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第六話 鏡に潜む、旧きもの

「大神官……いや、その姿を盗んだ眷属か」


 プワルが憎らしげに呟いた。


「何のことでしょう。あなたとしたことが、とうとう乱心されたようですね。邪神の手先を連れて、聖剣を盗み出そうとは」


 僕は唇を噛んだ。

 やけにすんなりたどり着けたと思ったが、こいつらが聖剣を奪うために、まんまと利用されたわけだ。


「大賢人、あなたにはまだやっていただきたいことがある。……あとの二人には、ここで退場していただきましょう」


 兵たちが引き金に指をかける。

 こうなったら、もう一度あれをやるしかない。


 僕が意を決し、両の目を閉じようとした――その時。


 兵たちの絶叫が聞こえた。

 通風口から出てきた何かが、猛烈な速度で室内を飛び回り、兵を次々となぎ倒している。


「なに……?」


 大神官と呼ばれた女性――いや、彼女になりすました眷属も驚きを隠せないでいる。


「乗れ!」


 プワルが叫ぶと同時に、それは僕らの方をめがけて突進してきた。

 決死の思いでジャンプすると、次の瞬間――三人はロシュナートに跨がり、保管室を後にしていたのだった。



「むちゃくちゃしますね!」


 僕が感謝と憤りのないまぜになった心境で叫ぶと、プワルは意にも介さず、


「二つ上の階層に、俺しか知らない抜け道がある。聖剣は惜しかったが、なあに、取り返すチャンスはまだいくらでもあるさ」


 滑るように建物内を登っていくと、正面に突き当たりが見えてきた。

 ロシュナートはスピードを落とすことなく、壁に向かって直進していく。


 思わず悲鳴を上げた瞬間、僕らは壁をすり抜け、洞窟のような空間に入り込んでいた。

 どういうわけか壁全体が淡く発光しており、視界は悪くない。


「ここは昔、魔法石の原石を採掘していたところでな。今でも地面や壁に残った細かい欠片が光っている」


「それより、偽物の壁なら先に言ってくださいよ!」


「いいだろ別に、無事なんだから」


 頼りになるのはやはり確かだが、この人と行動していると、寿命がゴリゴリ減っていく気がする。


「奴らは聖剣を持って北の本拠地へ帰るだろう。我々はこの洞窟を伝っていったん南下し、旧神の遺跡で体勢を立て直す。あそこに立ち入る者は滅多にいないからな」


「旧神?」


「旧き神。かつて邪神と世界を二分した争いを演じ、敗北した存在だ。その後、“月読(つくよ)みの鏡”に封じ込められたという。邪神の血を鏡に与えない限り、その封印が解けることはない、とも」


「鏡……ですか」


「伝承では鏡とあるが、未だに遺跡からは出土していない。幻のアーティファクトだ」



 燐光のトンネルは広くなったり狭くなったりしながら延々と続く。

 隣に乗っているうち、プワルがハンドルを握ってるだけで、操作らしい操作を何もしていないことに気付いた。


「ところで……これ、どうやって動かしてるんですか? 勝手に飛んでくるし」


「そうか、俺の技術の凄さについて聞きたいのだな」


 視線は前方に向けたままだったが、プワルは待ってましたとばかり、(せき)を切ったように語り始めた。


「いいだろう。まず、俺は自分の体から発する魔力の波長や強弱を完全に制御できる。それが信号代わりとなってロシュナートに指令を与える。離れていても同じだ。それに、体に蓄積できる魔力量も常人とは桁が違う。操作系、兼、動力というわけだ。この顔は見かけ倒しではないのだよ」


 紫色の横顔が誇らしげにほころんだ。


 不老不死の150歳、というのが本当なのかは知らないが……、良くも悪くも、自信と活力に満ちた、永遠の子供のような人なのだろう。

 僕は自然と、羨望に近い眼差しを彼女へ向けていた。



 ◆ ◆ ◆



 洞窟を抜けた先は、鬱蒼としたジャングルだった。

 わずかに開けた頭上に、満点の星空が見える。


「ある程度の食糧は積んであるから、遺跡に着いたら野営だ。猛獣も毒虫も寄りつかんから安心だぞ」


 それは、別の意味での危険を意味するのではないだろうか。

 僕はまた言いしれぬ不安を感じた。

 

 森が一気に開け、そこには大小いくつものピラミッドが立っていた。

 大きいもので、高さ10メートルほどだろうか。

 苔むした岩が段々に積み上げられている。


 

 ロシュナートを地面に降ろすと、プワルはせっせと火起こし用の枝を集め始めた。


火の魔法(メヒル)も使えんことはないが、いざという時のために魔力は温存しておきたいからな」


 国の内外を飛び回っているというだけあって、こうしたことは慣れっこなのだろう。


「ところで、お姫様」


「は、はい」


「君はまずその服をどうにかした方がいいな。そのへんに泉があったはずだ、洗ってきたまえ。代わりの服は俺のを貸そう」


 プワルの言うとおり、アローネの服は血にまみれ、酷い有り様だった。本人は指摘されて初めて気付いたのか、


「す、すみません、今までこんな格好で…」


 恥ずかしそうに頭を下げ、着替えを受け取ると、いそいそと走り去っていった。


「僕は、どうすればいいですかね?」


「君は見張りをしていてくれ。一応、追っ手や獣が来ないとも限らん」


 プワルはこちらを見もせず、追い払うように手を振りながら言った。

 言葉はともかく、邪魔だからあっち行け、という感情が前面に出すぎている。

 少し傷つきながら適当に辺りをぶらぶらしていると、夜空に灰色の煙が上がり始めるのが見えた。



 ◆ ◆ ◆



 一方、その頃――泉を探す途中、アローネは遺跡の片隅に井戸のようなものを発見していた。

 中には雨水が貯まり、黄色い満月を映している。


(……まるで鏡みたい)


 彼女はドレスを脱ぎ、井戸にひたして血をすすいだ。

 その時、水底で何かが怪しく光ったことに、気づかぬまま。



 ◆ ◆ ◆



 アローネを待つ間、僕はプワルとともに焚き火にあたっていた。 


 料理が煮えるまでまだ少しかかるようだ。

 炎に照らされたプワルの横顔を見て、僕はふと思った。

 紫色の肌や本人の言動が強烈で気付きにくいが、彼女の顔立ちは整っていて、美しい。


 ……この人でも、恋愛のひとつやふたつ、したことはあるんだろうか。


「あの……大賢人は、いつもこんな感じなんですか? ひとりで」


「そうだ。ざっと百年くらいはな。日によって野宿もあれば、宿にも泊まるし、王宮の客室に通されることもある。退屈せんぞ」


「心細くなりませんか?」


「俺は、生まれつき家族もなかったし、研究成果が相方さ」


 プワルはそう言ってロシュナートの車体に手を添えた。


「君はどうだ? 見知らぬ世界に召喚され、孤独を感じているのではないか」


「僕は……僕には、アローネがいてくれましたから」


 感覚的にはまだ出会って一昼夜が過ぎたくらいの短い付き合いだけど、アローネは右も左もわからない僕を優しく導き、勇気づけてくれた。

 かけがえのない存在だ。


「そうか、実に良いことだ」


「え?」


「君も知っているとは思うが、あれは可哀想な子でな」


 プワルは遠い目をして言った。

 その瞳にゆらめく炎が映っている。


「王も妃も、娘の姿にかかわらず愛情を注いだが……それでも、周囲の猛反対を受け、その存在を公にすることはできなかった。第一子は死産と発表され、彼女は存在しないはずの子となった」


 アローネは城の一室から出ることを許されず、両親が会いに来る時も、人目を忍ばなければならなかったという。

 自分は、いてはいけない娘なのだ。彼女自身もそう考えざるを得なかったはずだ。


 そのうえ、念願の人間の姿を手に入れた時には、入れ替わりに両親と国民のすべてを奪われてしまっていた。

 自分が人とは絶対的に異なる存在だと、二重に思い知らされたことだろう。


「アローネの苦しみの一端は、僕にも感じ取れました。……けど、彼女はどうしてあんなに穏やかに笑えるんでしょうか。世界すべてを恨んでいても、おかしくないのに」


「それは、両親の愛情の強さもあろうが……君がここにいるから、ではないかな」


「僕が……?」


「君は、彼女が初めて触れた両親以外の人間であり、初めて出会えたパートナーなのだから」


「パートナー……」


 あらためて他人からそう言われると少しむずがゆかったが、同時に体の奥から力が湧いてくるのを感じた。

 必ず邪神を退治し、国にかけられた呪いを解こう。

 それでもし、彼女がもとの眷属の姿に戻ってしまうとしても……アローネが望むのなら。



 プワル手製のサバイバルディナーが出来上がったが、アローネはなかなか戻ってこなかった。


「遅いですね」


「ついでに水浴びでもしているのだろ。……覗きに行くか?」


「行きません」


 プワルの冗談はともかく、僕の中でまた嫌な予感が頭をもたげてきた。


「じゃあ、大賢人が見てきてくださいよ。同じ女の子ならいいでしょ」


「面倒な……」


 彼女が重い腰を上げたとき、ガサリと背後の茂みが音を立てた。

 星明かりと、焚き火の炎とに照らされて、白い肌が輝いているのが見えた。


「ア、アローネ……!?」


 僕は慌てて自分の顔を手で覆った。

 彼女はうっすらと透けた肌着一枚の姿だったのだ。


「ごめん、あっち向いてるから、早く服着て!」


「いや……よく見ろ」


「まだそんなこと言ってるんですか!」


「バカ、様子がおかしいんだ」


 プワルに平手でひっぱたかれ、僕はおそるおそる目を開けた。


 指の隙間から、アローネのあどけない顔に似合わぬ、見事なボディラインが――

 ではなく、よく見ると、彼女は見慣れぬ黄色いストールのようなものを首元に巻いていた。

 それに、表情もどこか違和感がある。酷薄で、挑発的な目つき。


「アローネ……じゃない……のか?」


 僕の言葉を聞くと、彼女はククク、と奇妙な笑い方をした。

 ほどいた髪が風に巻かれ、蛇のように怪しくしなる。


「流石、人にしては確かな目を持っているようだな。召喚されし者よ……我こそが、この世界を統べる神である」

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