?」


 ――ああ。君が僕を連れだしてくれたんだ。だから、これはお返しなんだ。


「よく、わかんない。でも、わたしはおとうさまとおかあさまに会いたい。……会わせて、くれるの?」


 ――もちろんだ。きっと会える。僕らの力を合わせれば。


 きい、と音を立てて、扉が開いた。

 差し込んでくる光の中に、シルエットが見える。


 私は、それが誰かを知っている。



 ◆ ◆ ◆



「……クロウ」



 僕の腕の中で、彼女の瞳がはっきりとこちらを捉えた。

 よかった。

 記憶が少し混乱していたようだが、僕の名前を呼んでくれたところをみると大丈夫だろう。


「アローネ……よかった」


 やはりそうだ。旧神は体内に宿っていたのではなく、布を通じて彼女を端末にしていたのだ。

 そうしなければ、現世に干渉できるほどの力は持っていないのだ。


 布が破れるとともに力を失い、ゆっくり落下してくるアローネを、僕は慌てて受け止めたのだった。


「私、いったいどうして……こんな格好……」


 彼女は我に返ると、あられもない姿を恥じた。

 僕も途端に顔が紅潮するのを感じ、周囲を見回して着るものを探した。


 ……静かだった。10秒ほどの掃射で、ゴーレムの群れは石ころの山になり果てていた。


 赤熱化したロシュナートが白い蒸気を吐き出し、廃熱する音だけが響いている。

 魔力を大幅に消耗したせいか、操縦席のプワルはうつむいて動かない。

 こちらも心配だ。


「……クロウ!」


 唐突にアローネが叫んだ。


 彼女が指差した方を見て、僕は目を疑った。

 そこら中に散らばった石ころが、吸い寄せられるように集結し、積み上がっていく。

 ゴーレムたちが再生を始めたのだ。


 では、まだ……?


「やるな、召喚されし者。力が完全でないとはいえ、一度は遅れをとったと認めよう」


 頭上からプワルの声が降ってきた。

 空中で仁王立ちする彼女の顔は魔力の消耗のためか真っ白に変色し、首元には黄色い布が巻き付いていた。


「旧神……!」


「この女の言うとおり、我の倒すべきは邪なるもの。ここで力を消耗するのは得策ではない。お前たちは見逃そう」


「待て! その人は置いていけ!」


 プワルを操る旧神は、ゴーレムたちを引き連れ、ジャングルの奥へと遠ざかっていった。


 しかし、僕らにはどうすることもできなかった。

 二人とも限界まで疲弊していたのだ。

 いつしか星明かりは遠のき、空は白み始めていた。

 僕もアローネも、気が付いた時には地面に伏し、眠りについていたのだった。

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