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第二話 呪われし姫を、道連れに

「……邪神の呪い?」


 アローネは悲しげな表情でうなずいた。

 それこそ、僕がこの地に召喚された理由だというのだ。


「この国の名はアルテリリア。秘めたる美しい鍵、という意味です。……かねてよりアルテリリアは、北の魔境に住まう邪神と、その眷属たちの侵略に晒されていました」


 彼らの目的は、先史文明が遺したこの地下神殿と、魔法陣にあった。

 それでも、邪神の魂を封じ込めた“像”がこの城に保管されている限り、うかつに手を出すことはできないはずだった。

 ところが、ある時……何者かの手によって、その像が破壊されてしまったのだ。

 復活した邪神は、本来の力を取り戻すまでの間、手始めにこの国の降伏を要求した。

 そして――


「父が……国王がそれを拒むと、邪神は第一の呪いをかけたのです。それは……妃のお腹にいる子が、醜くおぞましい、邪神の眷属の姿で生まれてくる呪いでした」


 その子というのは――、

 言いかけて、僕は口を噤んだ。


「……私のことです」


 僕は思わず顔を伏せていた。

 自身を醜くおぞましいと言い切ったアローネがどんな表情をしているか、見る勇気がなかった。


「でも、今の君の姿は?」


「……第一の呪いを受けても屈しなかったこの国に、邪神は第二の呪いをかけました。それは、国王から民衆の一人ひとりに至るまで、この国の人間を眷属の姿に変えるというものでした」


 僕はあらためて、玉座の上の生き物を――変わり果てたアローネの父を見ずにはいられなかった。

 このような姿に変えられた人々が、表には無数にいるということだ。

 脳裏に浮かんだ惨状に身震いがした。


「そして入れ代わりに、邪神の眷属たちは人間の姿を得ました。……私がこうなったのも、その副産物といったところでしょう」


 彼らは王国の民になりすまし、隣国を騙し続けているのだという。


「いずれどこかの国をそそのかし、強引にここへ攻め込ませ、先史文明の遺産を奪うつもりでしょう」


「……邪神やその眷属が、自身の力で攻め入ってこないのは?」


「それは、城の周辺が結界に包まれているためです。邪神やその眷属の放つ瘴気に反応し、彼らの体を跡形もなく滅ぼしてしまうのです」


 結界を張ったのも、僕をここに召喚したのも、国王自らが魔法陣を使って施した秘術によるものだという。


「私には父から授かった特殊な魔法石があるため、実体は眷属でありながら、結界の影響を受けずにいられます」


 そう言ってアローネは胸元のペンダントを指した。半透明な石の表面に、小さな魔法陣が緻密に彫り込まれている。


「お父さんは……国王様は、あのまま動くこともできないの?」


「父も、他のみんなも、生きてはいますが、絶えず眠らされているのです。邪神の力によって……。父があなたを召喚できたのは、おそらく夢を介して世界の壁を越え、儀式を完遂できたからでしょう」


 だいたいの事情はわかってきた。

 だが、僕がもっとも訊きたいのは――


「それで、僕は何をすればいい?」


 最初は、お姫様を守って怪物を退治すればハッピーエンドの話かと思っていた。

 だが、実態は遙かに複雑で、深刻だ。

 慎重に動かなくてはいけない。


「魂封じの像が失われた今、邪神を倒せるのは、西の魔法都市にある聖剣だけです。そして、聖剣を操れるのは、異世界より召喚された者だけであると言い伝えられているのです」


「聖剣?」


「かつて英雄が振るい、邪神の体と魂を分離したものです。邪なもの、偽りのものを切り裂き、真実を指し示す断罪の剣――その名を“アイル”といいます」


「まずそれを取りに行って、あとは北の魔境ってとこに行って、邪神をぶった切る……それで呪いも解ける、と」


「そうです」


 ――あれ? 意外と単純?


「では早速、旅支度をいたしましょう。時間はあまりありませんから」


 そう言うと、アローネは踵を返し、さっさと出て行ってしまった。

 扉の開閉音が神殿に響きわたる。


「旅支度……かあ」


 ちなみに僕の服装は布団に入った時のまま。

 白無地のパーカーに膝丈のジャージ。

 足元は裸足だが、なぜか普段履いているスニーカーがきちんと並べて傍らに置いてあった。王様の心遣いだろうか。

 とりあえず素足は避けられたが、部屋着で邪神と戦いに行くなんて話は流石の自分でも想像したことがない。

 あまり重すぎない程度の、いい感じに急所を守れるヨロイとか、あると嬉しいのだけど。


 そこまで考えて、ふと、僕自身に備わったスキルのたぐいについて何も聞いていないことに気がついた。

 あちらの世界では開花するきっかけのなかった潜在能力とかが、召喚先の世界に合わせて、都合よく発揮されないものだろうか。

 ……まあ、そこは聖剣という専用武器の存在と所在がすでにわかっているので、それを使えるのが僕のスキルということなのだろう。

 今は心細いが、魔法都市とやらに着くまでの辛抱だ。


「クロウ様、支度ができました。こちらへ」


 扉の向こうからアローネの声がした。

 クロウというのは、彼女から名前を尋ねられて答えはしたが、僕の本名ではない。

 オンラインゲームなどで使っているニックネームだ。

 今は本名よりこちらで呼ばれることの方が多いし、まあ、いいだろうて。


 扉を開けると、そこには牛でも運べそうなサイズの荷車が鎮座し、傍らには山のような荷物を背負ったアローネが立っていた。

 彼女は先程と同じ白だが丈の短いドレスに着替え、ハイヒールからブーツに履きかえていた。


「そんなに持っていくの?」


 僕は思わず目を丸くして呟いていた。


「長旅ですからね」


 馬車などはないのかと聞いてみたが、城で飼っていた馬はみな眷属の気配に怯えてしまい、世話すらできないので逃がすしかなかったらしい。


「大丈夫です。こう見えても人間よりずっと膂力(りょりょく)はありますから。お任せください」


 アローネは誇らしげに胸を張った。

 体を動かしたせいなのか、あるいは会話を通じて緊張がほぐれたのか、年相応の明るさと茶目っ気が垣間見えた。


「わかった、お言葉に甘えるよ」


 僕も、先行きに不安はあるものの、努めて明るく答えた。

 すると、アローネは少しうつむき加減になって、


「あの……申し訳ありません。私ひとりで勝手にお話を進めてしまって。クロウ様のご意志を伺うこともせずに……」


 なんだ、今更そんなことか――と思ったが、彼女の視点からすれば、僕の意志をまだ確認していなかったことに気付いたのだろう。


「いいんだよ、気にしなくて。僕の意志は最初から決まってる。君の助けになることだ。口にするまでもない。それと――」


「はい」


 アローネが真剣な眼差しをこちらに向ける。

 翡翠のような、美しい瞳だ。


「僕のことはクロウでいい。僕も、君のことをアローネと呼ぶ。これからやろうとしているのは、僕ひとりでも、君ひとりでもできることじゃない。だから、僕らは対等な相棒なんだ。……よろしく、アローネ」


「は、はい。クロウ様……いえ、クロウ」


 照れくさかったのか、アローネは一度目を逸らしかけたが――、思い直したように、僕を見つめながらはっきりと応えた。

 確かに彼女は人間ではない。前情報なしで遭遇したら、トラウマ級の怪物と言っていい。

 けど、同時にまぎれもなく、チャーミングで健気なひとりの女の子だ。僕はそう強く感じていた。


 アローネの旅衣装に習って僕もこちらの世界の服に袖を通したが、予想に反して肌触りも通気性も良好だった。

 靴は履きなれたスニーカーのままで行くことにしたが、このくらいならさして目立つこともないだろう。

 また、アローネは二人分の防具も用意してくれていた。

 おもに左胸と四肢の関節をカバーするもので、この地方でのみ採れる特殊な鋼に革を組み合わせて造られており、強度のわりに軽く、とても動きやすい。

 また、完全装備に比べて人目を引きにくいという利点もあるそうだ。


 荷物の大半は水と、パンや干し肉などの保存食だった。

 試食させてもらったが、こちらも癖のない味で助かった。

 王室の品々ということを考えれば、こちらの世界でも最高級のものが集められているのだろうけど。


 当面の武器として渡されたのは、携帯性に優れた小振りな片手銃だった。

 少し意表を突かれたが、何しろ剣や体術の心得などまるっきりないので、遠距離攻撃に頼れるのはありがたい。

 火薬を使うものではなく、内臓した魔法石に蓄積された魔力を利用して弾を打ち出す、レールガンに近い仕組みのものらしい。

 スペアも含めてひとり二丁ずつ持っていくことにした。


「試し撃ちさせてもらってもいいかな」


 僕がそう言うと、アローネは城内の訓練場へ案内してくれた。

 いくつも並んだ的のひとつに狙いを定め、僕は銃を両手で構えた。

 反動はほとんどないと聞いていたが、それでも少し勇気が要る。

 意を決して引き金を引くと、バシュンというかすかな炸裂音とともに、銀光を放つ粒子が周囲に舞った。


「お見事です」


 アローネが後ろでパチパチと手を叩く音が聞こえた。

 僕は銃口の先をあらためて見据えた。的の端近くではあるが、こぶし大の穴が穿たれている。

 思った以上の威力だ。

 相手が人間より強力な邪神の眷属だとしても、これならいけるだろう。

 額に滲んだ汗をぬぐいながら、僕は自然と微笑していた。


 想像した通り、城の内部には呪いで姿を変えられた人々がそこかしこに横たわっていた。

 アローネが言うには、体液が床や壁に張り付いて固まり、動かすこともできないらしい。

 その光景を前にして、当然、恐怖や嫌悪はあったが……それ以上に、一刻も早くこの状況を変えたい、と僕は強く思った。



 数刻後、僕らは巨大な城門の前に立っていた。


「さ、いよいよ出発です」


 背丈の倍近い扉に手をかけると、彼女は軽々とそれを開き……、そっと、閉じた。


「どうしましょう……」


 なにやら顔色が悪い。

 アローネ……?

 僕が声をかけようとした時、彼女は勢いよくこちらを振り向いたかと思うと、腰のホルスターから抜いた銃をいきなり発砲した。


「うわっ!」


 思わず口から悲鳴が漏れる。

 だが、それと同時に、僕の背後でくぐもったうめき声がした。

 同時に、重い何かがドサリと倒れる音。

 恐る恐る振り返ってみると、黒い装束を纏った何者かが中庭に倒れている。

 その手には三日月型の剣が握られていた。


「……邪神の斥候です」


 アローネは銃を構えたままドレスの裾から触手を伸ばし、僕の腕に触れた。

 すると、僕の視界に変化が起きた。

 倒れている人間の姿が、灰褐色の塊に変わったのだ。


「クロウに私の視界を共有しています。眷属同士には、真の姿が見えるのです」


 これが、僕の戦うべき相手なのか……。

 しかし、すぐに疑問が浮かんできた。


「どうして、結界の内側に入れたんだろう?」


「……私の考えが至りませんでした。こんな方法で攻めてくるなんて」


 次の瞬間、横たわった眷属の全身が燃え上がったかと思うと、アローネの言った通り跡形もなく消失した。


「人間の姿を得たことで、短い時間だけ、結界の内側でも耐えられるようになったのでしょう。しかし、これは最初から命を捨てているとしか思えません。正気ではない」


 アローネにとっても、敵対者と遭遇し、その狂気に触れるのは初めてだろう。

 彼女の声はかすかに震えていた。


「大丈夫か、アローネ?」


「ええ、怯えている場合ではありません。……おそらく、クロウがこの世界に召喚されたことを邪神が感知したのでしょう。私たちを……なんとしてもここで始末するつもりです」


 アローネが城門を勢いよく開け放った。

 その向こうに広がる光景に、僕は目眩を覚えた。

 高台にある城をめがけて、無数の兵士が斜面をゆっくりと進軍してくる。

 整然とした足音と、鎧や武器がこすれる金属音が幾重にも鳴り響く。

 まるで津波が押し寄せるような、圧倒的な物量。

 あれが、僕らの立ち向かおうとしている相手なのか。


「ごめんなさい、私がもっと準備を急いでいれば」


「君のせいじゃない。それに、このくらいどうにかできなきゃ、邪神は倒せないさ」


 とは言ったものの、僕の声は情けなく震えていた。

 でも、こうなったらやるしかないんだ。

 たった二人で、この大軍を突破する。

 できなければ、僕らにも、この世界にも、未来は無い――。

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