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第十四話 君と、見知らぬ空の下

「何言ってんの。あんたこそクロウくんの偽物じゃん」


 僕と同じ顔を持った正体不明の意識体に対して、てぃあるが臆することなく言った。

 だが――彼女の言葉を否定するわけではないが、目の前にいるもう一人の自分が変装や幻覚のたぐいではないことは、直感としてわかっていた。


 あれは僕、紛れもなく僕だ。――だが、どういうことだ?


 もう一人の僕は、てぃあるの方を見てくすくすと笑った。


「ずいぶんとまた懐かしい顔だね、てぃある。果たして君が本物が偽物かはどうでもいいが、少なくとも僕が本物だってことは、そこにいるもう一人と戦ってみればわかるよ」


 ――やっぱり、そうなるか。


 僕は意識体を生成し、二股に分けた両手を翼と剣に変えた。

 もう一人の僕も応じるように翼と剣を携え、僕らはほぼ同時に飛翔した。



 灼熱の太陽の下、黒と銀の残像が幾重にも交錯する。

 僕本体の「目」には、意識体同士の戦いがそう見えていた。


 互角。――いや、違う。

 わざと速度もタイミングも合わせて、こちらの攻撃と相殺させている。

 まるで力を測っているかのようだ。


 僕は本体と意識体の「目」を同期させた。

 視点を増やすことで相手の動きを予測し、先回りの斬撃を放ったのだ。


 ――しかし、あちらが一枚上手だった。


 もう一人の僕は空中で大きく制動をかけ、かつてない変則的な機動で攻撃をかわしただけでなく――、無防備な僕の背面に回り込んだのだ。


 まずい。


 そう思った時、視界の隅で閃光がいくつも瞬いた。

 アローネの援護射撃だ。

 もう一人の僕は即座に全身を大きなリング状に変え、すべての弾を素通りさせたが、おかげで僕は窮地を脱することができた。


「――だっさいね、お姫様に助けてもらうとか」


「何とでも言ってくれ。彼女は僕のパートナーだ」


「まあいいさ、今回はもともと様子見だし。もうじき、僕の最強装備が出来上がるんでね。試し斬りするなら歯ごたえのある敵の方がいい。――首を洗って、やってこいよ」


 そう言い残すと、もう一人の僕は矢のような流線型に変わり、北の方角へとあっという間に飛び去っていった。



「何者だったのでしょうか」


 額に滲んだ汗をぬぐいながらアローネが言った。

 僕は本体に意識を戻し、感じたままに応えた。


「わからない。けど――あれも、僕だ」



 ◆ ◆ ◆



 僕らは北を目指す旅を再開した。

 幸いロシュナートのホバー走行は砂地でも問題なく、内蔵された磁石のおかげで砂漠をぐるぐる回り続ける心配もなさそうだった。


 とにかく布のたぐいを頭から被り、灼熱の日差しに耐えながら砂の上を走っていく。

 水と食糧の残量が気になったが、アローネ曰く、ロシュナートくらいの速度があれば縦断にそう時間はかからないということだった。

 事実、無限に続くかのようだった砂の海は徐々に姿を変え、背の低い植物がそこかしこに生え始めていた。



 日没が近づくにつれ、さらに急激な変化があった。


 寒いのだ。


 砂漠は昼夜の寒暖差が激しい――ということは常識として知っていたものの、ここまでとは。

 何か灰のようなものが舞っていると思ったら、雪だった。

 僕らは大慌てで燃えそうなものをかき集め、火を起こした。


 野営となればアローネの独壇場である。

 僕とてぃあるのサバイバル能力はからっきしだから仕方ない。

 寝袋はひとつしかないため、僕らは交代で眠ることにした。



「そういえば、さっきあいつを偽物だって言ったけど――どうしてそう思ったの?」


 焚き火に手をかざしながら、僕はてぃあるに話しかけた。


 なんとなく聞いただけで、具体的な答えを期待したわけではなかった。

 彼女からすれば、共に行動してきた僕の方を本物と思うのは自然なことだからだ。

 しかし、返ってきたのは意外な答えだった。


「うーん……ぶっちゃけ言うとね、どっちでもよかったんだー」


「……え?」


「さっきは、あっちのクロウくんがなんかチョーシこいてる感じだったから、ああ言ったけどさー。結局、あたしの味方になってくれる方が本物って思っとけばいいわけじゃん?」


 目から鱗――というか、なんというか。

 女の子って時々すごく合理的になるよなぁ。


「ごめん、凹んだ? 本物かは知らないけど、あたしは普通にこっちのクロウくんがいいと思うよー、マジで」


 僕の表情から微妙な心境を読み取ったのか、彼女なりに精一杯のフォローが飛んできた。


「……ああ、ありがと……」


 正直少なからぬショックを受けたが、彼女の言葉は真理だ。

 たとえ本物でも偽物でも、僕は僕のすべきことをするだけだ。

 ――それはそれとして、共に苦難を乗り越えたばかりとは思えないお言葉だったけれども。



 それからまた、しばし空白の時間が流れたあと、


「クロウくんってさー」


 てぃあるがふと呟いた。


「ジャシンをやっつけたら、あっちに帰るの?」


「あー……」



 そういえば、きちんと考えたことはなかった。

 というより、目の前の事態に追い立てられてばかりで、戦いが終わったあとのことまで考える余裕などなかったわけだが。


「僕はこっちに残るよ」


 自分でも驚くほどあっさりと、僕は答えていた。


「やっぱ、アローネちゃんがいるから?」


 てぃあるは隣ですやすやと寝息を立てているアローネに目をやった。


「まあ、そうだね」


「わぁ~。結婚しちゃうの? あたしたち英雄だし、きっと周りも許してくれるよね。国じゅうお祭りになるよ」


「うーん……それは、どうかな」



 僕はてぃあるに邪神の呪いのことを話した。

 人々にかかっている呪いが解けたら、代わりにアローネはかつての姿に戻るはずだ。


 ――あの軟体生物のような、邪神の眷属の姿に。


 そうなれば、おおっぴらに姿を晒すことは難しいだろう。


「うそー! ひどくない? アローネちゃん、こんなに頑張ってるのに。普通の女の子になれないの?」


「そう都合よくはいかないさ。……でも、華々しいハッピーエンドは無理でも、僕はアローネのそばにずっといるつもりだよ」


 そうだ。邪神を倒したあとも、僕は彼女のパートナーを続けたい。

 たとえどんな姿をしていても、アローネはアローネなのだ。



「クロウくんさ……いい男になったね」


 てぃあるがマジな顔で言うので、僕は思わず吹き出してしまった。


「これまで二回しか会ったことなかったのに、そんなこと言われても」


「変わったよー。頼もしくなった。昔は、痩せたリスみたいだったもん」


 あまりの言われように僕はまた笑ってしまった。


「てぃあるだって変わったよ。あんなに強いなんて思わなかった。ママパワーだね」


「ま、ウン……あたしも、ずっとそばにいてあげたいから。娘の」


「じゃあ、二人とも目標は同じだ」


「そうかも。お互い、がんばろーね」



 不思議だ。

 夜空にのぼっていく白煙を見上げながら、僕はあらためて思った。


 ゲームで出会って、人生のほんの一点で交差しただけだったのはず二人が、今はこうして本当の異世界の空の下で、焚き火を囲んでいる。


 不思議だ。すごく不思議だ。

 そして、悪くないと思う。



 ◆ ◆ ◆



 明くる日も、僕らは北へ進み続けた。

 雪がそこかしこに残る広大な荒れ地を走っていく。


 唐突に、サイドカーに座るアローネが「あ」と声を上げた。

 僕もほとんど同時にロシュナートの速度を落としていた。

 てぃあるは何も言わなかったが、その表情はぴんと張りつめていた。


 ――何かが聞こえる。

 行く手には巨大な岩壁がそびえているが、その谷間を伝って、断続的に音が響いてくるのだ。


 甲高い炸裂音。

 続いて、硬く重いものが砕け、地面を転がる音。

 地響きのように押し寄せる、無数の足音。



「始まっているようですね」


 アローネが座席からわずかに腰を浮かせながら呟いた。


「……行こう」


 僕らはそれぞれの装備を確かめ、谷の奥へとロシュナートを滑り込ませていった。


 曲がりくねった細い道。

 カーブを抜けるたび、戦闘の気配が近づく。

 視界を遮る岩壁がついに取り払われたとき、僕はその光景に息を呑んだ。



 灰色の空に、巨大な――アルテリリアの城よりも遥かに高い、漆黒の門がそびえていた。

 黒く塗られたというより、もともと黒い岩石を加工したものに見える。

 表面には、複雑怪奇な象形文字のようなものがびっしりと彫り込まれている。


 これが、邪神の支配する北の魔境――その入り口というわけか。


 眼下を見ると、門の方向へ向かって、緑がかった灰色の物体が大量にひしめいていた。

 旧神率いるゴーレムの大軍だ。

 道中で山沿いや砂漠の岩石をゴーレム化したのか、ジャングルの時よりもさらに数を増やしている。


 いよいよ、二つの神の戦いが始まろうとしているのだ。

 ――果たして僕らは、ここから勝機を掴みとれるだろうか?

 いつしか、亡霊のような白い雪が再び辺りに舞い散っていた。

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