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第十三話 竜の洞窟、最果ての剣(後編)

 “聖剣に選ばれし者”と、“最果ての剣”。

 地上最強を賭けて二つの刃がせめぎ合う。

 僕はてぃあるの覚悟を感じ取り、言った。 


「そいつの相手、頼めるかな」


「おけ」


 てぃあるとラゴは互いの剣を跳ね除け、距離をとって対峙した。


「それがうわさの聖剣か。驚いたよ、こんなお嬢ちゃんが選ばれし者とはね」


「ごちゃごちゃ喋んな。来いよ」


 ラゴの挑発的な口調に対して、てぃあるはあくまで落ち着いた様子で凄みを利かせた。

 それはほんの表層的なやり取りに過ぎない。

 彼らの間では、すでに相手の力量、出方について壮絶な読み合いが始まっていた。



「クロウ、魔竜は私たちが」


「ああ。もちろんだ」


 僕もぼんやりしていたわけではない。

 多少強引だが、魔竜の本体を守るヴェールを取り除く方法はある。

 だが、それには一気に勝負をかけなければ――


 鋼と鋼のぶつかる音がして、僕は反射的にてぃあるの方を見た。


 それはまさに、目にも止まらぬ刃の応酬だった。

 聖剣以上の大物を竜巻のように振り回すラゴも凄まじいが、大人と子供並みの体格差がありながら、その斬撃を捌くてぃあるも負けてはいない。

 一瞬の隙を突いて、ラゴの繰り出した蹴りがてぃあるを吹き飛ばした。小さな体が地面を転がり、壁に叩きつけられる。


「てぃある!」


 思わず助けに向かおうとした僕に、


「来んなバカ! 自分の敵だけ見てろ!」


 洞窟を震わす声で彼女は吼えた。

 その叱責を聞いて、僕はデジャヴを覚えていた。


 彼女と出会った頃――あの頃の僕らもこんな風に、ゲームの中で来る日も来る日も魔物と戦っていた。

 そして、あの頃もよく連携を乱しては、彼女に叱られていたっけ。

 思えば、君は昔から大剣使いだった。

 何故かはわからない。僕は不思議と、嬉しくなっていた。

 それからあらためて、目の前の魔竜を見据えた。倒すべきボスキャラを。



「アローネ、僕が本体までの道筋を作る。その間に、いけるか?」


「まかせてください」


 アローネは待機させていたロシュナートに飛び乗り、アクセルを思い切り踏んだ。

 土を蹴立てて急発進した機体は、みるみるスピードを上げ、洞窟の壁面へ向かって突進していく。

 危ない――そう思われた瞬間、彼女はシートから腰を上げ、機体を大きくウィリーさせた。


 目を疑うような光景だった。

 アローネを乗せたロシュナートが、壁をほぼ垂直に駆け上がっていく。

 8本の首が一斉に反応したが、とても追いつけるものではない。

 行く先はもちろん、魔竜の本体だ。


「よし――頼む、アローネ!」


 僕は意識体の足を鍵爪のようにに変え、がっしりと岩壁に食い込ませた。

 続いて両腕を剣に変えながら限界まで長く伸ばし、交差させるようにしてヴェールに切りつけた。

 弾力性のある幕は刃を包むように受け止め、押し返す。同時に、恐るべき粘着力でからめとってしまう。


 ――やはり、切れないか。だが、それで構わない。


 僕は魔竜の本体を隠すヴェールを残さず抱え込み、全力で手繰り寄せた。

 障害物が消え、無防備となった標的に向かって、ロシュナートが最高速度で突っ込んでいく。

 アローネがハンドルを離し、飛び降りるのが見えた。


 ブギュギュギューーーーーーッ。


 身の毛もよだつような絶叫。

 ロシュナートの機体が直撃し、蜘蛛の頭部が大きく潰れていた。

 体液がダラダラと流れ落ち、地面から白煙が上がる。


 アローネは壁を蹴って反転し、背から伸ばした触手の間に皮膜を張って滑空した。

 その勢いのまま、気球のように膨れた魔竜の腹部に剣を突き刺す。

 酸性の体液が噴出し、服や体を焦がしたが、彼女は微塵も怯まない。


 魔竜はさらなる絶叫を上げて激しくもがいた。

 アローネは触手で相手を縛り付け、自らの体を固定したまま、さらに二度、三度と腹部を抉った。

 とうとう巨体が天井を離れ、自身が張り巡らせたヴェールに絡まりながら、大地へ落下した。


 地響きとともに大小の岩石が降り注ぐ。

 焼け付くような音とともに、巨体からもうもうと白煙が上がり始めた。魔竜の腹部から溢れた体液が、自身の体を溶かし始めているのだ。

 8つの首が荒れ狂い、暴風のように周囲をのたうち回る。


 そのさなか、てぃあるとラゴは、ただ静かに向かい合っていた。

 互いの剣技はとうに出し尽くしたのだろう。

 あとは、ほんのわずかな判断だけが勝敗を決する。


 のたうつ竜の首がちょうど二人の間に振り下ろされ、視界を遮った。

 そして、幕が上がるように首が再び持ち上がった時――両者はまったく同時に地を蹴っていた。


 土煙の中、大小のシルエットが交錯する。

 僕も、アローネも、息をすることさえ忘れてその行方を見守っていた。


 やがて、大きい方の影がぐらりと崩れ落ちた。

 鎧ごと寸断された上半身が、ドシャリと音を立てて地面を転がる。続いて、下半身も。

 煙が晴れた時、てぃあるは片膝をつき、剣を振り抜いた体勢で静止していた。


 意識体の知覚力ゆえに、僕は二人の勝敗を分けたものを確かに捉えていた。

 ラゴが横薙ぎに剣を振るった瞬間、てぃあるは前方に深く踏み込んでその斬撃をくぐり、がら空きの胴に剣を見舞ったのだ。


 しかし、そこまではラゴも予測の範囲内だったに違いない。

 彼の正確無比な剣を欺き、紙一重でカウンターを成立させた要因は、てぃあるの身長が一瞬で変化したことだった。

 ――そう。竜の首が視界を遮ったあの瞬間、てぃあるは自分のパンプスを脱ぎ捨てていたのだ。



 いつしか、魔竜の胴体はほとんど溶け落ちて原形を失い、首たちも倒木のように動くなり、そちこちに転がっていた。


「アローネ、火傷は」


「このくらい、洞窟を抜ける前に治ります」


 美しい顔を痛ましい傷で穢しながらも、アローネは気丈に微笑んでいた。

 僕はあらためて彼女を強いと思った。


「……マジ、疲れた」


 てぃあるは聖剣を足元に突き立て、もたれかかると、魂が抜けるのではないかというほどのため息をついた。

 ……こっちはこっちで、ちょっと想像以上に強すぎる。


「お見事、だ。……馬鹿にした口利いて悪かったな、お嬢ちゃん」


 僕らはぎょっとして地面を見た。

 ラゴだ。胴から真二つにされ、おびただしい血を流しているにも関わらず、彼はまだ生きていた。


「だが、"果ての騎士団”の他にも……俺たちの主は、とんでもないもんを召喚し、手懐けている。お前たちが、どこまで戦えるか、楽……しみ……」


そこまで言うと、ラゴ――否、彼の姿と技を写し取った眷属は息絶えた。



「大きなお世話だっつーの」


 てぃあるは心底うざったそうにしていたが、僕は「召喚」という言葉が気にかかった。

 それは僕らのように、異世界から呼び出された存在のことを意味するのだろうか……。



 酸でボロボロになったアローネの服については、ロシュナートの中にまだ替えがあったので使わせてもらうことにした。

 プワルを助け出したら、まず謝らなくては……。

 ロシュナートといえば、魔竜に突っ込ませたにも関わらず大きな損傷はなく、走行可能なようだった。いったい何で出来ているのだろうか。


 アローネが拾った剣と盾は服と同様に酸で使い物にならなくなってしまったが、ラゴが振るっていた大剣を入手することができた。

 重量からして今のパーティで普通に使いこなせるのはアローネくらいだろうが、素人目に見てもかなりの業物であり、捨てていくには惜しかった。

 幸い、聖剣ほどは重くないようで、ロシュナートに載せて運ぶことができた。



 ◆ ◆ ◆



 洞窟を抜けると、そこは南側とは打って変わって、草木の殆どない岩山と化していた。

 行く手には見渡す限りの砂漠が広がっている。

 照りつける日差しと揺らめく景色の中に一点、銀色に輝く物体があった。

 最初、僕はそれを蜃気楼かと思った。あるいは、疲労のために見た幻だと。



「……クロウ!?」


 アローネが、自分の目を信じられないという様子で言った。

 ――ああ、僕も信じたくない。


 熱砂の中に佇んでいたのは、僕の意識体によく似た姿をした、何者かだった。

 黒い僕の意識体に比べ、そいつの体は水銀色。

 頭部に開いた「目」も、赤ではなく、冷たい青。

 こいつも、誰かの意識体なのか? 邪神が「召喚」したという、新しい敵なのか?


「ラゴはしくじったか。“最果ての剣”が聞いて呆れる。最初から僕に任せておけばよかったんだよな」


 謎の意識体は、気怠そうに腕を組み、足元の砂を蹴りながら言った。

 やはり、邪神の配下で間違いないらしい。

 だが、最も気になるのはこいつの出自だ。

 僕と同じように、異世界から召喚された人間なのだろうか……。


「僕が誰か、考えてるんだろ」


 こちらの考えを見透かしたようにそいつは言った。


「勿体ぶるのは嫌いだから、手短に教えてやるけど」


 意識体は自分の顔面に両手の爪を食い込ませると、そのまま左右に割り開いた。

 銀色の頭部の中から、人間の顔が現れた。


 その瞬間、僕は悪夢の中に引きずり込まれたような思いだった。

 それは僕にとって飽きるほど見慣れた顔であり、同時に、初めて目の当たりにする顔でもあった。


「“本物”だよ。……お前のな」

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